龍の都 鬼の城

宮垣 十

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第Ⅳ章

南海道  二

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 柳営の入江と南海道十六島を結ぶ線をもって、東夷の海は、西海と南海に分かれる。十六の島は、東夷七道のある扶桑大島から、数珠玉のように、大陸へと連なる。大陸と行き来する船にとって、南海と西海を分ける線こそが、航路そのものであった。戦がなければ、大陸から風が吹き付けるこの時期、比較的波が穏やかな十六島の南側、すなわち南海を通って、いくつもの綱(船団)が渡ってくるはずであったが、戦を恐れ、船が柳営の沖に姿を見せることはなかった。
 その沖に船影が見える。南海道から来た船だ。高い帆を見つけた闘艦の高矢倉から、銅鑼が打ち鳴らされた。快速の艨衝十五艘が碇を上げた。両舷八十挺の櫓を出して、沖へと進む。
 艨衝を率いる船将迫吉が、声を張り上げ、鶴翼の船陣をとるよう命じた。敵か、味方かあるいは単なる商い船なのか。
 近づく艨衝の群れを認めた沖の船が、帆を畳むのが見えた。船縁から櫂が伸びる。南海道の蜈蚣船(ごこうせん)、七道の艨衝に当たる軍船である。船戦では帆を使わない。火箭で焼かれるのを恐れるからだ。漕走に切り替えたのは、一戦する意を示すものである。南海道では、大陸に倣い、船を漕ぐのに、櫓ではなく櫂を使う。蜈蚣船とは、船縁に並んだ櫂が蜈蚣(ごこう)すなわちムカデの足に見えることから付いた名だ。
「我ら相手に船戦するつもりか。よかろう」
 迫吉が合図の大鉄炮を一発鳴らす。艫の銅鑼が激しく打たれ、船足を速めた。戦棚に鉄炮、火毬、鉄熊手、打ち鈎を持った兵が並び、矢頃を待つ。
 目前に迫るのは、前足が翼になった白虎を描く旗を掲げた二十艘。すべて蜈蚣船だった。飛虎旗は南海道太守英家の旗である。
 瞬く間に、両軍の船が矢頃まで近づく。迫吉は銅鑼を更に激しく打ち鳴らし、鉄炮を次々と放たせた。南海道の軍船からは、矢も鉄炮も撃ち返してはこないが、怯む様子は見られない。足にまかせ逃げ切ろうというのか。
「敵の脇腹へ胴突けよ」
 戦棚上の迫吉が、後ろの舵取りに怒鳴る。肝心の車船は、釜の火を落としているので、船を動かすのに一刻はかかる。沖で一戦して、時を稼ぐ必要があった。鶴翼にとった船陣の、迫吉の船を含めた右翼が取り舵、左翼が面舵を切った。敵にもこちらの脇腹を見せることになるがかまわない。混戦に持ち込めれば良い。
 迫吉の艨衝が、舳先の水押しを、敵船の舳先脇に突き当てようとした刹那、敵船が面舵──向かって右に、舵を切って、これを避ける。櫂を折られてはたまらないと思ったのであろう、生き物のような滑らかさで、片舷四十はある櫂が、船内に引き込まれた。見事な操船だが、感じ入っているわけにはいかない。船縁が接するばかりの近さで、迫吉の艨衝を避けようとする敵船に、鉄熊手と打ち鈎を掛け、一気に引き寄せる。
 迫吉の左右でも、艨衝を巧みに避けようとする敵船を、打ち鈎を掛け、あるいは櫂に櫓を咬ませて絡め取ろうとしていた。
 敵味方が入り交じり、鉄炮は使えない。戦棚から敵船に火毬を投げ入れたが、亀の甲のような蜈蚣船の屋根に転がり、空しく海中に落ちる。ある艨衝は、屋根にはじかれた火毬が自船に落ち、たちまち燃え上がった。
 さらに、蜈蚣船の船縁を囲む厚板に空けられた小さな狭間から、十本以上の鉄槍が、次々突き出され、艨衝の漕ぎ手と兵を襲った。鉄槍は、矢玉を防ぐために舷側に貼った牛革を難なく貫き、漕ぎ手を襲う。刺された漕ぎ手が倒れ、突き込まれる鉄槍に恐れをなした漕ぎ手が櫓棚から逃れると、蜈蚣船の船内に引き込まれていた櫂が、一斉に艨衝の船腹を突いて、熊手や打ち鈎を引き剥がした。引き剥がされ漂う艨衝を、さらに別の蜈蚣船から繰り出される鉄槍が襲った。
 漕ぎ手を失い漂う安家の艨衝を後目に、飛虎旗を掲げる蜈蚣船は、柳営の入江を目指し、再び櫂が水を掻く。
「急ぎ、船を返せ」
 迫吉が叫ぶが、十五艘の艨衝に、敵に追いすがる力は残って無い。一艘は、自ら放った火を被り、戦棚の半ばが焼け落ちていた。この船の漕ぎ手と兵の大半は波間に浮いている。その他の船も、兵や漕ぎ手が少なからず傷ついていた。ことに漕ぎ手の犠牲が大きい。
 後陣となった車船は、筒から濛々と煙をあげているが、車輪が水を掻くには至っていない。二十の蜈蚣船は、次々と闘艦の脇をすり抜けていく。闘艦の戦棚上からも、さかんに大鉄炮や鉄炮を放ったが、空しく水柱を上げるのみで、船足を止めることはかなわなかった。
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