龍の都 鬼の城

宮垣 十

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第Ⅲ章

水軍  八

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 高啓は、臨河の河口近く、御船蔵の前で、伝令と共に、湊を囲む柵の脇を駈けてくる冬門を見つけた。冬門も高啓に気づいたようだった。
 合流した三人は、朱猿門へ急ぐ。
「あの驕慢子・・・・」
 馬上、冬門が公子に毒づく。
「小弐、お言葉が過ぎましょう」
 一緒に馬を駈ける高啓がたしなめる。年若といっても主である。それに、真宗を図に乗らせたことに、冬門が一役も二役もかっているのを、高啓は知っていた。
 高啓に応えることなく、冬門は馬を走らせる。
 朱猿門に至る山坂に、黒備えの騎馬が溜まっていた。駆けつけた小弐と高啓を見て、左右に道を開ける。黒備えの先頭に至ると、洞門へ至る道を塞いだ木戸の所で、高安と里生を従えた真宗が、門の守将沖恒と押し問答をしていた。どうやら、門を開けよと命じる真宗に、公子の身を案じた沖恒が従わぬらしい。
 馬を降りた冬門が、間に割って入った。まずは、気色ばんだ真宗に向かう。
「公子、報を聞き、朱猿門に駈けた公子の御判断、部将としては誤りではありませぬ。」
 脇に控えた高啓が、少なからず呆れ、冬門を見た。さっき自身が、このことで公子を罵ったばかりではないか。
「しかし、自ら敵に切り込もうなど、匹夫、凡夫の勇というもの」
 いや、やはり口が悪い。
「匹夫の勇だと」
 少年が、更に顔を紅潮させる。
「左様にございますな。公子は父君に替わって、将家全軍を指揮する御身、万に一つ御討ち死になさることがあれば、この戦、我等将家の負けにございます。兵や部将なれば、幾らでも替えがおりますが、公子の御身には替えが利きません」
「そなた、吾に兵を楯にする卑怯者になれと申すのか」
 なるほど、当主直率の禁軍黒母衣衆は、そのように出来ている。戦陣を駈けることが倣いとなった武門の主の工夫だ。当主を直接護衛する高啓ら弓三張りが、引き手(右)に二人いるのも、馬上で弓を向けられない右側の楯となるためだった。
「公子、禁軍母衣衆の討ち入りにあたって、公子の御出陣を父君と太宰に懇願したのは臣にございます。永く大きな戦を経ることの無かった将家にとって、その主が戦陣を駈けることこそ、その武威の何よりの証。しかし、あのように御自身が一士卒の如く、陣頭を駈けることがあってはなりませぬ。そして、一度戦場を駈けた今、戦場に身を晒すのは極力お控え下さい」
「冬門、将家の面目のためだけに、吾を出したというか」
 吐き捨てるように言った。冬門は全く怯まない。
「あえて申し上げまする。御身が陣頭に立たれようと立たれまいと、兵は死にます。万に一つ、御身が敵に討ち取られました時、兵の死は犬死にとなるのです。兵を犬死にさせて、良き将、良き主と言えましょうか。御身と士卒の命には、自ずと軽重がございます。勇怯とは別のことと、お心得くださいませ」
 真宗が叫ぶ。
「人の命に軽重など無い。いや、あってはならぬ」
 この少年の心根は、この乱世にあっては、愚かしいほど素直で真っ直ぐだ。これは生まれ持った性向なのか、それとも、守り役だった太宰の性格を受けたものか。
「御意。しかしながら、それは人の命の重さに非ず。背負っている物の重さと心得ます。士卒が背負わねばならぬ責など軽い物。将は率いる兵の分の重き荷を背負います。ましてや、公子は将家の棟梁となるべき御身、酷ではございますが、その担がねばならぬ責の重み、臣ごときに計れるものではありませぬ。その荷から逃れることこそ、余程卑怯でございましょう」
 真宗は黙り込んだ。もっとも悪口を含め、口舌で冬門に勝てる者など将家にはいない。
 冬門は思う。なるほど、真宗には人並みを越えた弓馬の才がある。果断であること、陣頭を駈け怯まぬこと、情に厚いこと、荒削りではあるが優れた将の資質が見える。しかしそれではだめなのだ。卑怯者と呼ばれても、生き延びなければならない時もある。これを強いるのは、良くも悪くもこの真っ直ぐな少年には、苛酷に過ぎることであろうが、それが武門の当主というものではないだろうか。
 少年を黙らせると、冬門は守将を向いた。
「沖恒殿、まずは、洞門上に上がり、敵の様子をお聞かせ願いたい。」
 沖恒が木戸を開けさせ、冬門と真宗を案内する。塁上からは、山が邪魔をし、海は見えない。
「昼餉を運んでいた兵が、入江に入る敵の大船五艘を見てございます。入江からの伝令は皆無。出した斥候が戻っておりませぬので、何が生じたのか分かりませぬが、東の津の失陥は間違いないものと」
「前の山の向こう、入江の方角に黒煙は見えたか」
「今は見えませぬが、一条、確かに」
 煙は、安家の車船だろう。湊の口を襲った車船の群れは囮だ。将家の海側の守将頴向は、湊を挟んだ刀金崎に陣所を置いていた。入江の対岸とはいえ、伝令は大きく湊を回り込まねばならぬ。仕方がないとはいえ、兵を分け置いたのが仇となった。
「猿賀島の炮楼は無事か」
「猿賀島の後背は、門の守兵二百を配して固めてございます。今のところ変事の報は入っておりませぬ」
東南は、東の津の要害に頼ってきた分、その失陥が痛い。
 報を受けた太宰条衛も駆けつけた。急遽、率いてきた部曲百騎と百姓兵千余に守備の差配をし、再び入江に通じる切り通しを睨む。
 差配を終えた条衛の後背に、冬門が片膝を付き、首を垂れる。
「太宰にあれほど窘められ、念を押されながらも、此度、公子をお止めすること叶いませなんだ。これ総て、自らの慢心の故。いかなるご処断も受ける覚悟でありますれば」
 大喝を覚悟していた冬門に、意外な言葉が返った。
「吾も同じだ。東の津の失陥は、自らの慢心が生んだところ。他人のことをどうこう言えた義理ではない。公子に大事無くまずは重畳。互いに次は無きものと心得ようぞ」
 条衛は、今度は真宗に向かう。
「公子のお命は、公子お一人のものにはございませぬ。将家の家中、また民総てのもの。これを失わないためには、家中の者、誰も己が命、惜しみは致しません。主となるべき御身、そのこと決してお忘れ無きよう」

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