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第八話 謎満ちる館へ
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「よーし!野郎共、配置につけ!」
「「「「へい!」」」」
妖怪“家鳴り”の棟梁が号令を発すると、多数の家鳴り達がチョロチョロと屋敷のあちこちに散っていく。
数にして百匹以上はいそうだな。
全員がそろいの半纏をまとい、中には大槌や鳶口を手にした者もいる。
まるで、江戸時代の火消し組みたいだ。
「全員、配置完了しやした!いつでもいけやすぜ!」
伝令役の家鳴りが、棟梁にそう伝える。
棟梁がチラリと目線を送ってきたので、頷いてみせる俺。
「頼むよ、棟梁」
「おうよ!よーし、テメェらやるぞぉ!」
「「「「合点!!!」」」」
唱和する家鳴り達。
そして、棟梁はペッと唾を吐くと、大声で叫んだ。
「オーーーーーーーーーー!!!!!」
「「「「エス!!!!!」」」」
ぐらり!
ミシミシ!
「オーーーーーーーーーー!!!!!」
「「「「エス!!!!!」」」」
ぐらり!
ミシミシ!
す、スゲェ!
小柄な家鳴り達の息の合った連携で、屋敷全体が揺らいでいる。
これぞ、家鳴り達の真骨頂。
そして、これはただ揺らしているだけじゃない。
彼らは屋敷そのものを揺らし、その感触や手応えでそれぞれが屋敷の隅々までの構造を走査しているのだ。
今回、俺が彼らにお願いしたのは「館の構造把握」
“魔王の小槌”によれば、この訳あり物件は何かの目的があって建てられた節がある。
なら、迂闊に中に踏み込むのも危険だろう。
そう考えた俺は、家鳴り達の建築物構造把握の力に頼ることにした。
彼らには、建築物を揺らすことでその構造をソナーみたいに把握する力があるからだ。
よく、橋梁点検士などが、ハンマーや機械で橋梁を叩き、その周波数帯で異常の有無をするけど、それと同じだ。
「オーーーーーーーーーー!!!!!」
「「「「エス!!!!!」」」」
ぐらり!
ミシミシ!
何度目かの揺れで、少し派手な音をたてる屋敷。
地震大国たる日本の屋敷なら、彼らが揺らしてもおいそれと倒壊はしないだろうけど…異世界の屋敷、大丈夫だよね…?
「…よっしゃ、大体分かったぜ、旦那…!」
大声を上げて消耗したんだろう。
汗を流しつつ、あちこちに分散していた家鳴り達から報告を受けていた棟梁が、俺のところにやって来た。
「この屋敷自体は普通の建物だ。けど、地下にえらく広い空洞があるぜ」
「地下…!?」
俺は目を丸くした。
ギルドで貰った屋敷の見取り図には、そんな記述は無かったけど…
「うちの連中の見立てじゃあ、一階正面にある奥の個室…位置といい、広さといい、どうやら屋敷の主のための部屋っぽいな…そこから地下に通じる通路もあるぜ」
汗を拭き、館を見やる棟梁。
「しかし…確かに妙な建物だな。造りとしちゃあ普通だったけど、まるで地下空洞の真上を狙ったように建てられてやがる」
ふーむ…確かにそれは変だな。
「…中に入るなら、気ィつけるこった」
棟梁が俺を見上げて言う。
「経験上から言うけどよ、こういう造りの屋敷ってなぁ、何かを隠すために造られた場合が多いぜ」
「ありがとう、棟梁。注意しておくよ」
そう答えつつ、俺は頷いて見せた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
家鳴り達にお礼を言い、送還した後、俺は屋敷の中に足を踏み入れた。
家鳴り達によって結構揺れたはずだけど、館内に被害は無さそうだ。
さすがは家揺すり職人。
ひと通り見回ると、各室内も廊下も手入れは行き届いているようで、掃除や片付けが必要な感じはしない。
安心した。
これなら、今日すぐにでも宿泊できそう。
「家鳴りの話にあったのは、この部屋か…」
最後に見回った一階奥には、家鳴りの棟梁が言っていたとおり、個室が一部屋あった。
これも家鳴りの情報にあったけど、重厚で立派な扉を見ると、確かに屋敷の主人が使いそうな部屋に見える。
『…この部屋から、妙な波が漏れ出ているだわ』
腰の小槌がそう言う。
俺も意識を集中してみた。
すると、確かに部屋の中から妙な感しわが伝わってくる。
モヤモヤとした感覚だが…同時に背筋を中心に体中に伝わってくるような…
あと、妖力に似ているけど、少し感触が違う気がする。
『貴方も気付いたみたいだわね…これはこっちの世界でいう「魔力」って奴だわ』
「『魔力』…これが!?」
『そう。貴方やあたし、妖怪達が使う「妖力」とは似て非なるものだわ』
俺は小槌を見やった。
「具体的にはどう違うの?」
『この世界の「魔力」は、簡単に言えば「世界に満ちる不可視の力」なのだわ。この世界の魔術師達は、これを力の根源として術式を構築し「魔術」とやらを行使するみたいだわね」
ふうん…地球でいう「マナ」とか「龍脈」みたいな感じなのかな?
『で、あたし達妖怪は、自らの中から生まれてくる力…「妖力」を利用し「妖術」を行使するだわよ』
ほほう。
そういう区別があるのか。
ちなみに、先に出会った女僧侶のリノアさんから聞いたのだが、彼女みたいに神に仕える聖職者達は、神が下す聖なる「法力」により「法術」を使いこなすらしい。
つまり、大別すると魔術師達は「魔力」により「魔術」を。
聖職者達は「法力」により「法術」をそれぞれ使う。
で、この世界における特異点たる俺や小槌、妖怪達は、第三の力「妖力」によって「妖術」を使いこなすってことになるわけだ。
小槌の説明が続く。
『だから、この世界では修練次第で「魔力」の増加は出来るけど「妖力」は生まれ持った才覚で左右されるだわ』
「参考までに聞きたいんだけど…」
俺は自分を指差した。
「俺の『妖力』って多いの?少ないの?」
すると、小槌は、
『まあ、ある方だわよ?』
「マジ!?」
『ただ、あたしと比べたら、貴方がお猪口で、あたしは酒樽くらいだわね』
お、お猪口…
「…何かえらい格差があるんだな」
『そりゃあ、あたしは魔王様謹製の万能魔具だしだわ。一介の人間なんかと比べること自体が無謀だわよ』
ふふん、と偉ぶる小槌。
うーむ…まあ、そんなもんか。
そんな万能魔具が味方にいるだけでも、御の字かな。
『まあ、そう気を落とすことはないだわよ』
小槌がそう言った。
『あたしとは格差があっても、貴方の妖力は、妖怪達を何体も呼ぶくらいの量が十分あるだわ』
え、そうなの?
でも、そういえば…
「…いまさらだけど、昨日から今まで立て続けに妖喚してるのに、身体には何の異常もないや」
『そりゃあそうだわよ』
「何をいまさら…」みたいに小槌が言う。
『まず、妖怪を呼ぶための消費妖力量を「一回につきコップ一杯」に例えて考えてみるだわ』
「ふんふん」
『それに対して、貴方が持っている妖力の総量は「町一つを飲み込む湖」くらいの量になるのだわ』
「…へ?」
そ、そう聞くと…何か、どデカ過ぎませんか、俺の妖力容量!?
『まあ、さっきも言ったとおり、妖力は生まれ持った才覚によるものなのだわ。貴方はたまたまそれを持っていて、そこも魔王様に見込まれた理由なのだわよ』
そうなのか…
ただ、妖怪好きってだけで選ばれたんじゃなかったんだ…
『それはさておき…さっさと部屋の調査に移るだわよ』
「あ、ああ、そうだね」
いけない。
驚きのあまり、本来の目的を忘れるところだった。
俺は扉を開けると、部屋の中を観察した。
部屋には大きめの机が一つ。
それと応接用のソファーがあった。
壁には両開きの窓。
天井には凝ったデザインの多灯式吊灯がぶら下がっている。
見た感じ、ごく普通の部屋だ。
「…おや?」
俺は壁の一角に目を留めた。
何の変哲もない壁だが…よく見るとその一角だけ、妙に汚れているような…
『気付いただわね』
小槌が反応する。
『その壁、何かの絡繰で動きそうだわよ』
「成程。忍者屋敷とかにありそうな、アレか」
壁を押してみると動かないが…確かに魔力はこの裏から漂っている。
「何かスイッチでもあるのかな」
改めて部屋を見回す。
が、家具は机とソファーぐらいで他には何もない。
『力づくでこじ開けるだわ?』
「いや…確か、こういう仕掛けってのは大抵こういう所に…」
俺は机に近づき、しゃがみ込む。
そして、下を覗くと…
「あった!」
机の下面に、あからさまに不自然なボタンを発見!
よくあるパターンは、この異世界でもパターンだったようだ。
「ポチッとな」
で、パターンどおりの掛け声でボタンを押すと、果たして例の壁が低い音をたてて開いていく。
そして、地下へ続く階段が現れた。
『これは…魔力が桁違いに漏れ始めただわ…!』
小槌の言うとおり、部屋にあっという間に魔力が満ちる。
むせ返りそうなほどだ。
おそらく、この壁が漏れ出る魔力を塞いで隠蔽していたんだろう。
「…どうやら、訳あり物件の訳ってのは、地下にありそうだね…」
『そのようだわ。中を確認するだわ?』
「もちろん。でないと、今夜は野宿になっちゃうからね…召命!」
俺は意識を集中し、印を切った。
異界への鳥居が出現し、妖喚の準備が整う。
「顕現せよ!“釣瓶火”!、“烏天狗”!」
俺の呼び掛けに応えるように、鳥居の中から火の塊が飛び出る。
さらにその後から影が一つ。
「主の命に預り、参上しました。烏天狗と釣瓶火でございます」
よーし!
名付けて「二重妖喚」!
さっき小槌から聞いた限りじゃ、俺の妖力容量は相当あるらしい。
ならば…と、ぶっつけ本番で試してみたけど、問題なく成功したぞ…!
喜ぶ俺の前で影が片膝をつき、火の玉はゆったりと俺達の周りを一周する。
見れば、火の玉には人の顔が浮かんでいた。
しわくちゃだが、目鼻口がちゃんとある。
これが“釣瓶火”という妖怪だ。
雨の降る夜に、木の枝にぶら下がるように現れ、青白い炎をあげて燃え上がる怪火とされる。
が、不思議なことにこの炎は光は発するが、熱はない。
俗に「陰火」という熱を発しない炎の妖怪なのだ。
そして、雨で消えることもなく、逆に燃え上がるという。
もう一方の影は、成人男性ほどの大きさをした鳥人だ。
背中には黒い翼。
山伏の衣装を纏い、頭には兜巾、手には六角棍を携え、頭を垂れて控えている。
すごい!
有名なあの烏天狗だ。
武芸に秀で、数多の神通力を使いこなし、大空も飛行できる。
鞍馬山で牛若丸(源義経)の稽古の相手を務めたともされる兵である。
「よく来てくれたね、釣瓶火、烏天狗」
二体を出迎え、挨拶する俺。
「来てもらって早々で悪いけど、二人にはこれから俺達と一緒にここから地下に潜って、中の調査を手伝ってもらいたいんだ」
そう言うと、俺は釣瓶火を見た。
「釣瓶火、君には先に立って僕達の行く手を照らして欲しい」
俺が頼むと、釣瓶火は器用に頷いた。
火の妖怪は数多いけど、今回は屋内ということもあり、延焼しないように彼を呼んでみた。
次に烏天狗を見やる俺。
「烏天狗、君には俺達の護衛を頼めるかな?どうやら、地下には何かがいそうでね。それが何なのか分からないけど、武芸百般の君がいてくれると心強い」
「そのお言葉、恐悦至極に存じます」
そう言うと、烏天狗は胸に手を当てた。
「我が命に代えても、必ずや御身をお守りいたします…!」
「あ、それは駄目」
俺がそう言うと、烏天狗が呆気に取られた顔になる。
俺は人差し指を立てて、言い聞かせるように二体の妖怪に告げた。
「いい?俺は妖怪が大好きなの!だから、二人には傷付いて欲しくないし、身代わりで死ぬなんてもってのほかだよ!」
顔を見合わせる釣瓶火と烏天狗。
「俺を守ってくれるのは嬉しいけど、だからって絶対に無茶はしないこと!全員で無事に帰ってこそ依頼達成だからね!これ、重要だから忘れないように!」
少しの沈黙の後、釣瓶火は低く浮遊し、烏天狗は再び頭を垂れて平伏した。
「…主、そのご命令、しかと承りました!先の言葉と共に、我ら深く胸に刻みまする…!」
…?
何か、えらく感動してるみたい…
なに?
俺、そんなにいいこと言ったのかな…?
『この男、素で妖怪たらしなのだわ…』
小槌がボソッとそう言った。
「「「「へい!」」」」
妖怪“家鳴り”の棟梁が号令を発すると、多数の家鳴り達がチョロチョロと屋敷のあちこちに散っていく。
数にして百匹以上はいそうだな。
全員がそろいの半纏をまとい、中には大槌や鳶口を手にした者もいる。
まるで、江戸時代の火消し組みたいだ。
「全員、配置完了しやした!いつでもいけやすぜ!」
伝令役の家鳴りが、棟梁にそう伝える。
棟梁がチラリと目線を送ってきたので、頷いてみせる俺。
「頼むよ、棟梁」
「おうよ!よーし、テメェらやるぞぉ!」
「「「「合点!!!」」」」
唱和する家鳴り達。
そして、棟梁はペッと唾を吐くと、大声で叫んだ。
「オーーーーーーーーーー!!!!!」
「「「「エス!!!!!」」」」
ぐらり!
ミシミシ!
「オーーーーーーーーーー!!!!!」
「「「「エス!!!!!」」」」
ぐらり!
ミシミシ!
す、スゲェ!
小柄な家鳴り達の息の合った連携で、屋敷全体が揺らいでいる。
これぞ、家鳴り達の真骨頂。
そして、これはただ揺らしているだけじゃない。
彼らは屋敷そのものを揺らし、その感触や手応えでそれぞれが屋敷の隅々までの構造を走査しているのだ。
今回、俺が彼らにお願いしたのは「館の構造把握」
“魔王の小槌”によれば、この訳あり物件は何かの目的があって建てられた節がある。
なら、迂闊に中に踏み込むのも危険だろう。
そう考えた俺は、家鳴り達の建築物構造把握の力に頼ることにした。
彼らには、建築物を揺らすことでその構造をソナーみたいに把握する力があるからだ。
よく、橋梁点検士などが、ハンマーや機械で橋梁を叩き、その周波数帯で異常の有無をするけど、それと同じだ。
「オーーーーーーーーーー!!!!!」
「「「「エス!!!!!」」」」
ぐらり!
ミシミシ!
何度目かの揺れで、少し派手な音をたてる屋敷。
地震大国たる日本の屋敷なら、彼らが揺らしてもおいそれと倒壊はしないだろうけど…異世界の屋敷、大丈夫だよね…?
「…よっしゃ、大体分かったぜ、旦那…!」
大声を上げて消耗したんだろう。
汗を流しつつ、あちこちに分散していた家鳴り達から報告を受けていた棟梁が、俺のところにやって来た。
「この屋敷自体は普通の建物だ。けど、地下にえらく広い空洞があるぜ」
「地下…!?」
俺は目を丸くした。
ギルドで貰った屋敷の見取り図には、そんな記述は無かったけど…
「うちの連中の見立てじゃあ、一階正面にある奥の個室…位置といい、広さといい、どうやら屋敷の主のための部屋っぽいな…そこから地下に通じる通路もあるぜ」
汗を拭き、館を見やる棟梁。
「しかし…確かに妙な建物だな。造りとしちゃあ普通だったけど、まるで地下空洞の真上を狙ったように建てられてやがる」
ふーむ…確かにそれは変だな。
「…中に入るなら、気ィつけるこった」
棟梁が俺を見上げて言う。
「経験上から言うけどよ、こういう造りの屋敷ってなぁ、何かを隠すために造られた場合が多いぜ」
「ありがとう、棟梁。注意しておくよ」
そう答えつつ、俺は頷いて見せた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
家鳴り達にお礼を言い、送還した後、俺は屋敷の中に足を踏み入れた。
家鳴り達によって結構揺れたはずだけど、館内に被害は無さそうだ。
さすがは家揺すり職人。
ひと通り見回ると、各室内も廊下も手入れは行き届いているようで、掃除や片付けが必要な感じはしない。
安心した。
これなら、今日すぐにでも宿泊できそう。
「家鳴りの話にあったのは、この部屋か…」
最後に見回った一階奥には、家鳴りの棟梁が言っていたとおり、個室が一部屋あった。
これも家鳴りの情報にあったけど、重厚で立派な扉を見ると、確かに屋敷の主人が使いそうな部屋に見える。
『…この部屋から、妙な波が漏れ出ているだわ』
腰の小槌がそう言う。
俺も意識を集中してみた。
すると、確かに部屋の中から妙な感しわが伝わってくる。
モヤモヤとした感覚だが…同時に背筋を中心に体中に伝わってくるような…
あと、妖力に似ているけど、少し感触が違う気がする。
『貴方も気付いたみたいだわね…これはこっちの世界でいう「魔力」って奴だわ』
「『魔力』…これが!?」
『そう。貴方やあたし、妖怪達が使う「妖力」とは似て非なるものだわ』
俺は小槌を見やった。
「具体的にはどう違うの?」
『この世界の「魔力」は、簡単に言えば「世界に満ちる不可視の力」なのだわ。この世界の魔術師達は、これを力の根源として術式を構築し「魔術」とやらを行使するみたいだわね」
ふうん…地球でいう「マナ」とか「龍脈」みたいな感じなのかな?
『で、あたし達妖怪は、自らの中から生まれてくる力…「妖力」を利用し「妖術」を行使するだわよ』
ほほう。
そういう区別があるのか。
ちなみに、先に出会った女僧侶のリノアさんから聞いたのだが、彼女みたいに神に仕える聖職者達は、神が下す聖なる「法力」により「法術」を使いこなすらしい。
つまり、大別すると魔術師達は「魔力」により「魔術」を。
聖職者達は「法力」により「法術」をそれぞれ使う。
で、この世界における特異点たる俺や小槌、妖怪達は、第三の力「妖力」によって「妖術」を使いこなすってことになるわけだ。
小槌の説明が続く。
『だから、この世界では修練次第で「魔力」の増加は出来るけど「妖力」は生まれ持った才覚で左右されるだわ』
「参考までに聞きたいんだけど…」
俺は自分を指差した。
「俺の『妖力』って多いの?少ないの?」
すると、小槌は、
『まあ、ある方だわよ?』
「マジ!?」
『ただ、あたしと比べたら、貴方がお猪口で、あたしは酒樽くらいだわね』
お、お猪口…
「…何かえらい格差があるんだな」
『そりゃあ、あたしは魔王様謹製の万能魔具だしだわ。一介の人間なんかと比べること自体が無謀だわよ』
ふふん、と偉ぶる小槌。
うーむ…まあ、そんなもんか。
そんな万能魔具が味方にいるだけでも、御の字かな。
『まあ、そう気を落とすことはないだわよ』
小槌がそう言った。
『あたしとは格差があっても、貴方の妖力は、妖怪達を何体も呼ぶくらいの量が十分あるだわ』
え、そうなの?
でも、そういえば…
「…いまさらだけど、昨日から今まで立て続けに妖喚してるのに、身体には何の異常もないや」
『そりゃあそうだわよ』
「何をいまさら…」みたいに小槌が言う。
『まず、妖怪を呼ぶための消費妖力量を「一回につきコップ一杯」に例えて考えてみるだわ』
「ふんふん」
『それに対して、貴方が持っている妖力の総量は「町一つを飲み込む湖」くらいの量になるのだわ』
「…へ?」
そ、そう聞くと…何か、どデカ過ぎませんか、俺の妖力容量!?
『まあ、さっきも言ったとおり、妖力は生まれ持った才覚によるものなのだわ。貴方はたまたまそれを持っていて、そこも魔王様に見込まれた理由なのだわよ』
そうなのか…
ただ、妖怪好きってだけで選ばれたんじゃなかったんだ…
『それはさておき…さっさと部屋の調査に移るだわよ』
「あ、ああ、そうだね」
いけない。
驚きのあまり、本来の目的を忘れるところだった。
俺は扉を開けると、部屋の中を観察した。
部屋には大きめの机が一つ。
それと応接用のソファーがあった。
壁には両開きの窓。
天井には凝ったデザインの多灯式吊灯がぶら下がっている。
見た感じ、ごく普通の部屋だ。
「…おや?」
俺は壁の一角に目を留めた。
何の変哲もない壁だが…よく見るとその一角だけ、妙に汚れているような…
『気付いただわね』
小槌が反応する。
『その壁、何かの絡繰で動きそうだわよ』
「成程。忍者屋敷とかにありそうな、アレか」
壁を押してみると動かないが…確かに魔力はこの裏から漂っている。
「何かスイッチでもあるのかな」
改めて部屋を見回す。
が、家具は机とソファーぐらいで他には何もない。
『力づくでこじ開けるだわ?』
「いや…確か、こういう仕掛けってのは大抵こういう所に…」
俺は机に近づき、しゃがみ込む。
そして、下を覗くと…
「あった!」
机の下面に、あからさまに不自然なボタンを発見!
よくあるパターンは、この異世界でもパターンだったようだ。
「ポチッとな」
で、パターンどおりの掛け声でボタンを押すと、果たして例の壁が低い音をたてて開いていく。
そして、地下へ続く階段が現れた。
『これは…魔力が桁違いに漏れ始めただわ…!』
小槌の言うとおり、部屋にあっという間に魔力が満ちる。
むせ返りそうなほどだ。
おそらく、この壁が漏れ出る魔力を塞いで隠蔽していたんだろう。
「…どうやら、訳あり物件の訳ってのは、地下にありそうだね…」
『そのようだわ。中を確認するだわ?』
「もちろん。でないと、今夜は野宿になっちゃうからね…召命!」
俺は意識を集中し、印を切った。
異界への鳥居が出現し、妖喚の準備が整う。
「顕現せよ!“釣瓶火”!、“烏天狗”!」
俺の呼び掛けに応えるように、鳥居の中から火の塊が飛び出る。
さらにその後から影が一つ。
「主の命に預り、参上しました。烏天狗と釣瓶火でございます」
よーし!
名付けて「二重妖喚」!
さっき小槌から聞いた限りじゃ、俺の妖力容量は相当あるらしい。
ならば…と、ぶっつけ本番で試してみたけど、問題なく成功したぞ…!
喜ぶ俺の前で影が片膝をつき、火の玉はゆったりと俺達の周りを一周する。
見れば、火の玉には人の顔が浮かんでいた。
しわくちゃだが、目鼻口がちゃんとある。
これが“釣瓶火”という妖怪だ。
雨の降る夜に、木の枝にぶら下がるように現れ、青白い炎をあげて燃え上がる怪火とされる。
が、不思議なことにこの炎は光は発するが、熱はない。
俗に「陰火」という熱を発しない炎の妖怪なのだ。
そして、雨で消えることもなく、逆に燃え上がるという。
もう一方の影は、成人男性ほどの大きさをした鳥人だ。
背中には黒い翼。
山伏の衣装を纏い、頭には兜巾、手には六角棍を携え、頭を垂れて控えている。
すごい!
有名なあの烏天狗だ。
武芸に秀で、数多の神通力を使いこなし、大空も飛行できる。
鞍馬山で牛若丸(源義経)の稽古の相手を務めたともされる兵である。
「よく来てくれたね、釣瓶火、烏天狗」
二体を出迎え、挨拶する俺。
「来てもらって早々で悪いけど、二人にはこれから俺達と一緒にここから地下に潜って、中の調査を手伝ってもらいたいんだ」
そう言うと、俺は釣瓶火を見た。
「釣瓶火、君には先に立って僕達の行く手を照らして欲しい」
俺が頼むと、釣瓶火は器用に頷いた。
火の妖怪は数多いけど、今回は屋内ということもあり、延焼しないように彼を呼んでみた。
次に烏天狗を見やる俺。
「烏天狗、君には俺達の護衛を頼めるかな?どうやら、地下には何かがいそうでね。それが何なのか分からないけど、武芸百般の君がいてくれると心強い」
「そのお言葉、恐悦至極に存じます」
そう言うと、烏天狗は胸に手を当てた。
「我が命に代えても、必ずや御身をお守りいたします…!」
「あ、それは駄目」
俺がそう言うと、烏天狗が呆気に取られた顔になる。
俺は人差し指を立てて、言い聞かせるように二体の妖怪に告げた。
「いい?俺は妖怪が大好きなの!だから、二人には傷付いて欲しくないし、身代わりで死ぬなんてもってのほかだよ!」
顔を見合わせる釣瓶火と烏天狗。
「俺を守ってくれるのは嬉しいけど、だからって絶対に無茶はしないこと!全員で無事に帰ってこそ依頼達成だからね!これ、重要だから忘れないように!」
少しの沈黙の後、釣瓶火は低く浮遊し、烏天狗は再び頭を垂れて平伏した。
「…主、そのご命令、しかと承りました!先の言葉と共に、我ら深く胸に刻みまする…!」
…?
何か、えらく感動してるみたい…
なに?
俺、そんなにいいこと言ったのかな…?
『この男、素で妖怪たらしなのだわ…』
小槌がボソッとそう言った。
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40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
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