龍の都 鬼の城

宮垣 十

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第Ⅴ章

夜襲  一

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 兵を総て殺し、冬門も死ぬのであれば、策は容易である。仕寄りの中にいる兵は幾らでもない。夜、隧道を使って仕寄りのすぐ側に出て敵を襲い、兵に背負わせた煙硝、柴束、松明で、塁壁を狙う井楼を焼き落とす。隧道を以前と同様、水に沈めさせた後、堅固に設えた敵方の仕寄りの中に拠って、最後の一兵まで戦えば良いのである。逃げ道のない味方は、それこそ死ぬまで戦うしかなく、一方の敵は、逆襲しようにも、狭い仕寄りを伝ってくるしかない。自らを守るための強固な仕寄りが、敵にとっての仇となる。少数の兵でも何とか数日は闘えるだろう。兵が生きている内は、敵も近づけず、塁壁もいくらかは息を吹き返す。寄手は、仕寄りを占拠した城兵を皆殺しにした後、もう一度井楼を築くところから始めねばならない。余裕に十日は稼げる勘定だ。
 生きて還ってくることが条件なれば、こうはいかぬ。寄手への討ち入りは、塁壁に迫る井楼に限ることとした。井楼を半分も打ち崩せば、寄手の攻勢はとりあえず鈍る。うまくやって五日、最低三日分くらいはひかず日数を稼がねばならない。
 十七あった隧道のうち、残るは十六。五つを討ち入りに使い、残る十一のどれかを帰城用に当てる。討ち入りに使う五つは、兵が出ると同時に水に沈め、五つに分けた兵は、夜の内に二つ、可能であれば三から四の仕寄りを踏み破り、朝までに十一ある隧道のどれかから帰城する。
────三百の内、百も帰れれば上出来か。その割に効が薄い
 仕寄りを攻めるうち、兵の多くが死ぬだろう。さらにこの上、条衛に約定を果たさせるには、自らが残っていることも肝要だった。
────それは、さらに難しい

 条衛の許しを得ると、塁壁と五口の守兵から三百の兵を集める。夜討ちは三日後と決めた。柵向こうの陣そして仕寄りの方々に新たに築いた鉄炮塚が増えている。まだ、大鉄炮や子母砲は入っていないようだが、総攻めが近いと思わねばならない。集めた兵は、禁軍徒士を主としたが、数が足りず、民から徴用した兵のうち鎧と兵具を持つ者が加わる。いささか雑軍めいたが、これはまあ仕方がない。
 兵の中に顔回がいた。七尺に達しようかという大男で、他の兵から頭二つ飛び出ている。鎧を着たその姿は、鉄を鋳あげたような厳つい顔とあわせて、部将か物頭といった風情だが、実のところ冬門が馴染みにしている妓楼の主だった。向こうも、冬門に気付いたらしい。にこにこして近づいてくる。
「小弐の殿様。戦が始まって来、ようやく殿様の陣に加われましたな」
 顔回は街の顔役でもある。店の男手と近所の男どもを率いて、東方青龍門の守備にまわされていた。
「これで、殿様の御身、この身に替えても守るとの、鬼丸との約定が果たせまする」
 長楽寺での南海道の船将達の歓待に差し向けた妓生鬼丸は、顔回の店東青楼の看板だった。鬼丸は、廓の主人顔回を「親父様」と呼んで慕っている。戦に出る前、その鬼丸に廓の上得意である冬門を守ると約束してきたらしい。
 常なら、「埒もない約定を」と、一笑に付すところだが、今度はそうはいかない。兵は冬門が直に選んだわけではない。自前の鎧と兵具を持ち、加えてその巨躯から、討ち入りの兵に選られてしまったのだろう。冬門自身生きて戻れぬと思っている夜討ちである。あの鬼丸が親とも兄とも慕う男を殺すことになるかもしれない。他の兵の手前、顔回一人を贔屓して外してやる訳にもいかなかった。
────鬼丸に恨まれるな
「我等が不甲斐ない故、そちら民にも苦労をかけるな」
 妓楼に遊びに行った時と同じような笑顔で応える。冬門の指揮下に入ったことをただ喜んでいる顔回にそれだけしか言えない。

 兵を玄武門に近い天啓寺に入れると、三日の間、白飯と味噌を食べさせ、時に酒と干魚を与えることとした。毎日粥ばかり食べさせてきた兵に、力を与える為だ。敵に悟られぬよう、兵には三日の間出入りを禁じてある。
 天啓寺に兵を入れて二日目、寺に黒母衣衆の高啓を呼んだ。
 何事と思い、駆けつけた高啓に言う。
「これまで職制を無視し、太宰小弐にありながら、禁軍黒母衣衆軍監を務めてきたが、今日をもって元来の職制に戻そうと思う。ついては高啓、そなたが黒母衣衆軍監となるよう。そなたが抜けた三張りの一人の選出はまかせる」
 高啓が驚いた。確かに黒母衣衆は、元来当主直率、太宰や太宰小弐の指揮下にはない。戦に臨んだ非常の時ということで、冬門が軍監を務め、実際の指揮を執ってきたが、家中の批判が無いわけではない。ことに古株の禁軍将達が五月蠅い。
 しかしと、高啓は言う。長く将家当主の飾り物に過ぎなかった黒母衣衆を再編し、戦が出来るまでに仕立て上げたのは、小弐ではないかと。禁軍中から馬の扱いと騎射の技に秀でた者を集め、戦陣を駈ける修練を重ねさせた。兵の鉄炮への恐れを除くために、自ら着込んだ黒母衣衆の具足に、十五間から鉄炮を撃ち込ませ、弦走り、袖、脇盾とも無事なことを示して見せた。戦の用を為さぬと言われた騎馬武者で、敵陣を乗り崩したのも、冬門の指揮あってのことであった。太宰条衛の手によって柳営の城壁が往古の姿を取り戻したのと同様、禁軍黒母衣衆をかつて東夷八道に畏怖せしめた精兵へと甦らせたのは、小弐冬門なのである。
「故に、禁軍での拙子がお役目は終わった。このうえは、禁軍のしかるべき将に、お役目返さねばならん。拙子には、禁軍中相応しい将といえば、そなたくらいしか思い浮かばんでな」
「何を言われておられます」
 高啓はなおも喰いさがる。小弐が密かに徒士を集めているのは、それとなく聞こえていた。「将家の盾」太宰条衛がけれんの無い堅実な戦をするのに対し、「将家の鑓」小弐冬門は奇策の将である。兵を集めて還らぬ戦をする気ではないのかと。
「それはない。太宰にも念を押されておる」
「本当でございますな」
 もとより、冬門の言うことは信用ができない。太宰との約定とて、いざとなれば平気で破る男だ。
 冬門は笑い出す。
「どうも、拙子は策を弄しすぎるせいか、上にも下にも信用というものが無いな」
 疑う高啓に更に言った。
「此度約定を違えることはない。ここだけの話、太宰には大事な質を取られておる」
「質?」
「左様、ただし戦である。万一の備えを怠るわけにはまいらぬ。そなたの軍監の話は、その万一への備え。すでに内々太宰の承認をお受けしてあるが、他言は無用」
「はっ・・・・」
「万一の時は、あの驕慢子の手綱、しっかり握って頂きたい」
 驕慢子とは、真宗のことである。高啓が主君への非礼を窘めると、冬門がからからと笑う。高啓にしてみれば、肝心の話をはぐらかされてしまった。
 高啓と話をしながら、冬門は別のことを考えていた。
────もうひとたび一度、鬼丸と遊んでおけば良かったな
 真宗と小萩のことを除き、心残りといったらそれくらいである。
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