僕と彼の話

竹端景

文字の大きさ
上 下
1 / 9

おかえり

しおりを挟む
 
 僕には一緒に暮らしている人がいる。

「ただいま」
「おかえり」

 大学の頃はどちらかの家に泊まるだけだったのが、社会人になりたての頃から、たぶんあっちからの誘いだったと思う。

 僕らは一緒に住みはじめた。手狭ではあるけれど、僕たちはあまり物がいらない。本やゲームが少し。あとはお互いの服。部屋にはそれくらいだ。暇潰しはあくまで一人のときの話。二人でいるなら必要はあまりない。

 今日は外回りだったんだろう。
 しわになならないようにかけないといけないスーツをソファに放り出して、夕飯の用意をする僕の後ろにまわる。

「疲れた?」
「疲れた」

 会社でも部下ができたからか気づかれが増えたようで、眉間のしわがとれていない。
 少し強面で目付きが悪いのを気にしているのに、眉間のしわでさらに顔が怖くなる。

「お腹触んないでよ」
「いいじゃん…また大きくなった?」
「怒るよ?」

 学生の頃からあまり運動をしていなかったつけが、ここ最近になってつけとして溜まりだしたようで、僕の体積は増えている。

 それを喜んだのは彼の方だというのに。

「今日は何?」
「ハンバーグ。サラダはそこにあるから持っていて」
「了解」

 僕らの関係は世にいうゲイなのだろう。
 だけど僕らはそのことがわからない。
 僕は彼しか知らないし、彼も僕しか知らない。

 彼とは中学で知り合った。そのまま同じ高校に進学して、二年の夏だった。

「俺…お前が好き」
「うん」

 少し仲のよい友達…いや、友達付き合いをしない僕からすれば、一番仲のよい友達の彼と、どんな人とも仲良くやっている彼では、感覚が違うのか。
 馬乗りに告白されて思ったのは、彼がいつもより顔を赤くしているのが不思議だという思いだった。

「一回だけ。一回だけでいいから…」

 今もぶっ飛んだ考えの彼だから、数年後に何でその思考になったのかを一戦交えた後に聞き出せば、僕が告白されたと人伝に聞いて焦ったからだと聞かせられた。
 一つ下の後輩が同級生で、僕の小学校から知っている子に告白する相談を受けていたのが、彼の耳に入るときには変化していたらしい。

 彼は人気があるからわざとそう伝わったのかもしれない。

「僕、経験ないんだけど」
「俺だってない!…れ、練習だと思って…だめか?」

 まったく嫌に思わなかったから、彼は僕が元気なのを喜んで、気づけば彼の中に入っていた。
 痛そうにしながら、嬉しそうに笑う彼をみて、僕は初めて嫉妬をした。
 こんな表情を見たことがある女の子に。でも、それは杞憂だった。

「俺、彼女いたことないし、全部お前が初めてなんだけど」

 何度目かの誘いのあとに、心外そうな彼の言葉に、そのままうちに泊まってもらうほど仲良くしてしまった。

 そうして彼を抱いてからずっと僕は彼といる。
 一度も役割を交換しないのは、彼の希望であるし、少し強面の彼がとろとろの甘え顔になるのも嫌いじゃない。

「…美味しい」
「よかった」

 味噌汁を飲んでふにゃりと笑う彼は可愛い。僕の仕事が遅ければ彼が料理をして、待っていてくれる。
 僕らはどちらの料理がいいとかはない。待っているということが嬉しいのだ。

「何?」
「ん?可愛いなって」

 かぁっと照れた彼をみてやっぱり可愛いと思う。

「明日は休みだから、俺が作る」
「お願いするね」

 一緒に洗い物をする。僕は布巾係だ。手早く食器を洗う彼に、休みだから頼んでみることにする。

「…お昼から頼んでいい?」
「…うん」

 ちょっとした合図を彼もわかってくれる。

「お風呂は?」
「後で。先に入って」
「僕と入らないの?」

 ソファでテレビを見始めた彼を誘う。一緒に入る方が楽だし、外回りで汗もかいているだろうから、そういえば、口を曲げられた。

「…お前…しつこく洗うから。俺一人で洗うし」
「了解…気がむいたら来ていいよ」

 くすりと笑って僕はお風呂に入った。
 明日の午後は部屋でゆっくりするか買い物をしようか。
 ドアの開く音を聞きながら少し考えた。
しおりを挟む

処理中です...