龍の都 鬼の城

宮垣 十

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第Ⅲ章

水軍  五

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 入江に入った七艘の闘艦に、白煙を吹いた火箭が降りそそいだ。南海道やもろこし大陸で船戦に使うという火箭のことは既に耳にしており、闘艦は舷側や板屋を火箭除けの鉄板で覆ってあった。戦棚上に設けた三層の矢倉も、壁に鉄板を貼り、屋根は銅板で葺いてある。
 陶成の乗る一番船の両舷に数発の火箭が当たったが、貼り付けた鉄板がはじき、総て水に落ちた。陶成は、鉄炮、大鉄炮、玉薬に用意した牛の生皮を被せるよう指示する。火花が触れぬようにという工夫である。舳先砲門の厚板は、山上の白煙を見て、急ぎ閉じさせてある。それでも、頭上を飛び交う火箭が吹き出す火花の凄まじさに、兵達は身を伏せるしかない。
 二度の火箭の斉射で、白煙が立ち込めた入江に、視界が戻り始めた。二番船の戦棚に火箭が落ちたらしく、火の手が上がっている。山上から鬨の声があがっていた。陶成はここまでかと思う。退き時だろう。しかし、一矢は報いておかねばならない。舳先の砲門を開けさせる。箱形の舳先に積んでいる子母砲は三門。これに次々と火を着ける。子母砲の轟音は、大鉄炮の比ではない。殷々と響く砲声は入江に反響し、柳営の街をも震わせた。少し遅れて、入江の奥に巨大な水柱が三つ上がる。山上の鬨の声は止み、替わって味方の船の上が喚声で湧いた。
 水戦に使う子母砲の玉は、敵船を貫くための鉄弾で、石弾ほどは遠く飛ばない。また、船に載せた子母砲は、上に向けることは出来ず、遠当ては利かなかった。子母砲を放ち、柳営の街を震わせただけで良しとするしかない。艫矢倉に吊した退き陣の鐘を鳴らさせる。
 水車輪を逆櫓に回させ、今度は後尾の七番船が先頭になって、次々と船が入江から逃れる。各船の舳先は湊に向けたまま。仮に、湊の中から将家の水軍が押し寄せても、舳先の子母砲で粉砕できる。この進退の良さ、安家の車船に及ぶ物は、東夷八道はおろか、この天が下に無い。二番船の火はまだ収まっていないが、船の進退に不自由は無さそうだった。
 山上からは、追い打ちの火箭が十ばかり放たれ、三本が陶成の闘艦に当たる。火箭はすべてはじき、水に落ちたが、敵に再び鬨の声が上がった。
 威嚇にしかならないと知りつつも、陶成がこれに応じる。再び、舳先の砲門を開き、子母砲を撃った。砲声が海上を響き渡り、鉄弾が断崖を抉る。入江が鉄鎖で封じられていることは、水妖の物見を通じて知っていた。虎の子の闘艦七艘を使ったのだ。充分に囮の役は果たしただろう。事の成否は、八番船と、その率いた四艘の闘艦にかかっている。

 入江の東側のあたる猿賀島、千畳敷と呼ばれる山上の平地に設けられた炮楼の陣は、喚声をあげた。焼くことは出来なかったとはいえ、安家の大船七艘を打ち払った。海上では、まだ大船の放つ砲の音が鳴り響いていたが、あれきりこちらの矢頃には近寄らない。砲を放っているのも、威嚇に過ぎないことは、明らかだった。
 鬨の声をあげる兵の中に、朱猿門からの伝令が駈け込んできた。
「東の津に、敵大船」
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