世界唯一の妖喚師 ~転生したらスキル「召喚」が「妖怪限定」でした~

詩月 七夜

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第七話 訳あり物件の訳を探れ

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 その館はハモウナの町外れにある森の中にあった。

 もともとはある貴族の所有物で、別荘だったらしい。
 なので、館の造りは豪華そのものだったし、美しい庭園もある。
 側には湖もあって、別荘としては各別な立地だった。

 が、館の持ち主である貴族が急死してから、事態が変わった。

 無人となった館では数多くの怪奇現象が発生。
 次々と変わる持ち主も病気に倒れたり、自殺したりと不幸が続いた。
 で、不吉な噂が立ち始め、それを恐れた館の買い手もゼロに。
 困ってしまった現在の所有者である不動産屋が噂を払拭するため、三ヶ月限定で居住者募集を冒険者ギルドを通じて発注したそうだ。
 まあ、居住者が三ヶ月も住めば「訳あり物件」の噂も払拭されるってことなのだろう。
 で、それがかれこれ五年前のことらしい。
 当時は星三つの等級ランクだったこの依頼だが、冒険者達も館につきまとう不吉な噂を敬遠したせいで、等級ランクはついに星一つまで下落。
 依頼書は掲示板の一角の主と化していたというわけである。

「ほ、本当にこの依頼を受注するのかい…?」

 冒険者ギルドの受注窓口に立つお兄さんが、俺と掲示板から剥がしてきた依頼書を何度も見比べ、そう尋ねてくる。
 俺は朗らかに笑って頷いた。

「はい!等級ランクも問題なさそうですし!」

 これが俺にとっては初めての依頼受注であることを知っているお兄さんは、戸惑いを隠せないようだ。

「君独りでこれを受けるのかい?他に大人は?」

「俺、単独ソロ専門なんです!」

 年端もいかない男の子が独りで受けるにはハードルが高過ぎると思われてるのだろう。
 お兄さんは迷った風にしていたが、

「…ここだけの話だけど…」

 声を潜めるお兄さん。

「館にはって話だよ?怖くないの?」

 フッフッフッ…心配無用。
 俺は無類の妖怪好き。
 そして、同時に幽霊とか怪異とか都市伝説なんかもイケるクチなのだ。
 心霊スポットや廃墟めぐりなんかはやったことこそ無いものの、そうした動画配信はよく観ていた。
 なので、この世界の幽霊さんがどんなものなのか、興味がある。

「大丈夫です!俺、そういうの大好きなんで!」

「…まあ、ギルドうちとしてはこういう塩漬け案件を受注してもらえるのはありがたいんだけどね…」

 あくまでも陽気な俺に、お兄さんは溜息を吐くと、しぶしぶ依頼書に「受注済み」のハンコを押した。

「いいかい?条件はクリアしてるから受注扱いにはするけど、危険だと思ったら、すぐに避難するんだよ?あと、無事を報告するために、明日もギルドへ顔を出しなさい。分かったね?」

 心配してくれるお兄さん。
 俺は笑顔でそれに頷いた。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 さて、それでは早速館に向かいたいところだが…その前に準備は必要だ。
 それを小槌に告げると、

『それなら、ちょうどいいものがあるだわ』

 小槌はそう言うと、人気のない路地に俺を誘導し、自分を振るように言ってきた。
 言われるがままに、俺は小槌を振ってみる。
 すると…

「うわっ!」

 この世界に転生させられた時と同じく、足元の地面に複雑な模様の法円が浮かび上がる。
 そこから青白い陽炎が立ち昇ると、俺の全身を包み込んだ。

 一瞬後、身に付けていた旅人ルックはまとめて消失し、まったく別の衣装になっていた。
 黒い着物に袴、黒い手甲に脚絆きゃはん、草履履きと純和風な出で立ちだ。
 肩から脇には白い綱がたすき掛けされ、袖を動きやすい形にまとめてくれている。
 おまけに、腰には一振りの脇差しまで差されていた。

『魔王様が用意してくださった専用の特殊妖装「宵空よいぞら」なのだわ。それと、武器として脇差し「百毒ももどく」っていう妖刀と魔弓「唯月いつき」なんてのもあるだわよ。適宜呼び出して使い分けると良いだわ』

 おお、弓まであるのか。
 刀を使ったことは無いけど、弓なら小さい頃からとある縁でそれなりに有名な師匠の下で手にしていた。
 まあまあ上達したし、弓道部にも勧誘されていたけど、とある事情で所属はしなかったっけ。
 社会人になってからはご無沙汰けど、また使う機会に恵まれるなんてね。
 目をキラキラさせる俺に、小槌が続ける。

『その「宵空」は、最高位の鎧よりも丈夫で軽く、この世界の魔法なんかも防ぐだわ。おまけに貴方自身の妖力ようりょくも底上げしてくれるし、怪我や毒、病気なんかの状態異常を受けても自動で治癒してくれるのだわよ』

 おおう、さすがは魔王謹製…!
 チート性能もはなはだしい。
 気分はまるで魔法少女である。
 俺は自分の格好をクルリと見回した。

「いいね!和風だし、いかにも『妖喚師』って感じが気に入った…!」

『また変なこだわりだわ』

 溜息を吐く小槌。
 そして、俺へ言い聞かせるように続ける。

『いいのだわ?魔王様がここまで貴方を支援するのは、貴方に課せられた使があればこそなのだわ。決して魔王様の意図を無為にしないよう、気を付けるだわ』

 そういえばそうだった。
 俺には、妖怪達がこの世界へ侵攻するための鉄砲玉としての役目が合ったんだっけ。
 こういうサポートも、それなればこそなんだ。
 俺は頷いて見せた。

「分かってるって。でも、山ン本様も『異世界での暮らしを楽しめ』って言ってくれてたし、今はその言葉に甘えさせてもらうさ」

 ウインクしてみせる俺に、小槌は少し呆れた声で言った。

はなはだ不安が残るのだわ…』

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 装備も整ったところで、俺達は早速くだんの館へと向かった。
 館に近付くにつれ、その立派さが分かる。
 周囲を囲む塀も門扉もしっかりとした造りだ。
 来る者を拒む堅牢な外観だけど、館の持ち主である不動産屋からは、ギルドを通じて鍵などを借用済みなので出入りには問題ない。
 無人だと聞いていたが、中を覗くと庭園はしっかりと手入れされている。
 おそらく、買い手の印象を少しでも良くするために、不動産屋がこまめに手入れをしているんだろう。
 よし、庭がこれなら、館内も期待できそうかな。
 空を見上げれば、まだ日も高いし、明るいうちに下見をしておいた方が良さそう。
 そうと決まれば、早速内見といきますか。
 俺は門扉の鍵を開くと、館の玄関前に立った。

「…俺は特に何も感じないんだけど、そっちはどう?」

 腰の小槌にそう尋ねる俺。
 以前、豚鬼オーク達と出くわした時もそうだったけど、この世界に来てから、俺の感覚とか直感とかが、非常に鋭くなったみたい。
 豚鬼達の時も、かなり離れた場所から、連中の放つ殺気みたいなものを感じ取れた。
 けど、館から今は何も感じない。

『…あたしも何も感じないだわ』

 小槌がそう答える。
 が、少しの沈黙の後、

『別段、生命体の気配は感じない…けれども、ここには間違いなくがいるのだわ…』

「何か…?」

『ええと…ああん!ここからじゃ波長が薄過ぎてよく分からないだわ…!』

 俺よりも鋭敏な感覚センサーを持つ小槌でも、その「何か」の正体は掴めないみたいだ。
 まあ、生命体じゃないといえば、やはり幽霊の類なんだろうけど…こっちの幽霊って、こんな真っ昼間から出るのかな?

「ふむ…何にしろ、何事もなく内見ってわけにはいかなそうだな」

 ペロリと舌なめずりする俺に、小槌が警告する。

『気を付けるだわ…ここは何かがおかしいだわよ。正体不明の気配もだけど、この建物自体も普通ではないのだわ』

 へぇ、建物にも何か秘密があるのか…

『あるいは…この館は何か目的があって建てられたものなのかも知れないだわ』

「分かった…なら、こっちも念入りにいかせてもらおうかな」

 俺は印を切り、異界への鳥居を呼び出す。
 建物に何かあるなら、今回呼び出す妖怪はがいい。

召命しょうめい…!」

 全身に、目に見えない力が行き渡っていく。
 小槌の話では、これは「妖力」といって、この世界でいう「魔力」に似て非なるものなんだって。
 まあ、漠然と「MPマジックポイント」って俺は解釈している。

「顕現せよ!“家鳴やなり”…!」

 鳥居が現れる。
 と、その中から、一匹の小鬼が姿を見せた。
 大きさは俺の脛くらいまでしかない。
 大工さんみたいに半纏はんてんに腹巻、頭には鉢巻を巻いたその小鬼は、俺の前にやって来るとどっかりと胡座あぐらをかいた。

「呼んだかい、旦那」

 体の大きさには見合わないほどのエラく渋い声で小鬼がそう問う。
 あれ…?
 おかしいな…

「よく来てくれたね、家鳴り…でも、その…君ひとりだけ…?」

 俺がそう尋ねる。
 家鳴りという妖怪は、一匹だけの妖怪じゃない。
 何匹もの群体で成り立つ妖怪だ。
 すると、家鳴りは肩をすくめた。

「他の連中は、今は控えに回してる…全部呼んだら、大変な事になるぜ?」

「大変な事…?」

「おうよ。こんなのある異世界の屋敷なんざ、うちの連中が目にしたら総出で揺すりに走るぜ…?」

 “家鳴り”…彼らは人間の家を群体で揺すり、音をたてる妖怪だ。
 小鬼だが、集団になった時の力は恐るべきもので、どんな大きさの家でも地震みたいに揺らすことが出来るという。
 俺は腕を組んだ。

「それは困る…今はいたずらに耐震テストをやっている状況じゃないし」

「…なら、何で俺らを呼ぼうと?俺らは家を揺すってなんぼの妖怪だぜ?」

 いぶかしげになる家鳴り。
 俺はなるべく彼に目線を合わせるよう、同じく胡座をかいた。

「いま君自身が言ったとおり、君達はどんな家も力を合わせて揺るがせる妖怪だよね」

「おうよ」

 頷く家鳴りに、俺は確認するように言った。

「それだけの力があるってことは…を見抜くプロってことなんじゃないかな?」

 そうでなければ、いくら集団とはいえ、自分の何百倍はある家や屋敷を揺るがせるなんて無理だろう。
 家鳴りは、俺をジロリと見上げて、

「…いいね、旦那。俺らのことをしっかりと分かってるじゃねぇか」

 身を乗り出す家鳴り。

「いいか。家を揺るがせるには、最初のひと揺らしでその造りを把握して、後は力の加減や場所を考えて揺らす。ただやみくもに揺すって結果的に倒壊でもさせたら、俺ら家鳴りの沽券こけんに関わるからな」

 成程、家揺すりの職人として、彼らなりにプライドがあるんだね。
 館を見上げてから、俺は家鳴りに片目をつぶってみせた。

「実は今回、この屋敷の調査に、その職人プロとしての腕を借りたいんだ」
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