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第Ⅴ章
夜襲 二
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三日目の夜、兵を五つに分け、北方から西方にかけての隧道に配する。狭い仕寄りの中での戦となる。兵具は、手槍と太刀のみとし、弓は持たせない。手鑓も五尺の長さに切り落とさせた。兵は三人を一組とし、太刀を持つ者一人に手槍二人を配する。手強い敵兵に会ったら、太刀の者が胴に組み付き、手鑓がこれを刺せと言ってある。この他に、斧を担いだ兵がいた。仕寄りの井楼を打ち倒すためだ。
真っ暗な隧道を手探りで進み、山裾に出る。すぐ目の前に土俵を積んだ仕寄りの壁があった。なるべく音をたてぬよう柵木を越え、土俵の壁を越える。土俵の壁は高さ六尺、仕寄りの内は、深さ五尺の空壕となっており、谷底にいるようである。所々には武者溜まりが作られてあった。仕寄りの様子は塁壁上からも窺えたが、なるほどこれを作らせた将の力量は並のものではない。
幸い、仕寄りの途中に兵はいなかった。寄手が用意した武者溜まりの内に、殿軍の兵三組九人を残し本陣からの援兵に備えさせ、塁壁の方、仕寄りの先端へと進む。
総ての兵には、声を出すことを禁じてある。喚声をあげれば、とりあえずの恐怖は払えるが、声で人数が知れてしまう。
「よいか、声を上げたくなったら、口を小さく開き、歯の間から息を吐け」
寺を出る前に、三百の士卒総てに言い含めてあった。すー、すーと兵の吐く息の音のみが聞こえる。兵の肩には、小さな白い布が掛かる。闇夜で敵と味方を分けるためだ。冬門のみは、いつもの白具足を着ける。少なからず目立つが、兵達の目印になるためこれは仕方ない。他の四口の将には白の襷を掛けさせてあった。兵には、白具足と白襷を目掛けて進み、白布を掛けていない者を倒せと言ってある。
仕寄りの先には二十ばかりの兵がいたが、まさか自陣の方から敵に襲われるなど思ってもいなかったようで、刀を抜かせる間も与えずに倒してしまった。この仕寄りに上がっている井楼は二つ。二間四方に四本の太杭を打ち込み、ここに柱を縛り付け、横木を井桁に組んである。冬門は大斧を担いだ顔回に、柱の根本の縄を断ち切らせた。
メリメリと音をたて井楼が倒れるのを見届けると、冬門達は仕寄りを下る。殿軍の九人と合流して、西隣の仕寄りに向かった。隣の仕寄りまではおよそ六十間、この仕寄りには幾人かの兵がいて、土俵の壁を乗り越えようとした冬門へ槍が突き出されてきた。冬門は、突き出された槍の柄を左で掴むと、太刀で槍を突きだした兵の咽を抉った。更に脇から槍を突き出す敵兵を、顔回の大斧が薙ぐ。振り向いた冬門に、にっと笑う顔回の白い歯だけが見えた。冬門は頷き、仕寄りを、その先へと掛ける。
方々で夜討ちが始まったらしく、兵の怒号と井楼の倒れる音が聞こえた。冬門達が入った仕寄りは大きく、兵の数も多い。ただその多くが鉄炮衆であったことが幸いした。闇夜に、喚声を出さない冬門達の人数をつかみかね、怯んでる様子は容易に伝わる。五十人近くもいた仕寄りの兵を斬り、手鑓で突き殺す。仕寄りには二つの井楼と吊り井楼があり、また多数の大鉄炮、木筒が備えられていた。杭に柱を縛る縄を切って、井楼を倒している間、兵の多くは、太刀で木筒を叩き割る。大鉄炮は火蓋と火挟みを壊して使えないようにした。
西の仕寄りから鉄炮の音が聞こえる。隣の仕寄りの陥ちたことを知った兵が、放っているのだ。仕寄りまでは五十間、お互いの仕寄り道を鉄炮で守れるよう設えた敵将に、今更ながら感嘆を禁じ得ない。見れば仕寄り同士を結ぶ土俵と厚板の道が伸びていた。
敵が恐れているのはこれか。冬門の着る大鎧が十五間まで鉄炮に耐えられるのは試してある。十五間走りきるまで、撃てる鉄炮は限られよう。当たる玉は更に少ない。冬門は兜を目深に被ると、白刃を煌めかせる。土俵の壁を越え、伝えの道を走った。
「すー、すーっ」
兵達の吐く息が異様に大きくなる。弾丸を集める白具足の後を、顔回と兵が追う。残りの十五間、放ってくる鉄炮は無かった。一息に仕寄りの中に飛び込むと、太刀の刃を上に向け兵の咽を突く。冬門が開けた穴に、再び顔回が飛び込み、大斧で敵を薙ぐ。狭く入りくんだ仕寄り道の中で、凄惨な殺し合いが暫(しばら)く続いた。
仕寄りの兵を皆殺しにし、井楼を打ち倒したときには、さすがの冬門も息があがっていた。空が白み始め、六十いた兵も四十三にまで減っている。潰した仕寄りはここまでで三つ。まあ上出来だろう。そろそろ引き時か。西方を見やった冬門の眼に、まだ無事な仕寄りの姿が入った。井楼は三、吊り井楼と思しき柱も見える。後ろを振り返ると兵達が肩で息をしている。傷を負った者も少なくない。
すまぬな───小さく呟くと、一気に仕寄りに向けて駈けていく。兵達が後に続いた。
撃ってくる鉄炮は無い。しかし、土俵を越えたところで、冬門の太股を槍が刺した。仕寄りの内側に転げ落ちた冬門に槍が突き立てられる。腹に火のような痛みが走り、冷たいものを差し込まれた異物感があった。更に兜の上を強い力で叩かれる。冬門の気が遠くなっていった・・・・。
真っ暗な隧道を手探りで進み、山裾に出る。すぐ目の前に土俵を積んだ仕寄りの壁があった。なるべく音をたてぬよう柵木を越え、土俵の壁を越える。土俵の壁は高さ六尺、仕寄りの内は、深さ五尺の空壕となっており、谷底にいるようである。所々には武者溜まりが作られてあった。仕寄りの様子は塁壁上からも窺えたが、なるほどこれを作らせた将の力量は並のものではない。
幸い、仕寄りの途中に兵はいなかった。寄手が用意した武者溜まりの内に、殿軍の兵三組九人を残し本陣からの援兵に備えさせ、塁壁の方、仕寄りの先端へと進む。
総ての兵には、声を出すことを禁じてある。喚声をあげれば、とりあえずの恐怖は払えるが、声で人数が知れてしまう。
「よいか、声を上げたくなったら、口を小さく開き、歯の間から息を吐け」
寺を出る前に、三百の士卒総てに言い含めてあった。すー、すーと兵の吐く息の音のみが聞こえる。兵の肩には、小さな白い布が掛かる。闇夜で敵と味方を分けるためだ。冬門のみは、いつもの白具足を着ける。少なからず目立つが、兵達の目印になるためこれは仕方ない。他の四口の将には白の襷を掛けさせてあった。兵には、白具足と白襷を目掛けて進み、白布を掛けていない者を倒せと言ってある。
仕寄りの先には二十ばかりの兵がいたが、まさか自陣の方から敵に襲われるなど思ってもいなかったようで、刀を抜かせる間も与えずに倒してしまった。この仕寄りに上がっている井楼は二つ。二間四方に四本の太杭を打ち込み、ここに柱を縛り付け、横木を井桁に組んである。冬門は大斧を担いだ顔回に、柱の根本の縄を断ち切らせた。
メリメリと音をたて井楼が倒れるのを見届けると、冬門達は仕寄りを下る。殿軍の九人と合流して、西隣の仕寄りに向かった。隣の仕寄りまではおよそ六十間、この仕寄りには幾人かの兵がいて、土俵の壁を乗り越えようとした冬門へ槍が突き出されてきた。冬門は、突き出された槍の柄を左で掴むと、太刀で槍を突きだした兵の咽を抉った。更に脇から槍を突き出す敵兵を、顔回の大斧が薙ぐ。振り向いた冬門に、にっと笑う顔回の白い歯だけが見えた。冬門は頷き、仕寄りを、その先へと掛ける。
方々で夜討ちが始まったらしく、兵の怒号と井楼の倒れる音が聞こえた。冬門達が入った仕寄りは大きく、兵の数も多い。ただその多くが鉄炮衆であったことが幸いした。闇夜に、喚声を出さない冬門達の人数をつかみかね、怯んでる様子は容易に伝わる。五十人近くもいた仕寄りの兵を斬り、手鑓で突き殺す。仕寄りには二つの井楼と吊り井楼があり、また多数の大鉄炮、木筒が備えられていた。杭に柱を縛る縄を切って、井楼を倒している間、兵の多くは、太刀で木筒を叩き割る。大鉄炮は火蓋と火挟みを壊して使えないようにした。
西の仕寄りから鉄炮の音が聞こえる。隣の仕寄りの陥ちたことを知った兵が、放っているのだ。仕寄りまでは五十間、お互いの仕寄り道を鉄炮で守れるよう設えた敵将に、今更ながら感嘆を禁じ得ない。見れば仕寄り同士を結ぶ土俵と厚板の道が伸びていた。
敵が恐れているのはこれか。冬門の着る大鎧が十五間まで鉄炮に耐えられるのは試してある。十五間走りきるまで、撃てる鉄炮は限られよう。当たる玉は更に少ない。冬門は兜を目深に被ると、白刃を煌めかせる。土俵の壁を越え、伝えの道を走った。
「すー、すーっ」
兵達の吐く息が異様に大きくなる。弾丸を集める白具足の後を、顔回と兵が追う。残りの十五間、放ってくる鉄炮は無かった。一息に仕寄りの中に飛び込むと、太刀の刃を上に向け兵の咽を突く。冬門が開けた穴に、再び顔回が飛び込み、大斧で敵を薙ぐ。狭く入りくんだ仕寄り道の中で、凄惨な殺し合いが暫(しばら)く続いた。
仕寄りの兵を皆殺しにし、井楼を打ち倒したときには、さすがの冬門も息があがっていた。空が白み始め、六十いた兵も四十三にまで減っている。潰した仕寄りはここまでで三つ。まあ上出来だろう。そろそろ引き時か。西方を見やった冬門の眼に、まだ無事な仕寄りの姿が入った。井楼は三、吊り井楼と思しき柱も見える。後ろを振り返ると兵達が肩で息をしている。傷を負った者も少なくない。
すまぬな───小さく呟くと、一気に仕寄りに向けて駈けていく。兵達が後に続いた。
撃ってくる鉄炮は無い。しかし、土俵を越えたところで、冬門の太股を槍が刺した。仕寄りの内側に転げ落ちた冬門に槍が突き立てられる。腹に火のような痛みが走り、冷たいものを差し込まれた異物感があった。更に兜の上を強い力で叩かれる。冬門の気が遠くなっていった・・・・。
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