龍の都 鬼の城

宮垣 十

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第Ⅰ章

蘭陵君初陣  五

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 冬門は御所の大台所へ向かう。西殿の裏手大台所は、城外とは別の戦場となっていた。大釜で飯を炊く湯気がもうもうと立つ。屋外にも臨時の竈が幾つも作られ、煙をあげている。兵達に配る兵糧をここで炊いでいるのだ。いくつ竈があっても足りるものではない。将家家臣の妻達が忙しく立ち働いていた。
 冬門は、笹の葉で包んだ餅を運んでいた小萩を呼び止める。小萩は太宰条衛の娘であり、真宗の二つ上の乳母姉となる。太宰条衛が守り役を兼ねていたこともあって、真宗にとっては、実の姉のように気易い存在だった。
「小萩殿、済まぬが、お側衆の手が足りぬ。西殿へ行って、公子が衣を替えるのをお手伝い頂けぬか」
「わかりました」
 小萩は、餅が入った籠を他の女に預けると西殿にかける。冬門もあとを追った。
 西殿の座敷に行ってみると、真宗とお側衆が、鎧を脱ぐ脱がないで揉めていた。将家相伝の鎧を脱ぎ、衣を替えて欲しいと懇願する側衆に対し、真宗が、今は戦時その必要は無いと突っぱねているのだ。
「公子様」
 小萩の声が響く。
「お側衆がお困りではありませんか。なるほど今は戦の最中、常に鎧を身に付けるは武家の倣い。しかし将家のお世継ぎが、薄汚れた衣を身に付けて、御家の威儀が保てましょうか。せめて肌着だけでもお替え下さい」
 座敷に上がるがいなや、小萩は鎧の紐を解き始める。一方の真宗はされるままだ。小萩の手際は早い。二人の側衆に手伝わせて、瞬く間に鎧を脱がせてしまう。真宗と乳を分けた小萩の弟は幼くて死に、真宗にとってそうであるように、小萩にとっても真宗は弟同然だった。
 肌着を替えさせると、立ったままの真宗に、側衆が用意していた新しい衣を着せ、帯を締める。
 縁に控えていた冬門が、笑いをかみ殺している。先程まで、真宗に手を焼いていた側衆も同様であろう。まるで禁軍下士の家の世話女房ではないか。真宗が、守り役だった条衛の家でどのように育ってきたかが垣間見える。
「小萩・・・・・」
 鎧の紐を結ばせている真宗が声をかける。
「・・・・はい」
 小萩は、真宗に鎧を付けるのに集中している。具足の僅かな弛みや隙間が、死に直結することを、母から強く教えられていた。
「小萩・・・・。そなたの輿入れ、この戦で沙汰止みになった話、近習から聞いた。この戦で功を立てたら、そなたを吾の妻に迎える話、今一度そなたの父御にするつもりじゃ。異存あるまいな・・・・・・」
「・・・・・・・」
 不意を衝かれた小萩の手が止まる。
「侍所に参る・・・・」
 言うだけ言うと、顔を真っ赤にした少年は、着けかけた鎧をそのままに、控えていた冬門をすり抜け、西殿の縁を大股に歩いていってしまった。
「あっ、まだ袖が・・・・・・」
 小萩は平伏したまま固まっていた。漆黒の髪の下、やはり顔を真っ赤にしているのが見える。
 冬門が指でこめかみを掻いた。側衆の手が足りないことを言い訳に、真宗には無断で、小萩を呼び出したのは、冬門が謀ったことだったのだが、これはさすがに予想していなかった。側衆二人もどうして良いやら困ったのか、小萩に倣って平伏している。
「やんごとなき方というのは、何ともまあ、真っ直ぐな物言いをされるもの・・・・・。兎にも角にも、お側衆は、公子を追って鎧を整えられよ」
 冬門に即され、側衆がそれぞれ鎧の袖と兜を持って、武者所へ走った。
 加冠を済ませたら、乳母姉の小萩を妻にむかえたいと、公子が父欽宗に望んだのは、十二の時である。欽宗も賛同し、父である太宰に伝えた。太宰は公子の守り役でもある。家の誉れと喜ぶと思いきや、布衣の娘を畏れ多くも将家公子の妻になど、とんでもないことと受け付けない。欽宗が、遠慮があるのであれば側室ならばどうかと、重ねて申し入れたが、頷かず、それどころか、代々青龍門を守る禁軍守門将槇家の息子との縁談を急いでまとめてしまった。輿入れは今年の十月と決まっていたのだが、安家との緊張が続く中、先延ばしとなり、取りあえずの沙汰止みと決まったのがこの十二月であった。 実のところ小萩は、真宗から妻にと望まれたことなど知らされていなかったのだが・・・・・。
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