重課金者が最強なのは当然ですが、お願いだから魔法は詠唱しないで

竹端景

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妖精王の避暑地

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 湖を前にして頭を整理させる。

「何てことがあり、現状…現実世界の部屋は地震で多少汚れた可能性がある…アルが動いているにしろここにいる理由はない」

 以上、独り言は終了っと。
 記憶に矛盾もない。脳への負担もないだろう。これなら問題はない。

「…よし、ゲームに入ったのなら、さっさと抜けて部屋の状況を確認しにいこう」

 停止が間に合わなかったがエタニティアの続編とやらの中に入ったのはどう考えても間違えようがない。

 現実世界でこんな風景は残っていない。
 生い茂る木々やろ過をせずとも飲めそうな水なんて自然にあるわけがない。
 それにワープなんてもんができるわけがないだろ。

 ゴーグルは外してしばらくすると溶けていくように消えていった。このエフェクトは俺が組んだプログラムだ。わざわざゆっくり消えていくようにしたのは、現実のデバイスであるゴーグルからエタニティアに没入したという印象を受けさせるためにした。

 エフェクトが発生してエタニティアの初期リスポーン地点である懐かしい湖だとわかれば慌てることもない。

 この湖は『名もなき始まりの湖』という。どこまで青く透き通っていめ魚一匹いない湖だ。キャラメイク後に最初に飛ばされる土地であり、簡単なチュートリアルのあと始まりの街『ファス』に飛ばされる設定だ。

 一応湖のそばに行き確認したが、以前と変わらず青く透き通っており、先ほど作った俺の姿を反射していた。せっかく日焼けさせてみたのに、湖のせいか青白い現代人の生意気なガキに見えたが、問題なくキャラメイクもできてはいる。
 身長も当時のものを入力したからか『裏』で使っていたのとは、視線の高さが三十センチほど異なる。非常に動きにくい。

 感覚も問題はない。やはり、続編とは名ばかりのアップデートなんだろう。完成されたもんをどういじくるか期待していたんだが、期待外れだ。

 第三位君が頑張って組んだプログラムを楽しみたいところだが、被害状況を確認をするのが先だ。再度ログインして粗探しをするか。

運営マスターコマンド!」

 俺の声は虚しく湖に響く。鳥や虫もいないからよく響き渡った。
 自信満々な決め声だから余計に響いたような気もする。

「…運営コマンド入力は取り上げられてたな。うっかりしてた、はははっ」

 死にたい。
 つい癖で大声でいったが、顔だけはドヤ顔になっていなかったよな?声はもう諦めるけど、どうも当時の俺を思い出すと…この歳の俺だと高笑いつきでやってそうなんだが…やってたら死にたい。とりあえず、気を取り直して一般コマンドで呼び出すか。

「メニューバーの表示」

 そう空を見上げていってみるが何も反応がない。空には何も浮かばない。

 うわぁ、空が綺麗。

 なんていらっとしながら思うほど、空が高かった。今はそんなことはどうでもいい。

「システム!メニューバー表示!」

 口頭でダメなら、空中に指先で『メニューバー』と書くやり方も試した。が、やはり何も反応をしない。

「システム!おい、エタニエル!聞いてるだろ!メニューバー!」

 この世界の大本である人工知能『エタニエル』に直接呼びかける。いくら開発陣が変わろうとも、このエタニエルを外すことは不可能だ。
 あのリーダーですらこれ以上のAIはしばらく作れない。といってのけたAIだ。

 エタニティアのマザーAIである彼女は困ったときには助けてくれるようになっている。
 とはいえ、全てにではない。

 一応の設定で、天使長という肩書きををエタニエルにつけたからか、職業が僧侶、司祭などであればエタニエルが聞いてくれる可能性が高くなる。
 俺の『裏』でのメイン職業は教皇。サブは料理人だった。僧侶系で一番上かつ、職人系サブ職持ちは優遇される。

 エタニエルは『表』も『裏』も統括していたから、やり方は変わらないはずだ。

 そして設定上だが、俺の嫁と記載されていてそのように振る舞うめんどくさいAIなのだ。
 俺がログインすればすぐにでも声をかけてきてファッションチェックからなんやらしてくるとんでもないAIで、いつもうっとうしいほどうるさい。

 だというのに相変わらず何も起こらない。沈黙をしたままだ。

「落ち着け…運営が変わったんだ…エタニエルも、表版に準拠したのかも…もしかしたらチュートリアルが…あ、ステータス!」

 チュートリアルで最初に行うのがステータスの確認だ。それを思い出してステータスを呼び出すとこれは成功した。
 ポンっと透明な板が出現してズラズラと俺の情報が並べられていく。

 かなり長いが変更は頭の部分だけだからそこだけを見る

 ・アオ 人族 職業 教皇/料理人 転生6
 ・レベル…3
 ・最新称号…六亡の廃人ろくでなし(六度も転生をした廃人。特殊効果なし)

「よかった…ステータスは出せる…転生扱いで、レベルは3とか…せめてボーナスがつく5とかならよか…おい、誰だこんな称号組んだの」

 転生システムを簡単に説明するならば、どんな種族でもレベル999まで上げれる。そのあと転生をするとレベルが3~9のどれかにランダムで付与される。そのときのステータスは転生前の十分の一に設定され、転生後も遊べるようにしていた。

 しかし、転生後に成長をするには転生前よりも多くの経験を積まねばならない。
 それは敵を倒すだけではなく、イベントもこなさねばレベルが上がらないようにプログラムしている。

 これはゲームを楽しむために重要なことなのだ。レベルを上げる狩り場でたむろされるよりも、せっかく組んだイベントをやってもらう方が作った側も楽しめる。利益も出るしな。
 それに、転生後はかなり強いのだ。

 仮に攻撃などの各パロメーターの最大を1000とする。そうすると最低レベルの3で転生したときには100であり、それだけで最初の頃のレベル制限のあるダンジョンをソロでもう一度潜れる程度の強さがある。

 ただ、転生を繰り返すには希少なアイテムや大量の経験値が最大レベルとは別に供物として必要だ。
『表』と『裏』を合わせても五回も転生しているやつは俺やメタボライオン、アラモジョサーの三人だけで、あとは四回が三十人、三回が数万人…まぁ、確かにろくでもない人間廃課金主義者ではあるが。

 ちなみに、プレイヤーが強くなれば魔物やボスもそれなりに強くなっていっている。
 ダンジョンとかはパーティの一番レベルの高い者にするかステータスにするかはダンジョンに入る度にランダムにしたが、ステータスだと俺は他のやつとは組まない方がいい。メタボライオンたちとしかやはり冒険はできないだろう。

「転生でステータスが下がったが…まぁいきなり裏ボスと戦うとかではないんだし、しばらくは大丈夫か…表のトップもなかなかやるようだし、うかうかはしてられないが」

 何度か名前をみた『表』のトッププレイヤーはもうすすめているころだろう。俺たちのような制限はないんだし。羨ましい。

 ついでに持ち物を呼び出して確認すると、前の世界で集めた品や装備品は全てアイテムボックスに収納されていた。飾っていた装備もきちんと収納されているあたり、引継は完璧なようだ。
 もし、一つでも装備が欠けていたら運営にハッキングかけてありとあらゆる恥ずかしい秘密を漁ってやるんだが、それをしなくて済んだようだ。
 一番大事な装備は冗談抜きで数億以上かかっている。あと時間も数年単位であるのを考えればきれるなとはいえないだろう。

「おーい。システム!そろそろチュートリアルを初めてくれ!ログアウトも早く!」

 チュートリアルでは天の声とともに、ログアウトの方法を教えてくれる。そうすれば中断してさっさと抜けれるんだ。

 けれどもやはり反応はない。
 待てど暮らせどチュートリアルの開始を知らせる天の声はなかった。

 日が少し暮れてきた。横に転がってふて寝しても反応さえなかった。
 あとで運営に苦情メールをパンクさせるように送ってやる。

「とりあえず、夜営すっか」

 ゲーム内の疲労は脳にも蓄積される。適度にゲーム内で休憩をするように宿泊施設を人がいる場所には設けている。
 ある程度やってきているプレイヤーは持ち歩ける宿泊施設を持っているから、使うことは少ない。

「アイテム。『妖精王の避暑地フェアリーシェルター』を使用」

 てのひらにちゃりんと、やけに細かい彫刻が刻まれた一本の鍵が落ちてきた。そして、目の前に文字が浮かぶ。

『場所を指定してください。一度指定されますと半年は固定されますのでご注意ください』

 宿泊施設アイテムでも『妖精王の避暑地』のような屋敷系のアイテムは固定される代わりに、内装はかなりいい。しかもこの鍵を鍵穴にある扉に差せばどんな場所からでも『妖精王の避暑地』に帰ってこれる。
 とあるイベントで一本だけ配ったアイテムだ。かなり苦労したがそれに見合う価値がある。便利すぎて他の宿泊施設は倉庫番にしたほどだ。

『表』と『裏』で共通のイベントを開催したがこのイベントが一番盛り上がったな…ガチャとか。ついコレクター精神で一位を目指してしまった。

「あー…ここで」

 ぶっちぎりで一位を取ってしまい仲間からも色々いわれてやるせない気持ちになったのを思い出した。若かったんだから許してほしい。十年以上も前だし、時効だ。
 とりあえず適当な場所を指定したあと、何もない空間に鍵を差し込んでひねる。

 そのとたん、目の前に豪華な扉が浮き上がり、まるではなからそこに初めからあったかのように扉から徐々に屋敷が浮かび上がる。

「前に使ったときより立派になってね?…隠しアプデ?俺どんだけ今の開発陣に嫌われてんの?このエフェクトとか俺のプログラムが元だろ?泣くぞ?」

 思わずぼやくのも仕方がないだろう。前に使った時は豪華なコテージ程度の見た目だったのに、今ではどこの貴族の屋敷かと勘ぐってしまうほど豪勢な作りだ
 。
 庭や噴水なんてなかったはずだし、バラ園…どこまでの広さなのかは考えないようにしよう。しょせんガワだ。中身が変わってなければそれでいい。

「戻った…ぞ?」

 居城ばかりでここ数ヵ月使っていなかったので声をかけて入れば、執事服が震えながらお辞儀をして立っていた。
 これは『妖精王の避暑地』に付随する屋敷妖精だ。
 姿はない。あるのは執事服だけだ。

 透明人間というわけではなく、彼はいうなれば『妖精王の避暑地』そのものが、俺という家主をもてなすために用意したアバターだ。
 いつもびしっと迎えてくれていたが、震えてるのはなんでだ?アプデのミスか?

「執事、何か問題あるのか?引継ぎによる不具合があれば教えてくれ」

 速攻、運営に苦情用ウィルスぶっこんでやる。
 彼のAIの成長は俺が施したのだ。それこそアルの弟のように設定までしてアルも喜んで教えていた。
 その他にも色々と学習させてきたというのに、下手な引継ぎで何かあったというなら、報復をしないとな。

 ふるふると横に体を振って、顔があるであろう場所に袖が向かう…泣いているという表現か?

「もしかして…久しぶりだから…とか?」

 少し気まずい空気の後、軽く頷かれた。
 すまん。城の方が便利が良かったんだ。

「おー!ベッドが前よりもふかふか!ふむふむ!きちんとハウスクリーニングできてると…ほっとしたらトイレしたくなった」

 かなり豪華になった寝室に案内され、天蓋付きのベッドに飛び込むと、俺好みの匂いの布団、俺好みの柔らかさ…まさに俺のための寝床ができていた。

 さすがはアルのデータを入れただけはある。完璧だ。
 おかげでチュートリアルができなくていらいらとしていたが、リラックス効果は抜群で尿意を感じるほどだ。

 ゲーム内の排泄というのは、ストレスの緩和を表している。実際の排泄ではなく、気分転換ということと脳を誤認させるためにある。

「…あれ?尿意下がんないぞ。バグか?むしろ、漏れそうなんだけど!」

 だから、トイレの前に立てばすっと収まる。外なら男だと木に向かって立ち止まれば収まるし、街中なら公衆便所を利用すればいい。
 だというのに、本当に出そうな気分だ!

「ん?」

 もぞもぞとしていると変な感覚がした。まさかと思い、そこに軽く触れる。気のせいかと思ったが、大事な所に感覚がある。
 そんな機能はつけてないはずだし、オプションでつけれはしたが、俺は現実同様に興味がなくつけていなかった。

 オプションでモノつけてないなら、服を脱いでもそこには何もないはずだ。下着までしか脱げない仕様になっている。
 でもこれ…覚悟を決めろ、俺。

「…まじか…」 

 トイレから出てきて思わず座り込んでしまった。
 信じれないことにブツがある。しかも排泄可能。それも信じれないことにだ。
 データに入れていない俺の当時ぐらいのブツがどうして作り出せてんだ。
 形とかほんとに当時そのままだったから、ありえねぇ。俺とアルしか知らないはずなのに。

「まさか…脳を直接スキャン?…いや、禁止されているのに…」

 脳内の記憶は永久に存在する。人間は思い出せないだけで、どんなものでも視界に入れておけば脳が覚えているのだ。
 それを犯罪に利用するものもおり、脳内スキャンはできないことにしている。それが可能な化け物は…現在、雲隠れしている。

 どういうことだと考えていると、くぅぅっとから音が鳴る。

「…こんなときでも腹は減るのか」

 犯罪者予備軍とは思われても俺たちは犯罪者ではない。そんな俺たちのゲームが犯罪に使われたのかと悩んでも、腹は減る。

 食事を頼もうかと執事を呼べば、すぐに食堂へと案内された。もう用意ができていたのだ。
 豪勢なフルコースを給仕されながら賞味する。サブ職の料理人の効果によって、相当の腕を持つ料理人が調理したものと断定できる。
 まぁ、作ったのは『妖精王の避暑地』なんだがな。

 料理に舌鼓をしながら、グラスに注がれたワインを口に含む。俺はワインが大好きだ。本物は数が少なくあまり口にしないが、エタニティアでは本物の味を堪能できる。

「うまいな。うん。ワインもなかなか…って、葡萄ジュースじゃねぇか!酒は!?」

 執事がふるふると体を横にふる。そして、しきりに俺を指さす。

「見た目は若いが、これはキャラ!アバター!俺は成人してっから!酒をくれよ!」

 そう説得しても手で×までしての拒絶だ。こうなると酒はでなくなる。
 なぜなら、アルのデータを流用しているからだ。あいつも俺の体の成長が終わるまでアルコールを許さなかったのだ。
 でもな、それは昔の話だ。今は別だ!少しぐらい飲みたいじゃないか!前に食事したときは、ワインやブランデーも出してくれたのに!

 こちとら、帰れずどうしようもなくいらついてんだぞ!酒をくれ!

「くっ…仕方ない…ほんのちょっともダメか?」

 頼み込むと、まるで仕方ないですねというように、どこかからおちょこを取り出し、俺に持たせる。
 するとおちょこ一杯分のワインがおちょこからわきだした。

「…おちょこでワイン…」

 量もさることながら、明らかに混ぜ物で薄められたワインをちびちびと飲む切なさよ…早くログアウトしてたんまり飲もう。
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