氷は存外簡単に溶ける

皿うどん

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ふたりの選択

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 エレナに脅されて数日後、ララに連絡をとる間もなくエレナに呼び出された。

「あんたはここに立ってなさい。いい?」

 エレナの魔法の素質は高い。水を凍らせてアンナの脚を固定すると、さっさとどこかへ行ってしまった。
 固定されたのは靴だけだが、氷を履かされたように冷たい。もうすぐ夏になるせいであたたかいのが幸いだったが、溶ける気配はなかった。

「……このままどこか遠くへ行けたら」

 つぶやくアンナの上に、悲鳴が落ちてくる。

「なにをなさるの、グラツィアーナ様! きゃああああ!!」

 落ちてくるエレナを避けようとしたが、動かない靴が邪魔をした。急いで脚を引き抜くが、完全には避けきれない。
 下半身に衝撃を感じ、痛みが襲ってくる前にアンナは気を失った。


・・・


 王城の一室、王族に次いで厳重に警備された一室を後にしたアルベルトとグラツィアーナは、しばらく口をつぐんでいた。
 婚約破棄の願いにアルベルトが頷くと、アンナは気絶するように眠りについた。

「わたくしたちは……本当に未熟ですわ」
「……今回のことで痛感したよ」


 アンナが学院の医務室に運ばれたときのことを、今でもよく覚えている。魔法で抵抗するエレナを取り押さえるのを第一とし、アンナは側近に任せた。
 その側近が急いでやってきたのは、エレナを取り押さえて魔法を封じる腕輪をつけ、自身の近衛へ引き渡したあとのことだった。

「テオ、アンナ嬢の具合は?」
「侍医がすぐに来ていただきたいと」
「なにかあったのか?」
「はい。グラツィアーナ様にも来ていただきたいそうです」
「今行く。グラツィアーナ、行けるか?」
「ええ」

 医務室へ行くと、侍医が目を怒りで燃やしながら待ち構えていた。
 この侍医は元は王城で働いており、小さいころからアルベルトを診てきた。厳格で患者を第一とする性格で、細いフレームの眼鏡をあげてアルベルトを見据える。

「エレナ・リドマンが接触している女生徒がいるのを知りながら泳がせていましたね」
「ああ。エレナ・リドマンが脅迫していたことは知っている」
「詳しくは後で魔法で見ればいい、ですか?」

 王家には代々伝わる秘術がある。
 王家の血を継ぐ紫の目をもつ、魔法の素質が高い者にしか使えないものだ。
 秘術の前では、どんな人物でも何を見聞きしたか隠せはしない。術者の脳内に対象者の視線で映像が流れ、自身が経験したようにすべてを感じ取れる。
 いまは改良され、魔石に映像を込めれば誰でも見られるようになっていた。

「殿下はせめて腕だけでも見てください」

 ぼろぼろになった服をまくって現れた腕に息を呑んだ。
 不健康にやせ細った腕は、黄色や紫のあざに覆われている。

「骨折しているところだけ直しました。骨が修復をはじめていたので、数日前につけられたものでしょう。……どれだけ痛かったか」
「これを……エレナ・リドマンが?」
「それを知るのは殿下の役目です。この先はグラツィアーナ様にお願いいたします」

 医務室に残されたグラツィアーナは、アンナの背に残されたひどい傷跡に言葉を失った。鞭で叩かれたあとや火傷など、拷問をうけたような背はとても貴族とは思えない。

「……かなり古い傷もたくさんあります。すべてがエレナ・リドマンがつけたものではないでしょう。アンナ・ワーズワースをここで治療し、家族が引き取りたいと言えば拒否できません。聞き取りがあるとして王城へ連れていくのがいいかと存じます」
「ええ……ええ」

 グラツィアーナはくちびるを噛みしめた。

「なんてこと……身近にいるたったひとりの民すら救えないなんて……」
「それは今からのグラツィアーナ様の行い次第です。アンナ・ワーズワースを家族に会わせないようお願い申し上げます」
「アンナは、わたくしたちと共に王城へまいります。アンナは動かしても?」
「治療後は構いません。かなり衰弱しているので、目覚めるとしても時間がかかるでしょう」

 侍医が手をかざすと、触れたところからアンナの傷が治っていく。貴重な癒やしの魔法がアンナを包み込んだ。

「……いまの私は学院に属する者です。命の危険がないかぎり、ほかの生徒のために魔力は温存しておかねばなりません。あとは王城にてお願いいたします」
「バートでも治せないの?」
「古傷を治すには魔力を多く使います。ここ一ヶ月ほどの傷なら治しましたが、歪んだままの骨なども治すのなら、かなりの魔力と時間がかかるでしょう」
「……わかりました」

 この細い体に、治せないほど多くの傷が蓄積されているのだ。
 グラツィアーナは、きれいになった腕にそっと触れた。15歳にしてはあまりに細く、青白かった。



 アンナと共に転移陣で王城へ戻ったアルベルトは、エレナの件でざわつく空気を感じ取った。アルベルトに気付き頭を垂れる者たちに声をかける。

「一番厳重な客室を用意してくれ。私の許可した者以外立ち入ることは許さない。テオ、侍医を頼む」
「かしこまりました」

 アンナを抱えたテオは、両手がふさがったまま器用に礼をした。

「侍女の選別はわたくしにお任せください」
「頼りにしているよ、グラツィアーナ」

 アルベルトは青白い顔をしたアンナを見て、顔をそらした。今からエレナの尋問をしなければならない。

 アンナがひどい目に遭っていることを知りながら助けなかった。こちらが探っていることを、エレナに微塵も気づかせてはならなかった。
 アンナを犠牲にすることを、自らの意思で選んだ。王になれば、絶え間なく似たような選択をしなければならないだろう。

 だが、それに慣れるつもりはなく、犠牲にした代償に見合った褒美を用意するつもりだった。
 横でグラツィアーナが微笑む。

「わたくしたちの選択です」
「……ああ。頼りにしているよ、グラツィアーナ」

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