【8月8日「妖怪の日」記念短編集】「汝、妖」 -いまし、あやかし-

詩月 七夜

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第三話 野鉄砲

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 昔々。

 北の山奥に“野鉄砲のでっぽう”という妖怪が現れたという。
 “野鉄砲”は、夕暮れになると人を襲って生き血を吸うとされ、その際、襲う相手の視界を奪うともされた。
 その狙いは、まさに百発百中だったとか。

「日が暮れてきたぞ…まずいなぁ、ここには“野鉄砲”が出るっていうし、急がなきゃ」

 若い旅人…めぐるが、暮れなずむ空を見上げてそう呟く。
 夕暮れの空をひらひらと蝙蝠こうもりが飛んでいるくらいで、付近は人っ子ひとりいない山道だった。
 そうして、先を急ごうとした時だった。

がばっ!

「ふがっ!?」

 突然、巡の顔に何かが張り付いた。
 しかも、その重さが尋常ではない。
 まるで人ひとりが、顔面にしがみ付いているようだ。

「ふが!?(訳:誰!?)」

「野鉄砲、見参」

 若い女の声に、巡は目を剥いた。

「ほげっほう!?ほんごひいはごは!?(訳:野鉄砲!?本当にいたのか!?)」

「うん」

「ほぐほほうぐふひげふ!?(訳:僕をどうする気です!?)」

「決まってる」

 真っ暗な視界の中、舌なめずりをする音が響く。

「君、私の獲物」

 巡は恐怖で全身が硬直するのを感じた。

「じゃあ…いただきます」

 唐突に開ける視界。
 が、間髪入れず、巡の唇に何かが当たる。

ちゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ♡

「!?…!?」

 目を白黒させる巡に、逆さまになって、その唇を奪っていた娘が身を離す。

「ふぅ…御馳走様」

「な、ななななな…!?」

 自分の身の上に起こったことを理解し、真っ赤になって慌てふためく巡。
 それに、野鉄砲を名乗った娘が巡の頭の上からトンボを切って着地し、スチャッと指で挨拶をする。

「初めまして」

「あ、どうも初めまして…って、何なんですか!?今の!?」

 突然接吻キスされ、真っ赤になって声を上げる巡に、野鉄砲の娘は小首をかしげた。

「チュー、知らない?」

「知ってますッ!その意味も大切さも!」

 思わずそう怒鳴る巡。

「一体どういうつもりですか、摩矢まやさん!」

「外国ではこうするって、エルフリーデ七人ミサキから聞いた」

「あ、あの人は…!」

 巡の脳裏で、高笑いする女将校の姿が浮かぶ。

「もー!ダメですよ、摩矢さん!ああいうことは、本当に好きな人とするもんなんです!むやみやたらにしていいものでは…」

「知ってる…だから、君の血は吸わなかった」

 巡の言葉を遮るように、野鉄砲が呟いた。

「え?」

「血を吸うのは、唇じゃなくてもいい。でも…」

 不意に無表情をわずかに顔を赤らめると、野鉄砲の娘はややうつむいた。

「…コレは君の唇じゃないとできないし、私がしたかったから…」

ばっきゅーん♡


 その後。
 巡がどうなったか、誰も知らない。
 ただ一度だけ家族の元にふみが届き、それには「北の地で、良い縁に恵まれました」としたためられていたという。

 妖怪“野鉄砲”…狙った獲物は逃さない「必殺の狩人」
 そして、相手のハートを射抜くすべにも長けていたとか、いなかったとか…

 何にせよ、あなおそろしきことなり。

 ばっきゅーん♡
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