龍の都 鬼の城

宮垣 十

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第Ⅲ章

水軍  六

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 未の刻、御所の侍所では、遅い昼餉が始まろうとしていた。朝から、湊の口で大鉄炮が鳴り響き、禁軍黒母衣衆五百騎も、侍所のある前庭に備えを置いていたのである。敵の大船が入江から下がったとの伝令に、とりあえずの兵糧が配られることとなったのだ。
 御所を含め、禁軍が主となって守る場所で、兵糧を炊き出し配るのは、将家家臣妻女の役目。米と麦を半々に炊いた粥と、あり合わせで作った汁物を白木の椀に入れる女達の中に、太宰条衛の娘、小萩の姿があった。
 侍所では、公子真宗も、禁軍の士卒に混じって食事を摂る。真宗の膳を運んだのは、小萩である。あれ以来、気まずいのか真宗は、小萩に声を掛けられないでいた。もちろん、着替えを手伝わせることもない。会うのは、真宗が今日のように禁軍の士卒と膳を共にし、たまたま小萩が給仕の番に当たっている時くらいだ。
 一方の小萩も、真宗に「どうぞ」と言ったのみで、他の言葉を発せないでいた。
 兵達が昼餉の粥をすすりこんでいる時、騎馬が御所の門を駈け込んで来る。乗馬したまま御所の門をくぐることを許されている兵は、伝令の早馬のみである。駈け込んだ伝令は、下馬することもなく、冬門の姿を探した。
「小弐、小弐は、何処におられまするか」
 冬門は、入江の口に敵船の砲声を聞いて、湊へ物見に出たばかりであった。それを兵が伝えると、自分は東南朱猿門の伝令であると告げ、
「東の津に、敵の大船五艘が入り、入江の太綱を切って、兵を降ろしております」
と叫び、冬門が向かったという湊へ駆けていった。
「東の津に敵船・・・・・・」
 禁軍の士卒がざわめく中、真宗の行動は素早かった。ともに白木でできた箸と椀を膳に置くと、太刀を取り、側衆に弓と箙(えびら)を取ってくるよう命じる。側衆に箙を付けさせる真宗に、小萩が立ち塞がった。父よりも母方の血が強く出たのだろう。小萩の躯はすらりと長い。背も年下の真宗よりやや高かった。
「公子様、どうされるおつもりですか」
「そなたの、知ったことではない」
 小萩に言って、兵の方を向く。
「東の津が敵の手に落ちれば、東南朱猿門が危うい。禁軍五百騎は、東の津に上がった敵を討つ」
 縁から飛び降り、厩に向かう。
 小萩が追いかけ、真宗の衣の袖をつかんだ。急ぎ追ったのだろう、裸足である。
「いけません。小弐のお帰りを待つべきです」
「うるさい。女が口出しするな」
 小萩の手を振り払った真宗は、厩に走ると、愛馬の黒毛に跨ってしまった。慌てた兵達が後を追う。
「高啓様、高啓様っ」
 小萩が呼ぶ高啓とは、公子の左右を固める弓三張りの衆(護衛)、弓手(左)の士だ。見つけた高啓に叫ぶ。
「私では、公子をお止め出来ません。急ぎ、小弐をお呼びください。」
「はっ」
 馬上の高啓が、小萩に頷いた。
「高安、里生、お主等は何としても公子をお止めしろ。おれは小弐を呼んでまいる」
 高啓は、同じく三張りの二人に、真宗を任せると、伝令の後を追って、湊へ奔った。

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