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第三話 夢を追いかけて

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「やぁーお待たせしました!社長と南さんの目をかいくぐるのに手間取っちゃって!どうしたんですか東郷さん?急に呼び出したりして。」

安っぽい軽自動車を、ジャックは製鉄所の敷地内に停め、何故かアロハシャツで現れた。

「すんませんね突然…え?ハワイ行ってたの?」

「いえいえ、ちょっと小笠原まで。さっき帰ってきたんですけど、社長が顔出せって言うもんだから…。はいこれお土産。」

そう言うとジャックは、にこやかに総司に小笠原の塩を手渡した。総司の顔が神妙になる。

「あっ!『お土産に塩かよ』とか思ったでしょ!すっごい美味しいんですよコレ!」

「えっ、ん、ど、どうもっス…。で、本題なんスけど…。」



「ねぇ山田。例の男よね、アレ。いつかは現れる気がしてたけど…思ったより早かったわね。」

スタークラウン社のロビー。落ち着いた雰囲気の中に明るく煌びやかな佇まいを見せるビルの1階にて彗は、鬼の形相で例の男と南を交互に視線を送る。例の男とは、もちろん総司なわけであるが。

「挨拶、しておきますか?社長。」

「勿論。」

わずかに目を逸らし、変な汗を流す南。
そして慌てて、総司が思いっきりくつろぐ来賓用ソファーに駆け寄った。

「おい貴様!ここで一体何をしている!」

「あっ、まぁやっぱいるよな。バレたか。」

あからさまな棒読みと変顔で南を煽り、完全にしらばっくれる。その憎たらしい顔を見た南は、彗にも負けず劣らずの鬼の形相へと変貌していく。

「失礼、データ泥棒さん?この期に及んで堂々と侵入するなんて、いい度胸ね。」

彗は怒りに我を忘れ、ズカズカとどっしり座る総司に詰め寄る。もはや胸ぐらを掴みにかかる勢いであった。

「あ、どうも初めまして。…えっ、どなた?」

総司は一礼し、太々しい態度で問いかけた。

「馬鹿者が…!我がスタークラウン社のトップ、北星 彗社長だ!そんなことも知らずによくもぬけぬけと…!」

「えっマジで。社長自ら迎えに来てくれるなんてすげぇな!よろしくっス!」

総司は急に満面の笑みへと変貌し、無駄に明るい口調で挨拶を口にした。
が、2人の表情は依然変わることがない。
と、そこへ1人の男が現れた。ジャックである。

「おやおや皆さんお早うございますあれ?あなたは確か東郷さんこんなところで奇遇ですねちょっとお話ししたいことがあったんですよ少しお時間よろしいですかでは社長南さんまた後ほど!」

恐ろしい速度で、脚の悪い総司を抱えるようにしてその場から立ち去るジャック。その後ろを、社長と秘書が慌てて追う。

「ジャック!あなたどういうつもりよ?!報告くらい入れなさいよ…待ちなさいったら!」

「その男をどうするつもりですか?!…何だあの白スーツ、バケモノか?!」


「ちょちょちょちょっと東郷さん何してるんですか!待ち合わせ時間は夜ですよ?!」

ジャックは早足で歩きながら、抱えた総司に小声で問う。流石のジャックも変な汗が止まらない。

「マジかよ!いやでも、7時って、ほら!」

そう言うと総司は、揺られながらジャックにLINEのやり取りを見せる。確かに、
(7じ かいしゃに きてください)
と、お母さんの様なメッセージが送られてきていた。

「あれれぇー。」

「あれれぇーじゃねーよ!おかしいと思ったんだよ俺も!」

「まぁこうなってしまった以上、仕方ありません。で、お話しっていうのは何でしょ?」

会話もそこそこに駐車場までやってきて、もたつきながらも急ぎジャックの車に乗り込む2人。
エンジンがかかり、猛スピードで逃げるようにスタークラウン社を後にした。

「いや、あのぉー。俺でも働けるようなところ探してて…。さっきのメガネ野郎に、すごい大金ふっかけられてるから…。何かないかな、ジャックさん。」

走り行く車内で、総司は恥ずかしそうに、だが深刻な面持ちでジャックに頼む。
バックミラー越しにその姿を見たジャックは、少しの間面喰らったのち、大きく笑って見せた。

「なんだ、そんなことですか!それ、半ば脅迫ですから気にしない方がいいですよ、みんな保険入ってますから。ま、そんなに気になるなら、私が立て替えますって!はははは!」

涙を流しながら、嬉しそうに笑うジャック。しかし、総司は真剣だった。

「いやそれはいけねぇよ!それに、車の件だけじゃないんだ。俺、この身体でおっちゃ…坂田さんのとこに厄介になってるだろ。これ以上迷惑かけらんねぇし…俺だけ夢ばかり追える環境にいるのは、不公平だろ。だから…。」


ここ最近の彼は、1人で生活しているとき、非常に腐っていた。
将来への不安、自分への嫌悪。
多くのマイナス要素が、総司を蝕んでいたのである。
しかし、士郎に呼ばれて新たな夢が生まれ、百合子や鉄矢の優しさに改めて触れたことで、彼の心、そして魂は甦った。そんな自分が何もしていなければ、日々努力をしている坂田家の、自分の家族と呼べる人たちに合わせる顔がない。そう考えて、ここまでやってきたのである。

「ははは、あなたは良い人ですね。分かりました、そういうことでしたら何とかしましょう!ちょうどピッタリのものがありますよ!」

「ホントか?!あ、ありがとう…この恩は必ず返すぜ!」

「大袈裟ですよ、やだなぁ!」

そう言うとジャックは、ふっ、と口角を上げる。嬉しさのあまり、総司がそれに気づくことはなかった。
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