龍の都 鬼の城

宮垣 十

文字の大きさ
24 / 29
第Ⅳ章

南海道  四

しおりを挟む
 銚子に入れた濁り酒を、土器(かわらけ)で三献まで交わすと、主の席にあった太宰は、守城の兵からの報を受けて退席した。替わった小弐が、銚子を持って、給仕の兵とともに酒を注いで歩く。一座に酔いがまわってきたところで、小弐が妓楼から妓生(遊女)を呼んで鼓を打たせて、舞いをまわせた。
 寺の客殿に妓生が入ってきたことに、南海道の船将達は、少なからず驚いたが、太宰に替わって歓待役となった小弐によれば、ここからは無礼講であるから気になさるなという。酒がまわり、酔った将達も妓生の鼓に合わせて踊り始める。
「柳営の上臈に、南海の綺羅錦繍を着飾らせ、安囲の廓で遊びたし」
 東夷の海を回る廻船の船乗りや綱主の言うところであった。纏う衣の美しさは、大陸の絹・金糸・銀糸をふんだんに使える南海道が勝り、廓、妓楼の結構、街の華やぎは、東国河中道の安囲に並ぶものは無い。しかし上臈、妓生の美しさでは、古い都の柳営が群を抜くと言うのである。
 柳営の妓生は、加冠前の少年のような髷を結う。長い髪を後ろに束ねて、前髪を垂らしていた。僧に仕える稚児をはべらすような倒錯が、男を酔わせ、惑わせる。
「鬼丸、謡いをせい」
 小弐が、自分と張浄照へ酌をしていた妓生に、声を掛ける。細身で丈のある女で、この女のみが袴を履いていた。小弐の馴染みなのであろう。小さく頷くと、小弐から渡された黄金作りの太刀を肩に、踊りの輪の中に謡い、舞う。
「舞え、舞え、舞えよ。てふてふ蝶々、舞えよ」
 白緑の衣に紫苑の袴、細身の妓生は、凛々しい若衆そのもの、その鬼丸が太刀を肩に舞う姿は、美しい胡蝶を思わせる。踊りと、衣に焚きしめた香が一座を酔わせた。客ばかりでなく、給仕の兵までが見惚れるほどだ。
「舞え、舞え、てふてふ蝶々、夢がてふてふ蝶々か、てふてふ蝶々の夢か」
 鼓が鳴り、鬼丸の謡いに、他の妓生が唱和する。鬼丸が舞う中、小弐が中座した。舞いながら鬼丸が、ちらりと冬門を見やる。

 本堂で、長城に帰ったはずの条衛が待っていた。冬門が高垣を挟んだ客殿へと目をやる。鼓の音と鬼丸の美しい声が、ここまで響いてくる。
「柳営の謡いと舞は、八道に並び無きもの、南海道の武者輩、今頃、芯まで溶けておりましょう」
「ここは、貴殿の得意とするところ。小弐の廓通いが、どのくらい役立つか見せてもらおう」
 条衛が皮肉を言う。小弐の妓楼遊びは家中で良く知られていた。評判が芳しくない。
「これは、手厳しい」
「南海道の水将達は何か申したか」
「酔ってはおりましたが、格段何も聞き出せませんでしたな。さすがに口が固とうございます。あとで妓生達からも聴いておきましょう」
 条衛も冬門も南海道の援兵を、表向きは大いに歓迎したものの、信用はしていない。だからこそ、柳営の御所や兵糧を収めた正倉、御船蔵など、将家の枢要に近い東の湊ではなく、離れた西の湊に兵船を導いたのである。宴を催したのも、将達を兵船から引き離し、陸に留めておく策であった。もっとも、冬門などに言わせれば、周囲を囲まれた中で、包囲を突破した援軍が、兵や民の士気に与える力は小さなものではない。十二分に歓待したところで、損はないのだ。
 南海道の英家は、東夷八道で唯一、安家に服属しない太守であるが、その立つ所は、微妙であった。昨年、安家が発した命に応じることこそ無かったが、かといって、将家に味方するわけでもなく、この三月、様子見を決め込んでいたのである。
 南海道十六島を支配し、東夷と大陸の往来を制する英家の水軍は強兵であり、その力は、安家との船戦で示された通りであった。この戦の始まりから英家が水軍で合力し、柳営の沖を固めていれば、陸を囲む二十万の兵の兵糧は途絶し、戦の先行きそのものが変わったはずである。では何故、安家の水軍が沖を固め、寄手が塁壁近くまで迫ったこの時になって、ようやく、それもたった二十艘の兵船を出したのか合点がいかない。将家への忠を見せるためなら、もっと早くに船を出した方が、効も功とともに大きい。水陸ともに囲まれた柳営に入るのは、それこそ死地に入るもの。こうまでして将家に味方しても、ここが落ちれば、安家の軍勢が南海道に進む良い口実にしかならず、この期に及んでの出兵は、あまりに中途半端でしかない。兵二千を人柱とし、かつ安家を敵にまわして、英家は何を得るのであろうか。張浄照等は、将家と柳営にとって得体の知れない、やっかいな援軍に違いないのである。獅子身中の虫と言うわけでもないだろうが、油断はできない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

愛されない妻は死を望む

ルー
恋愛
タイトルの通りの内容です。

処理中です...