龍の都 鬼の城

宮垣 十

文字の大きさ
12 / 29
第Ⅲ章

水軍  一

しおりを挟む
 年が明け、正月を迎えたが、将家では新年の総ての行事が略された。当主大君は虎城山にあり、公子、また諸事取り仕切るべき太宰と太宰小弐が戦陣にある事態が事態だけに、仕方無いことではある。それでも長城、御所他を守る士卒に餅が配られ、濁り酒が振る舞われた。また、男子を兵に出している民の家には、将家から餅が届けられる。御所の台所を差配している太宰の妻まつの配慮である。
 緒戦、菅家の兵を破り「蘭陵君」と讃えられた公子真宗は数え十と四となった。
 新たに七、八家の軍が加わった以外、敵方に大きな動きは見られない。新たな攻勢の兆しは無かったが、もちろん退く気配は微塵もない。
 諸家の軍とも、山上に構えた陣の柵を厳しく固め、空壕を掘っているのが見える。夜になると煌々と火を燃した。城方の夜襲を警戒してのことであろう。
 条衛は、土俵を積んで、塁壁を補修、補強させるとともに、夜を待って、壁に縄梯子を下げて兵を城外へ下ろし、敵の遺骸を可能な限り片付けさせた。遺骸は、山際の逆茂木の辺りに集めておく。集めた遺骸は数日の内に無くなっていた。休戦を申し入れた使僧は安家に切られたが、味方の遺骸を放置しておくことは、寄手もやはり忍びないらしい。ある夜など、山際に、濁り酒を入れた太鼓樽が三つ置かれていたこともあった。遺骸を集めてくれたことへの礼であろうか。条衛の元へ届けられたそれは、朱漆の地に黒漆で巴紋が描かれた見事な物で、大身の家の所有を思わせた。万に一つ、安家に洩れ伝わることを怖れたのか、脇胴の家の紋は全て削ってある。おそらくは、寄手となった三家の内、どれかの持ち物であろう。先の城攻めでほぼ潰滅したに近い三家は、その広い陣所を他家に譲り、狭い谷間に陣を移していた。あれだけの被害にもかかわらず、なお帰国は許されていない。太鼓樽の酒は、寒さに震えた兵が、毒味と称して少し飲んだようだが、別に何とも無いという。兵が口をつけた太鼓樽を持ってきた物頭は、何事にも用心深い太宰の怒りを怖れていたのだが、意外にも条衛は笑って、城外で働いた兵に褒美として与えるよう、物頭に言いわたした。

 年が明けてからの両軍のにらみ合いは、一月に及んだ。その間も、敵陣にある旗幟は増えていく。遠国の家や、日和見を決め込んでいた家からの着到である。数はすでに十八万は越えただろう。にもかかわらず、どの軍も山上に陣を占めると、壕を掘り、柵をまわして、固く守って出てこようとしない。陣内に高い井楼を上げては、しきりにこちらを窺っている様子である。
 やがて、かつての鴻館、安家本陣を軸として、その東西に諸陣を繋ぐ柵と壕が造られ始めた。既にあった柵を利用しながら、要所々には井楼が上げられ、兵が詰める。柳営を囲む龍に並行する長城を柵で築こうというのであろうか。
 一方で、鴻館の跡に造り始めた安家の仮城もあらかたが出来上がった。石が積まれ、急拵えとは思えぬ巨大な楼閣が幾つも建つ。
 これでは、どちらが籠城しているのかわかないというのは、冬門の軽口であった。将家が常から蓄えてあった兵糧が一万四千石、当主欽宗の命で累代の御物の多くを売り払って得た兵糧が三万石、正倉に収めたこれだけでうまく食いつなげば、柳営の兵と民が一年はもつ。さらに僅かながらも城内の民の貯えと城外の民が持ち込んだ糧食があるはずで、兵糧攻めになれば、将家の勝利は疑いない。そもそも寄手は、柳営を兵糧攻めにできる状況ではなかった。
 もちろん、知らせを受けた後発の軍は、それなりの荷駄を用意してきてはいるだろうし、先に着陣した諸家も、急ぎ兵糧の手配をしていたが、それにも限りはある。柵を作り、空壕を掘る兵や人夫の動きは、遠目にも明らかに緩慢であった。兵糧が不足しているに違いない。凍てつく冬の大地、山の芋はおろか、草の根まで掘ったとしてもいくらの足しになるものではない。
 もっとも、仮に充分な兵糧があっても、三月を過ぎれば、兵の多くを、田畑を耕すために領国へ戻さねばならない。あと一月経てば、参陣した諸家がこぞって浮き足立つはずである。

 各家の付け城と柳営を囲む柵の普請が終わると、柳営側に面した各陣所から、再び壁への仕寄り道が伸び始めた。今度は、前回、前々回の城攻めで作られたような簡易なものではない。土俵を高さ六尺から七尺、長さ幅とも五間ほどの凹字形に積み上げた、月城の様な土手を連ねてある。騎馬除けであろう、周囲に柵を結い廻し、念の入った陣では土手ごとに木戸を作り、空壕まで掘ってあった。仕寄りは、平地ばかりではなく、壁に至る山の尾根筋にも伸びてきた。
 柳営を囲む柵から伸びてきた仕寄りは二十七本。
 冬門がその堅固な作りに感嘆の声をあげた。
「あれはやっかいな。仮に討って出ても、馬は陣前で、徒士も陣に入ったら討ち果たされてしまう。龍勢を撃ち込めませぬか」
「龍勢は大鉄炮のような遠当てがきかぬ。敵がもっと近づいてくれねば何ともならんな。」
 龍勢は吐き出す炎と、火薬の炸裂こそ凄まじいが、長い尾を引いて飛ぶので、風の影響を受けやすく、密集した兵や大船ならともかく、小さな的には向かない。また、仮に当たって土手一つを崩せても、次の土手まで壊せるかはわからなかった。
 仕寄り作事の進捗は、一日で土手の一つか二つ、距離にして五間から十間と見えた。一方、敵陣から柳営の城壁までは、最も近いところで二百間程。仕寄りが城壁に近づくのは、早くて二十日後となる。敵にとっては時との競争だろうが、城側としても、矢頃となる五十間まで手出しは出来ず、しばらくは様子を見るしかない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

愛されない妻は死を望む

ルー
恋愛
タイトルの通りの内容です。

処理中です...