龍の都 鬼の城

宮垣 十

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第Ⅳ章

南海道  五

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 攻囲の諸陣から伸びた仕寄りは、ここにきて漸(ようや)く塁壁から二十から三十間までに進んだ。塁壁に近づくにつれ、守兵からの抵抗はいよいよ激しくなる。仕寄りの壁を築く人夫や兵に、矢石が浴びせられ、傷つく者が少なくない。普請は遅々として進まなくなった。
 ことに塁壁上の矢倉台から放たれる火箭がいけない。塁壁を俯瞰出来るよう仕寄りに建てた井楼めがけ、十本ほどが一斉に放たれる。運悪く一本でも当たれば、組あがった井楼が兵を乗せたまま、薪の山の様に燃え上がり、あるいは火箭の勢いに矢倉そのものが打ち倒された。仕寄りの囲いの中に落ちて、中にいた兵と人夫十人ばかりが、焼け死んだこともある。
 攻城の指揮を執る安家家宰の緒賢は、仕寄りの囲いの内を深く掘り下げ、兵を地中へ隠した。尾根筋の仕寄りには、電光形に空壕を掘らせ、その中を兵が進む。
 さらに、東の津にいる水軍将の陶成に命じて、櫓走の闘艦四艘の武装を解かせると、大鉄炮、船戦用の長筒を仕寄りへと運ばせた。船から外した大鉄炮や長筒を、塁壁から七十から八十間離れた仕寄りの囲いに配し、火箭を放つ矢倉台を撃たせたのである。仕寄りに近い敵方の矢倉のほとんどを打ち崩し、火箭の数は大いに減じた。
 いよいよ、塁壁まで十間に仕寄りを進めたところで、仕寄りの先端に、これも船から運んだ帆柱を立てる。厚板で囲い、鉄炮狭間を切った箱を吊り下げ、塁壁上の兵を狙わせる。吊り井楼といった。
 また、木を刳り抜き、竹の箍(たが)を嵌めた木砲(きづつ)を作り、井楼に据えて火毬を城内に撃ち込んだ。これが大鉄炮では、放った玉薬の反動で、井桁に組んだ矢倉が倒壊してしまうが、木砲の火薬ぐらいなら何とか耐えられる。大鉄炮のように、石築地の塁壁を崩すような力こそないが、筒から撃ち出された火毬は、塁壁の上やその裏で炸裂し、守兵を傷つける。塁上の兵をうち払うには、鉄炮以上に効があった。

 冬門が、北丹峰の鼓楼に条衛を訪ねた。北丹峰の周囲にも、敵の仕寄りが迫っている。炮楼や箭楼の多くは、仕寄りに進んだ敵の大鉄炮に打ち崩され用をなさなくなっていた。塁壁上の石築地も同様である。林立する井楼や吊り井楼から射すくめられ、龍勢を放つことも出来ない。守兵の多くは、塁壁の裏に隠れながら、石を抛って、仕寄りの兵の邪魔をするのがせいぜいだった。守兵の死傷は、ここまでで凡そ五千。ことに禁軍の士卒に討ち死、怪我人が多く、一人では身動きできぬほどの怪我を負った者が今でも五百ほど。戦場から離れた三箇所の寺に入れ、手当しているほか、御所の侍所にも五十人程を入れ、家臣の妻女達が手当に追われている。
 条衛と冬門は、三月まで塁壁で粘れば、敵は退くと踏んでいた。春を迎えれば、兵を土地に帰し、田畑を耕さねばならない。二十万もの健児を集めて春を迎えては、七道全土に飢饉を招くおそれもあった。にもかかわらず、寄手に退く気配は無い。
 敵方の仕寄りを眺める冬門に、条衛が絵図を広げた。柳営の全図に、敵の仕寄りが描き込まれている。
「もう長城が持たぬ」
 敵は、大岩を割る矢穴を穿つように仕寄りを進めてきた。矢穴のどこかに楔を打ち込まれれば、柳営という大岩は、容易に割れるだろう。
「当初の太宰の策通り、柳営の民と兵を、猿賀島と東の山に籠もらせ、東方青龍門から臨河の線をもって、守りとするしかありますまい」
 条衛が頷く。青龍門から東は、山が険しく仕寄りが伸びていない。背をほぼ無傷の青龍門から朱猿門に至る長城と虎城山の岩峰にまかせ、臨河を濠として守れば、容易には抜けない。兵糧を収めた正倉と山を穿って造った穴蔵は、その大半が河の東側にある。街を囲む長城が危うくなったとき、民をかかえて臨河の東へ退くことは、戦の始まりより条衛の策の内にあった。猿賀島に広がる千畳敷の平地には、町ごとに民が小屋掛けできるよう、既に縄打ちを終えている。
 ところでと冬門がきりだした。
「臨河まで兵を退くにあたり、拙子から太宰に二つ願いがございます」
 条衛がぎろりと睨んだ。
「何か」
「まずひとつ、禁軍三百の兵を頂きたく存じます」
「如何するつもりか」
「民と兵が引くに、今少し時をかせぎたく、夜に寄手の仕寄りを攻め破り、敵が長城に取り付くのを、少しばかり遅らせましょう」
 塁壁のある山の下に開けた隧道を通って仕寄りを打ち破るという。それは条衛も考えないでは無かった。兵はともかく、民を退かせるのに今少しでも時間が欲しい。塁壁で時を稼ぐつもりであったが、寄手の力が上回っている。しかし一方で、敵の仕寄りは、城方の出撃に備え、そのものが砦のような構え、攻め入った兵はおそらく帰ってはこれない。兵三百を殺し、この男も死ぬつもりか。───己が身もまた道具。条衛は前にいる男の口癖を思い出す。
「今ひとつを聴こう」

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