龍の都 鬼の城

宮垣 十

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第Ⅳ章

南海道  六

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 条衛は冬門に即答せず、もう一つの願いを訊ねた。
「今ひとつは、公子真宗君のことでございます」
「・・・・・」
「公子と太宰のご息女小萩殿のこと、どうかお認め頂きたく・・・」
 条衛の眉間に深い縦皺が走った。大きな目と太い眉が冬門を睨む。
「そのようなこと、戦場(いくさば)でする話ではない」
 まあ、確かにそうだ。冬門も苦笑いをする。しかし話は続けた。
「太宰、将家の兵が、臨河の東へ無事退き陣するには、肝要のこととお聞き下さい。そもそも、公子が戦場での功を焦るは、父君と太宰に、小萩殿のことをお認め頂くためと推察いたします。」
「・・・・我が娘の話を受ければ、公子が戦場での身を慎むと」
「慎むかどうかは、保証致しかねますが、奔馬のごときあの御気性、これよりは戦大事の時、繋ぎとめておく杭が、必要に存じます」
「杭か・・・・。娘が杭になると言うのか」
「いや、杭どころか、小萩殿のここしばらくのお働きを見るに、あの奔馬を御する良き轡となりましょう」
「随分と娘を高く買うではないか。小弐が、妓楼湯屋通いの悪癖を改めるのであれば、いっそのこと、小萩を貴殿にくれてやっても良いぞ」
「いやいや、こんな親爺が相手では、小萩殿がかわいそうというもの」
 冬門は独り身だが、小萩とではそれこそ十も歳が違う。
「まあ、それだけ太宰に買っていただいているものと思っておきましょう。」
 冬門が話しをもとに戻す。
「しかし何故、公子のお申し出を嫌われますか」
「将家の太宰を任されているが、我が身は布位の出に過ぎぬ。その上、妻は公子の乳母を仰せつかった。今の身上とて過分のもの。この上、娘を次代の大君の室に入れたとあっては、御家の乱れの元となろう」
 まあ、そんなところだろうと、冬門も思っていた。臣としてどこまでも実直であろうとし過ぎるのだ。しかしこれは、実直というより愚直と言った方が良いのではないのか。
 一方で、この愚直こそが、乱世の中、累代の臣が見限る将家を、一身で支えてきた。そして今また、七道をこぞった二十万の軍勢を前に、怯むことなく将家と領民を護っている。
「拙子は、太宰のご息女が、公子の室となられても、御家の害になるとは思うておりませぬ」
「・・・・・・・・」
「太宰は自らが権臣となることを恐れておいでのようですが、失礼ながら、なりようがありませぬ」
「どういう意味か」
「太宰のお子は、小萩殿お一人のみ。重ねて無礼を申しますが、太宰の東家は寒門にて、近しいご一族が少なく、故に閨閥が生じませぬ」
 この愚直な太宰が、将家公子の舅となったところで、権臣になどなりようも無いと思うのだが、そう言っても本人が納得するまい。
「太宰は御歳五十六、公子と小萩殿の間に御子がお生まれになっても、その御子ご成人のころまで太宰がご存命とは思えませぬ。生まれた御子に閨族として東家が及ぼす力など無きに等しく、拙子を含め権を欲する臣には、都合の良きことばかり。東家を妬むということなどあり得ませぬ」
「もうよい」
 条衛がうんざりしたように、頸をふった。弁舌は条衛の良くするところではないし、何より口でこの男に勝てようはずもない。
「徒士三百と小弐の夜討ち許す。ただし、兵の無駄死にはこれを禁じる。必ず帰城の算段あるべし。出陣の頃合い、小弐に任せる。公子と我が娘の話、小弐が生きて戻られたら考えよう。これでよいか」
 とりあえず、帰還を条件に、仕寄りへの夜討ちを認めるという。
「ありがとうございます。もうひとつのご約定、くれぐれもご違約無きよう」
「くどい」
 しつこく食い下がる冬門に辟易したようで、条衛は城外の方を向いてしまう。冬門も太宰に首を垂れると、楼を降りた。
「さて、支度を始めねばな」
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