龍の都 鬼の城

宮垣 十

文字の大きさ
8 / 29
第Ⅱ章

地獄  一

しおりを挟む
 翌朝、柳営の大寺大安寺住持叡俊を使僧として大常の首と兜が菅家の陣に届けられた。
 昨日来、禁軍に踏み破られた菅家の兵は、無住となった伽藍のいくつかに逃げ込み、守りを固めていた。
 戦陣の故実に則り、鎧を纏わぬ先触れの騎馬が、菅家の陣前を駈ける。鉄炮狭間が穿たれた築地の前を走り抜け、山門を守る兵に使僧の来訪を告げた。
「大君公方様、菅家御大将の戦ぶり、敵ながらも感に堪えず。御大将の御首および兜を、御家にお返ししたく、大安寺叡俊禅師を使わさる。菅家におかれては、御使者をお迎えされたく、お願い申す」
 山門を守っていた部将が、これに応える。
「我らが主の首お返しいただけること、誠にかたじけなく候。さすがは東夷第一の武門の御家、戦陣の故実を守られること、武者の手本として末代までの語り草たるべし。御使者お迎えいたす」
 先触れの武者が門前で馬首を返して走り去るのを見て、部将が麾下に命ずる。
「殿の御首お迎えするのに、使者への一切の無礼許されぬ。狭間より鉄炮を外せ」
 菅家の陣がざわつく。敵の罠ではないかというのだ。昨日の戦では後背から奇襲を受け、散々に叩かれたばかりであった。口々に、備えだけは怠るべきでは無いと言う
 先触れの武者に応じた将が、策略を疑う者達を一喝する。
「罠であれば、その罠を咬み破れば良いだけのこと。敵を怖れ、殿の御首受け取れなかったとすれば、それこそ武門の恥辱。温羅道菅家の武者はそこまで落ちぶれたのか」
 築地に穿たれた穴から鉄炮が引き抜かれ、山門から長槍衆が走り出て大路に並ぶ。
 やがて双鳳門から大路を向かってきた使僧叡俊の一行は、およそ二十人。先頭を雑色四人に担がせた白木の輿に乗った叡俊、その後を僧十三人、蒔絵の首桶を抱えた者、大常の兜を掲げる徒士武者二人が続く。
 大路の槍衆が主を迎えるため、片膝を付け、首を垂れた。
 菅家の槍衆の前で、叡俊が輿を降りる。大常の首桶に一礼して十全を授け、従僧十三人が短く経文を唱えた。首桶と兜を抱えた武者が、それぞれ桶そして兜を、菅家の将に手渡すと、菅家の手に戻った首桶に、叡俊が黙したまま再び一礼する。将が首桶と兜を山門の内に引き取るのを見届け、叡俊は再び輿に乗った。最早、一言も発せぬ当主を迎え入れ、首を上げた菅家の兵達に、使僧の一行が来た道を戻るのが見えた。

 二度目の城攻めが行われたのは、菅家に大常の首が届けられてから十日後のことである。 今度は守りの堅い五口ではなく、双鳳門と玄武門の間の城塁を攻めることとした。先に禁軍の黒備えの騎馬が駆け抜けたところであり、長大な柳営の城壁で、この二里ばかりが平地に接している。龍の口に手を入れ、喰いちぎられたので、軟らかい脇腹を狙おうということだろうか。
 十日の間で陣替えが行われ、菅家の家督を嗣いだばかりの常成が、兵八千とここに配され、さらに両脇を鳩家と西家それぞれ五千が固めた。三家とも、最初の城攻めで手痛い目にあった軍であり、汚辱を雪げというのが、安家からの命であった。また双鳳門と西の白虎門の間に、城壁に至る尾根筋の敵兵を討ち払うべく立家一万。また五口それぞれに、新たに着陣した十二家を加えた計八万の軍を置いたが、もとよりこれは勢子であり、菅家を筆頭に六家の軍が潰えた龍口の突破は、期待されていない。
 主攻とされた龍の脇腹には、三家の軍勢の他、子母砲二門、大鉄炮五十挺、毛人十五頭を置いた。子母砲は青銅を鋳上げた大筒で、石弾または鉄弾を射放つ長筒(母砲)と筒の後ろに入れる火薬を詰めた小筒(子砲)からなる。威力甚大だが、重く移動が困難なので、船戦か城での戦にしか使えない。陸上での移動は、修羅に載せ、牛か毛人に引かせる。為に、敵に迫られると如何ともし難く、城攻めでも、敵から離れた柵内からの遠当てになる。遠当てのため子母砲の口を上に向けた築山─鉄炮塚─をこの十日で築いてあった。
 毛人は、四つ足で駈けさせれば、馬ほども早い。身の丈は一丈から一丈半、長い腕を持ち、一丈ばかりも跳躍する。子母砲と大鉄炮で塁壁を、あるいは岩を削りだした塁壁そのものを砕けないまでも、守兵の隠れる石築地は壊せる。ここに毛人を飛び込ませ、守城側が怯んだところで、一気に壁を乗り越えようという策である。
 地中の隧道を使った思わぬ所からの禁軍騎馬の突出を警戒し、寄手となった三家の後には、安家の鉄炮二千挺が控え、さらに四方どこからの騎馬武者にも備えられるよう、馬足を薙ぎ切る長さ七尺の斬馬刀を担いだ兵と、馬上の武者を引き落とすための長柄の薙ぎ鎌を持つ兵を、陣中の要々に配しておいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

愛されない妻は死を望む

ルー
恋愛
タイトルの通りの内容です。

処理中です...