選ばれたのはケモナーでした

竹端景

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第六章 ケモナーと水のクランと風の宮

大鐘楼の間

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「しかし、フェスマルク家の方がこの地で契約をするのは、何十年ぶりでございましょうか…先代様のころでしたか…いや先々代様でございましたか…いや、懐かしい…思えばあの頃は」

 腰が曲がっているが、足取りもしっかりとしたベルザ司教について、大鐘楼へとむかっているのだが、長い階段を足取りもしっかりと、休むことなくこちらの返事を聞かずに思い出話を延々と続けている。
 息切れはしていない。パワフルなおじいちゃんだ。

「司教様って父様が子供のころから司教様なんでしょ?」

 すっかり飽きているケルンは俺と話せない代わりに父様と話して気を紛らわすことにしたようだ。
 自分が生まれるずっと前の出来事にそんなに興味がわかないのは、子供だからという理由と大聖堂に来るとほぼ毎回同じ話だからだ。

 パターンが違うだけで、ここで契約をしたら何十年ぶりかの…と何度も聞いているから。俺でも飽きる。

「ベルザ司教はポルティから初めて本山に選ばれた司教だったんだ。本当は大司教や枢機卿になれたのを断って司教として百年以上も故郷であるポルティに着任されている。清貧潔白、その上私の祖父の友人でもあった方だ。ルワントが尊敬している数少ない聖職者だ」

 さすが約二百歳。枢機卿っていえば、教会の最高権力者たちだ。何人かの枢機卿が集まって教会を運営している。
 昔は教皇というのがいたらしいが、現在は長いこと空位になっている。

「ルワントが司祭のままなのは、ベルザ司教を見習ってだ…あとは上になるとめんどくさいことが多くて…まぁ、これはケルンにはまだ早い話だ」
「司祭様は司教様のふぁんなんだね!」
「ふぁん?…ぷっ…そうだな」

 アクセントが変だから、父様が笑ってしまっている。また今度アクセントの練習でもしようか。
 たまーになんだが、ケルンは言葉が拙いときがある。幼児ならかわいいが、もう少年…しかも美少年が、たどたどしい言葉を使うなんて…犯罪者がホイホイやってくるじゃねぇか!

 自衛のためなら、俺の右フックが黙っていないが、俺がアクセントを直してやれば済むだけのことだ。

 ってか、これだけ話していても司教様はまだ思い出話を続けていて、今は昔のポルティの話になってきた。小さな村だったとか、それ何百年前の話だろうか。

「…司教様はお耳が遠いのかな?」
「お歳だからな…小声ならエフデも話してもいいぞ」
「俺が話してもいいんですか?」

 ケルンの服の間からひょっこりと頭を出し手父様に尋ねる。

「お前と私は声が似ているからな。気づかないだろう」
「あーなるほど…だったら父様に聞くのを忘れていたことがあったんです」
「何かあるのか?」

 俺と父様の声は似ているらしい。俺の方が高いけど。
 俺がそのまま尋ねようとしたら、ケルンが「あのね!あのね!」と話に入ってきた。
 上手く説明できればいいんだが、できるかな?とケルンに説明を譲る。

「あのね、サイジャルでお兄ちゃんと話してたんだけどね…父様、教えて?」
「ん?何を知りたいんだ?」
「風の精霊様と友達になる方法!」

 ケルンが簡単に聞きすぎて父様に上手く伝わっていない。
 また練習しよう。説明をしようとする心意気はよかった。
 あとはもう少し語彙が増えたら完璧なんだけどなぁ。

「俺が説明するよ、父様。風の精霊様と契約をする詠唱がなかったんですが、どうしてですか?」

 サイジャルでいくら探しても見つからない。他の精霊様の契約をするときの詠唱らしきものはみつかったんだが、風の精霊様のは見つからなかった。
 土と火の精霊様の詠唱も詠唱とは呼べる代物じゃなかったけどな。

「ああ…そのことか。それは精霊の性質によるものだ。風の精霊の場合風の精霊は決まった場所にいて、いない存在だ。詠唱も決まっていて、決まっていない」

 父様が拍子抜けした表情で答えてくれた。

「いて、いない?」
「決まっていて、決まっていない?」

 しかし、俺たちはその答えがいまいちわからなかった。
 いて、いない。決まっていて、決まっていない。何だろう、その矛盾は。

 俺たちが理解していないことは一目見て察せれたからか、父様が詳しく教えてくれる。

「どのみち習うことなんだが…水の精霊とは契約をしたんだろ?」
「うん!」
「水はとどまり、こぼれる性質がある。決まった詠唱をすれば精霊の住まう場所からこぼれた精霊と契約ができる」

 水はとどまり、こぼれる…液体なのが性質を表しているってことか。
 だとすれば風は父様のいうとおり、その場にあってないものだ。

「風は吹いているから風だ。ただ、風と認識せねば風にならない。だが、認識しなくても風は常にある。そういう性質を持っているからこそ説明しにくい精霊だな…あと、かなり…」

 動いているから風だが、動かないと空気になる。しかし、空気が動いていないともいいきれない。
 なぜなら目に見えないからだ。
 見えないからこそ、そこにいて、いないといえるのだろう。

 父様の説明で何となくだが、風の精霊様のことがわかったが…後半の父様はまた遠くの方を見た。その目がユリばあ様とまったく同じだった。
 どんだけ危険なんだ。風の精霊様は。

「風の精霊様ってどんな精霊様なの?」
「おい、聞くのか。ケルン」

 俺が内心でつっこんでいたら、ケルンは俺が気になる…だけじゃねぇな。自分も気になるってなってるから聞いたみたいだ。

「…一言でいうなら…特殊だな」

 特殊。特殊とは…不安しかねぇんだけど。

「父様はな、風の精霊と契約をしたのは遅かったんだ。先に他の精霊となし崩しに契約をして…あいつらに紹介されて、一応、最上級に位置する王の一人なんだが…」
「王様?すごい!どんな精霊様なの?」

 ケルンがいつものキラキラを飛ばしながら父様を尊敬する目で見る。
 俺も同じ様に父様を見るが、父様のものすごく…まるで苦虫を噛んでいるかのよつにいいにくそうな顔をみるとケルンほど父様を見れそうにない。

「あいつだけは…戦闘でしか喚ばないが、何でもないときに喚ぶと…初級の子たちはいいんだ。素直だし、おしゃべりだし…ほら、そよ風ならいいが、大風だと困るだろ?そういう精霊でな…もし、中級と契約してもケルンは普段から喚ぶんじゃないぞ?戦闘のときはかなり頼りになる」
「父様。ケルンが不安になるようなことを真顔でいわないでください」

 これから契約をするってときに、そんな真顔でいわれたら、ケルンが不安になってしまうじゃないか。
 あとで母様にチクろうかな。

 ケルンを見れば「僕がなーに?」と首をかしげているだけで、わかっていないみたいだし、今回はセーフにしようか。

「そうはいうが…エフデも実際に見れば思うだろう…」
「俺まで不安になるんですけど」

 やっぱりチクろうかなぁ。

「まぁ、私は別の場所で契約をしたが、風の精霊は向こうが勝手に話しかける。その手助けはベルザ司教がする」

 父様がそういって指させば、目的地にたどり着いたのか、ベルザ司教大きな鉄の扉の前で腰を叩いていた。

「いやはや…歳ですな。ここまで来るだけに疲れてしまいました」

 まったくそうは見えませんけど。
 汗一つかくことなくベルザ司教は鉄の扉に手をそえる。

「ポルティ大聖堂。司教ベルザ。大鐘楼の間に入ります…『風の精霊よ、我が声に応えたまえ。願わくば汝らのおわす宮へと我らが踏みいるを許したまえ』…許可がおりたようです。さぁ」

 ベルザ司教の詠唱が終わると重そうな鉄の扉が独りでに開いていく。ベルザ司教について俺たちは大鐘楼の間に足を踏み入れた。

 大鐘楼の間はその名が示すとおりに、大鐘楼のある場所だった。
 けれどもやはり普通ではない。

 外からも見えていた鐘は金色に輝いているが、まだ普通の鐘であった。
 問題は部屋だ。

 部屋の内側にはびっしりと数字の羅列が書かれていた。まるで円周率のように何かの規則性があるのか窓の内側や天井にまで書いてある。
 唯一鐘の真下に円のようにぽっかりと書かれていない場所があった。

 奇妙なことに釣鐘がぶら下がっているが、中には打つべき『ぜつ』と呼ばれるものがなかった。取り外しているのか?外から叩いているなら凹みや傷があるはずがそれもない。
 鐘楼の鐘がなっているのを聴いたことがあるから使われているのは確かだ。

 変なときに鳴っているから気まぐれに誰かが叩いているのかと思っていた。

「一つ注意するべきことがある」

 父様がケルンと視線を合わせて…いや、俺にいっているようだ。

「絶対にその場から動くな。いいな、ケルン。動いちゃいけない。絶対だぞ?わかったな?」
「はーい!」

 返事はできないが、顔を少し出してうなづく。ベルザ司教からは見えていないはすだ。
 ケルンが動かないように俺がしっかり気を張っておけということだが、動くなとはどういうアドバイスなんだ?

「それではケルン様、中央にお立ちください」
「はい!」

 ベルザ司教に声をかけられ中央に立つ。
 大鐘楼というだけあって、釣鐘はかなりの大きさだ。その真下に立つだけでもかなり圧迫されている感じになる。
 不安そうに胸元にいる俺をぎゅっと力をこめて抱きしめる。
 苦しい…緊張しているんだろうが、力を抜いてくれ。もげる。

「…大丈夫だからな。俺がいる」
「うん!僕…頑張るから!」
「ぐぇっ」

 気合いをいれるとさらに力が強まった。首が…正確には首の部分がきゅっとしまった。

「それでは…始めますぞ…『精霊よ、我が呼び声を聞きたまえ…精霊よ、我が呼び声を聞きたまえ…古の地より…精霊よ、我が呼び声を聞きたまえ』」

 ベルザ司教が詠唱なのかはわからないが、魔力を込めているのか芯のしっかりした言葉で朗々と歌うように唱える。
 何度も同じ言葉を繰り返していると、地面がゆらゆらとしている感覚になってきた。

 一種のトランス状態なのだろうか。ゆらゆらとした感覚が高まるのに呼応するように、ケルンの魔力も高まる。
 ふわっと風が全身をつつんだ。

「わっ!あっ…飛んだよ?」
「飛んだ?」

 風に驚いたケルンだったが、すぐに落ち着いた声で俺にそういった。
 とはいえ、飛んだって何だ?

 服の間から確認をしたが、思わず頭が全て出るほど驚いた。

「は?何で、草原に!」

 どうなっているんだ!さっきまで確かに大鐘楼の間にいた。でも、今は見たこともない平地の草原に立っている。
 地平線まで同じ背丈の草が風に吹かれている。

 父様やベルザ司教の姿は見えない。
 代わりに昼間なのに蛍のように光っている何かがあちこちにいる。

 何匹?何体?かの発光体が俺たちのそばまでやってくる。

「ケルン、じっとしてろよ!」
「うん!父様と約束したもんね!」

 父様が動くなといったのはこのことか。もしかして、動いたら攻撃してくるのか?

「んー…風のみや?ってとこなの?へー」
「ケルン、何と話しているんだ?」

 警戒をしているとケルンが突然変なことをいいだした。風の宮?

「え?風の精霊様とだよ?」
「は?精霊様?」
「うんうん…そうなの!僕ね、契約をしにきたの!呼んできてくれる?ほんと!ありがとう!」

 どうも発光体は風の精霊様のようだ。形が定まっていないところをみると、初級の精霊様なんだろう。
 俺にはまったく声は聞こえなかったが、ケルンは声が聞こえたのか。

「初級の風の精霊様って話せるのか?」
「いっぱい、たーくさん、集まって話してたよ」

 いっぱい?たくさん?…もしかして、群体なのか?風の精霊様って何なんだろうか。
 とりあえず、精霊様と話せるってすごいことだ。父様の遺伝だな!

「そうかぁ。ケルンはすごい子だな!」

 服からはいでて、肩に乗って頭をなでてやる。才能があるなら褒めて伸ばすのが俺の教育方針だ。

「えへへ…お兄ちゃんは聞こえないの?」
「聞こえないなぁ…残念だ」

 精霊様と話せるってかっこいいのにな。

「杖さんとは話せるのにね」
「…嫌だけどな」

 心の奥底から嫌だわ、ほんと。

 ちらっと、ケルンのポケットから葉先が出てきてうねうね動いているやつと話せてもなぁ。

『ひどいっす!』じゃねぇよ。精霊様と話せるのと痴女と話せるのじゃ精霊様の方がいいに決まってるだろうが! 

「でも何にもないな。宮っていうから建物とかあると思ったんだが」

 杖はスルーだ。何しても喜ぶのなら相手をしない方が俺の精神衛生にいい。

「そうだね…あ!お兄ちゃん、契約をしてくれる精霊様が来たよ!」
「お!もうか…って…またか…美少女?それか美少年?」

 遠目からでもケルンと並べるほどの顔立ちだとわかる。
 空に浮いている金髪のショートボブのまるで絵画の天使のような存在が降りてくる。羽がないだけで、ケルンのように髪の毛には天使のわっかがついている。

 本当に絵画の一場面のようだった。
 本当にそのときまでは。


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ようやく時間がとれましたので更新です。
作者のモチベーションにもなりますのでよかったら登録して更新をお待ちください。
次回は色々ありますので。
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