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第Ⅰ章
蘭陵君初陣 六
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「忙しい中、相済まなかった」
座敷でまだ平伏している小萩に礼だけ言うと、冬門は、双鳳門にいるその父条衛の所に向かった。戦の後片付けがまだ残っている。
御所から馬を走らせながら、冬門は、失笑を堪えきれない。それにしてもと思う。二人とも、幼いというのか、微笑ましいと言えば良いのか・・・・。もっとも、父である太宰も太宰ではある。
双鳳門に着くと、その太宰が苦い顔で待っていた。この季節は日が短い。もう、西に傾きかけている。
「あれは小弐、貴殿の仕業であろう」
「はて、あれと申しますのは・・・・・?」
真宗と小萩を会わせた件はまだ伝わってないはずだが・・・・。もっとも、そうでなくても身に覚えが多すぎる。
「公子を蘭陵君などと囃し立てたことだ」
「ああ、それでございましたか」
禁軍の帰陣とともに、公子真宗に蘭陵君と呼びかけるよう。洞門上の守兵の何人かに言い含めておいた。
「我ながら良きはかりごと謀にございました。峰々を震わせる喚声、さぞ兵や民の士気も上がったものと存じます」
「少弐は策を弄し過ぎる」
条衛が怒声を発した。
「煽て上げられた公子が、小勢にて討って出られたら何とする。そうでなくても、公子はこの戦に立って功を焦っているところがある。黒母衣衆を率いての初陣でも、御自ら陣頭に立たれ、敵の物頭を射倒したそうではないか」
「公子が初陣にて陣頭に立たれたこと、確かに介添え役の拙子の失態に御座いました。しかしながら、七道二十万を相手にしなければならぬこの戦、臨む兵や民の不安やいかばかりか計り知れません。大君公方様は文雅の道に通じながらも、これまで一度たりとも戦に出られたことはなく、畏れ多いことではございますが、文弱の君との陰口も聞かれます。公方様に成り代わり、公子が将家の武威を兵や民に示してくだされば、その不安も霧散いたしましょう」
「そのために蘭陵君などと囃したと言うか」
「御意」
「小弐の言には臣としての傲りがある。主さえも道具と言うか」
「願うは唯々、我らが主、将家の弥栄。この身はその道具にて、おそれながら太宰そして公子とて、その道具の一つと心得てございます」
冬門は仰々しく頭を下げる。条衛は半ば呆れながら、怒りを収めることにした。
「もうよい・・・・・。そちの性向を知った上で、少弐に推したはこの身だ。少弐の罪は我が罪であろう。しかし、戦とはいえ、公子の御身を敵の刃にさらすようなこと、今後一切許さぬぞ」
「もちろんでございます」
冬門が、今度は両膝を地に付け、平伏する。
「ところで、黒母衣衆が通った隧道は、もう閉じたのであろうな」
「閉じる頃合いを計っているところでございます。日も傾きましたゆえ、そろそろにありましょう」
「隧道のことは、少弐に一任してある。くれぐれも遺漏無きように」
冬門に走り寄り、何やら耳打ちする兵がいる。
「どうやら、頃合いようでございます。門を閉じてまいります」
「・・・・・・・」
条衛は何も応えず、鼓楼へ登っていった。
冬門と知らせをもたらした兵が、長城下の馬場道を東へ駆け、やがて山裾の隧道の入り口に至る。隧道は高さ幅とも二間、騎乗した武者が三騎並んで走れる高さと幅があった。穴の周囲、鑓を持った徒士が二十人ばかりで固めている。日は落ちつつあった。
隧道は、昼の戦で黒母衣衆五百騎が通ったものだった。柳営を囲む山を抜け、城外に通じている。柳営の山々には、五口を封じられた時、城外に討って出、物見、繋ぎの用をなすため、同様の忍び口が幾つも開けられていた。冬門はその一つを奇襲に使用したのである。隧道の上には堰を造って水を溜めてあり、敵に気づかれた時は、溜池の堰を切って、水に沈めることが出来る。隧道は、真宗等が双鳳門を通った時点で水に沈める手筈になっていたが、冬門はあえて堰を切らせなかった。
同じような隧道は柳営を囲む山々に十七もある。寄手がこうした隧道を見つけ、兵を入れられては堪らない。隧道の出口は大石で塞がれ、外からは判らない造作にはなっているが、万に一つ、他の隧道が見つかっても、敵兵に隧道を通る気が無くなるように、寄手を散々に懲りさせておかなければならない。
山上の箭楼から、兵が駆け下りてきた。長柄と手槍を持った寄手の徒士百ばかりが、薄暮にまぎれ、山の反対側から隧道に入ったという。
冬門は、頃合いを計って堰を切らせる。溜池の水は瞬く間に隧道に吸い込まれ、やがて余った水が、山の反対側の口から吹き出るのが見えた。自分が策を弄し過ぎるとは条衛に言われたことだが、城外の山裾を流れ出る水を見ながら、冬門はその通りだと思う。隧道に入った寄手の何人が生きて出られたろうか・・・・。
隧道は中央が低く両の出口が高くなっている。隧道は水に沈み、人馬が通ることは叶わない。冬門は念のため、兵に隧道の口を多量の木石で埋めさせ、ここを離れた。
玄武門と双鳳門の間、将家の黒母衣衆が涌いた山際の谷奥に、隧道を見つけたのは、玄武門から退いてきた鳩家の兵であった。知らせがすぐに安家の本陣に向かい、物見二人が中に入った。奥はかなり深く、山の向こうに抜けているようだという。将家の騎馬が涌いてきたのは、この穴に違いない。
一番近くに陣所を構えていた西家に兵を出すよう命が下り、西家では薄暮に紛れて、徒士百が入ることとした。伏兵がいるだろうが、狭い隧道である、長柄で槍ぶすまをつくれば何とか凌げるだろう。七十の長槍の後を、手槍三十が固める。同士討ちを恐れ、鉄炮は禁じた。うまくすれば、敵の油断を衝いて、柳営に入れるやもしれない。
暗闇の中を、槍ぶすまを作りながら手探りで進んでいた兵を、予想だにしなかった濁流が襲った。
安家本陣にもたらされた報によれば、最後尾にいて、運良く、濁流と共に穴から吐き出された三人を除いた総てが溺れ死んだという。この西家の兵九十七名がこの日の戦、最後の討ち死にとなった。
座敷でまだ平伏している小萩に礼だけ言うと、冬門は、双鳳門にいるその父条衛の所に向かった。戦の後片付けがまだ残っている。
御所から馬を走らせながら、冬門は、失笑を堪えきれない。それにしてもと思う。二人とも、幼いというのか、微笑ましいと言えば良いのか・・・・。もっとも、父である太宰も太宰ではある。
双鳳門に着くと、その太宰が苦い顔で待っていた。この季節は日が短い。もう、西に傾きかけている。
「あれは小弐、貴殿の仕業であろう」
「はて、あれと申しますのは・・・・・?」
真宗と小萩を会わせた件はまだ伝わってないはずだが・・・・。もっとも、そうでなくても身に覚えが多すぎる。
「公子を蘭陵君などと囃し立てたことだ」
「ああ、それでございましたか」
禁軍の帰陣とともに、公子真宗に蘭陵君と呼びかけるよう。洞門上の守兵の何人かに言い含めておいた。
「我ながら良きはかりごと謀にございました。峰々を震わせる喚声、さぞ兵や民の士気も上がったものと存じます」
「少弐は策を弄し過ぎる」
条衛が怒声を発した。
「煽て上げられた公子が、小勢にて討って出られたら何とする。そうでなくても、公子はこの戦に立って功を焦っているところがある。黒母衣衆を率いての初陣でも、御自ら陣頭に立たれ、敵の物頭を射倒したそうではないか」
「公子が初陣にて陣頭に立たれたこと、確かに介添え役の拙子の失態に御座いました。しかしながら、七道二十万を相手にしなければならぬこの戦、臨む兵や民の不安やいかばかりか計り知れません。大君公方様は文雅の道に通じながらも、これまで一度たりとも戦に出られたことはなく、畏れ多いことではございますが、文弱の君との陰口も聞かれます。公方様に成り代わり、公子が将家の武威を兵や民に示してくだされば、その不安も霧散いたしましょう」
「そのために蘭陵君などと囃したと言うか」
「御意」
「小弐の言には臣としての傲りがある。主さえも道具と言うか」
「願うは唯々、我らが主、将家の弥栄。この身はその道具にて、おそれながら太宰そして公子とて、その道具の一つと心得てございます」
冬門は仰々しく頭を下げる。条衛は半ば呆れながら、怒りを収めることにした。
「もうよい・・・・・。そちの性向を知った上で、少弐に推したはこの身だ。少弐の罪は我が罪であろう。しかし、戦とはいえ、公子の御身を敵の刃にさらすようなこと、今後一切許さぬぞ」
「もちろんでございます」
冬門が、今度は両膝を地に付け、平伏する。
「ところで、黒母衣衆が通った隧道は、もう閉じたのであろうな」
「閉じる頃合いを計っているところでございます。日も傾きましたゆえ、そろそろにありましょう」
「隧道のことは、少弐に一任してある。くれぐれも遺漏無きように」
冬門に走り寄り、何やら耳打ちする兵がいる。
「どうやら、頃合いようでございます。門を閉じてまいります」
「・・・・・・・」
条衛は何も応えず、鼓楼へ登っていった。
冬門と知らせをもたらした兵が、長城下の馬場道を東へ駆け、やがて山裾の隧道の入り口に至る。隧道は高さ幅とも二間、騎乗した武者が三騎並んで走れる高さと幅があった。穴の周囲、鑓を持った徒士が二十人ばかりで固めている。日は落ちつつあった。
隧道は、昼の戦で黒母衣衆五百騎が通ったものだった。柳営を囲む山を抜け、城外に通じている。柳営の山々には、五口を封じられた時、城外に討って出、物見、繋ぎの用をなすため、同様の忍び口が幾つも開けられていた。冬門はその一つを奇襲に使用したのである。隧道の上には堰を造って水を溜めてあり、敵に気づかれた時は、溜池の堰を切って、水に沈めることが出来る。隧道は、真宗等が双鳳門を通った時点で水に沈める手筈になっていたが、冬門はあえて堰を切らせなかった。
同じような隧道は柳営を囲む山々に十七もある。寄手がこうした隧道を見つけ、兵を入れられては堪らない。隧道の出口は大石で塞がれ、外からは判らない造作にはなっているが、万に一つ、他の隧道が見つかっても、敵兵に隧道を通る気が無くなるように、寄手を散々に懲りさせておかなければならない。
山上の箭楼から、兵が駆け下りてきた。長柄と手槍を持った寄手の徒士百ばかりが、薄暮にまぎれ、山の反対側から隧道に入ったという。
冬門は、頃合いを計って堰を切らせる。溜池の水は瞬く間に隧道に吸い込まれ、やがて余った水が、山の反対側の口から吹き出るのが見えた。自分が策を弄し過ぎるとは条衛に言われたことだが、城外の山裾を流れ出る水を見ながら、冬門はその通りだと思う。隧道に入った寄手の何人が生きて出られたろうか・・・・。
隧道は中央が低く両の出口が高くなっている。隧道は水に沈み、人馬が通ることは叶わない。冬門は念のため、兵に隧道の口を多量の木石で埋めさせ、ここを離れた。
玄武門と双鳳門の間、将家の黒母衣衆が涌いた山際の谷奥に、隧道を見つけたのは、玄武門から退いてきた鳩家の兵であった。知らせがすぐに安家の本陣に向かい、物見二人が中に入った。奥はかなり深く、山の向こうに抜けているようだという。将家の騎馬が涌いてきたのは、この穴に違いない。
一番近くに陣所を構えていた西家に兵を出すよう命が下り、西家では薄暮に紛れて、徒士百が入ることとした。伏兵がいるだろうが、狭い隧道である、長柄で槍ぶすまをつくれば何とか凌げるだろう。七十の長槍の後を、手槍三十が固める。同士討ちを恐れ、鉄炮は禁じた。うまくすれば、敵の油断を衝いて、柳営に入れるやもしれない。
暗闇の中を、槍ぶすまを作りながら手探りで進んでいた兵を、予想だにしなかった濁流が襲った。
安家本陣にもたらされた報によれば、最後尾にいて、運良く、濁流と共に穴から吐き出された三人を除いた総てが溺れ死んだという。この西家の兵九十七名がこの日の戦、最後の討ち死にとなった。
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