32 / 33
第四話 あなたの思い出
9
しおりを挟む「おいおい待ってくれよキミ!挨拶も無しで帰っちまうのか?顔くらい出してくれよ!」
激戦の後の渋谷。
機体から降りることなくアルティランダーに背を向け、何処かへ去ろうとするバンキッシュへ、総司は投げかけた。
ニュスペンソとベルダッグは、突如現れたスタークラウン社の専門部隊と思しき面々が回収を試みたが、搭乗者も機体も、何らかの技術でいつの間にかホログラムとすり替えられ、誰にも気づかれないうちにその場から消えてしまった。レーダー類でも探知不可能、という徹底ぶりである。
そこで陣頭指揮を取っていた南は頭を悩ませ、咄嗟にもう1人の宇宙人に接触しようとしていた矢先であった。
「ここで顔出したら、あの赤いやつに何されるかわかんないもん。急いで帰るの!
アンタ、アタシを助けたつもりかもしれないけどね!?お礼なんか言うつもりないから!
アンタも必要ないわよ。」
バンキッシュ、そしてジャネットは振り返らない。宙へと視線を送り、トゲのある…それでいてどこか嬉しそうな口ぶりで、総司へと応えた。
「?よくわかんないけど、助けてくれてありがとう!おかげで…知り合いが無事で済んだ!」
「…ふ、ふん!べ、別にアンタたちを助けてあげたワケじゃないんだから!な、縄張りを荒らされたくなかっただけだし!じゃあね!」
あからさまな照れ隠しを残し、バンキッシュは瞬時に消える。次元の狭間へと。
「うわぁ…今どきそんなツンデレいる…?」
「ケミガワさぁーん!いるんだろ!返事してくれ!おぉーい!」
アルティランダーから降り、ジャックに渡されたカプセルにしまっていた松葉杖を駆使し、煙に包まれた渋谷の街を歩き回る総司。
捜索は、困難を極める…こともなく、思いの外すぐに目的の少女は発見できた。
「えーんえーん、こわいよぉー。えーんえーん、へるぷぷりーず。」
その少女は、駅からほど近い、少し奥まった路地でうずくまり、手で顔を覆って、泣いて…いた。
「ケミガワさん!よかった、帰らないと思ったんだ!…悪いけどその棒読みにはツッコまないぞ!!」
総司は苦笑いを堪えつつ、ゆっくりと松葉杖を動かして近づく。そして、そっと手を差し伸べて見せた。
「…えー、わたしいみわかんない。こわくてこえがふるえてるだけだもーん。」
総司のその反応を受け、レナは若干フリーズした後、顔を上げずに真顔及び素の声で応えた。
「わかったわかった、とにかく早く帰ろう。みんな心配してるよ。…立てるかい?」
「た、立てるし!ちょ、変なとこ触んないでよ!」
「えっマジ?!ご、ごめん…!!」
そんなやりとりの後、総司とレナは、百合子たちの待つ恵比寿方面へと、ゆっくりと歩を進めた。
ちなみに彼をフォローすると、レナを気遣い、肩にそっと手を触れたのであった。
「総司さん!!レナちゃん!!よかった…!2人とも無事で、本当によかった…!」
「わっ!ちょ、ちょっとゆ、百合!桃も、苦しいってェ!」
2人の姿を見つけるや否や、ボロボロに涙を溢れさせ、眼を真っ赤にした百合子と桃が走り寄り、レナを抱きしめた。
そんな少女たちを見守る総司は、ふぅ、と息をつき、困ったように優しく微笑むのだった。
「よかったぁ…生きてて、よかったよぉ…!
これ、買っておいたから…!飲んでね…!」
百合子と桃はレナにタピオカミルクティーを与えると、レナは眼を輝かせ、幸せそうに、味わうように飲み始める。
「総司さん、ありがとう。本当に…本当に!
それと、総司さん…怪我、してない?
無事で良かった…良かったよォォ…!」
百合子は、レナを桃に任せると、総司に駆け寄ると、顔を見るなり、改めて泣き出した。
「おいおい、泣くなよ百合ちゃん。俺はこの通り、ピンピンしてるぜ!それと、お礼ならジャックさんと…ケミガワさんに言わないとな!」
「…え?」
「ああーーー何でもない、何でも!それより、早く帰ろう!きっとみんな、心配してるぞ。」
自らの失言に冷や汗をダラダラ流し、総司は必死に話題を変えた。
「…うん、そうね。おじいちゃんも鉄矢も、お腹空かせてるだろうし…早く夕ご飯の支度しないと。
あ、そうそう。おじいちゃんが迎えに来てくれるって!
桃ちゃんもレナちゃんも、一緒に帰ろうよ!」
スマホを確認した百合子の顔が、パッと華やぐ。
「ありがと。でも、私もパパが迎えに来てくれるって!」
目にほんのりと涙を浮かべながら、桃は微笑む。
だがしかし、対照的にどんよりとしている者が、ここに1人。
「アタシは…どうしよっかな。
あっ、でも…うん。
家族が来てくれるみたいだから、だいじょぶ。かなり時間かかるから…先に帰って!
アタシは1人でも…へいき。」
含みを帯びたレナの言葉に、一瞬の静寂が訪れる。その様子を、総司は後頭部をポリポリと掻き、バツが悪そうに眺めていた。
兄妹2人。
兄に迎えに来てもらおうにも、今はいろいろと都合が悪い。仮に自分の正体がバレようものなら、百合子たちにどんな印象を持たれるか、どんな扱いを受けるのか…。
そんな恐怖を覚えている。
少女は、かつて経験したことのない感情の波の押し寄せ方に胸を詰まらせ、つい百合子たちから目を背け、力無く自分の片肘を掴んでいた。
静寂を破ったのは、百合子であった。
百合子には、レナの戸惑う様子がまた違って見えたのだろう。
百合子は、涙腺が緩くなっていたためか、また震える声を絞り出すように、徐々に言葉を出し始めた。
「…そんなのダメだよ!
レナちゃん、危ない目にあったんだから、1人になんて…できないよ…!」
百合子は思わずレナに歩み寄り、両手で強く、レナの手を取る。
「そうだ!お迎えが来るまで、うちにおいでよ…!ここからそんなに…遠くないもん!
私、レナちゃんの分もご飯作るから…!
…何なら、泊まっていけばいいよ!ね?!」
消えて無くなってしまいそうなほどの温もりが、握られた手から震えと共に伝ってくる。
わからない。こんな時、自分は一体、どう答えればよいのかを。
「え、えぇっ、とぉ…。」
顔に似合わず意外と頑固な地球人に押され、意志が折れそうになるレナ。
だが、迎えなど来ない。
『バレるんじゃないか。胸元のバンキッシュはどうするんだ。うん、絶対バレる。
そもそも、他人の家にお呼ばれなどしたことなどない。』
そんな考えが、頭を掠める。
困惑に次ぐ困惑に終止符を打ったのは、またもや百合子の方であった。
その困り顔を見た百合子は我にかえり、強く握られたその手を、ハッと離した。
「…あ、ごめん…レナちゃんの都合も考えずに…。困らせちゃって…ごめん、ホントにごめんね…。私、私…。」
百合子は、泣きべそをかき始め、嗚咽までもを漏らし始めた。
誰が悪いでもなく、ただ百合子が感情を暴走させ、招いた事態。その事実に狼狽えて、そして人目も憚らず、顔も隠さず、その場で声にならない声を上げ、崩れた。
感情は、伝染する。
桃は蹲る百合子を気遣い、肩を抱く。ぐしゃぐしゃになった顔で。
総司も膝をつき、そっと肩に手を置いて、静かに語りかける。その優しさを、讃えるように。
そしてそれは、惑星間を遥かに飛び越えて、少女をも動かすこととなった。
「…いいんだよ…いいんだよ百合…
アタシ…すごく、嬉しい…!心配してくれて…嬉しいよ!!
ありがとぉぉぉ……!!」
レナは、気付けば百合子を強く抱きしめていた。
そしてそのまま、多くの気持ちを頬に伝わせ、まるで三姉妹のような揃いの表情で、味わったことのない、不思議な時を過ごす。
こんなに思い切り泣いたのは、いつぶりだろう。
目的もおぼつかないまま訪れた不慣れな惑星で、何故自分は、こんなに温かな気持ちに包まれているのだろう。
その理由は、今の自分には分からない。
だが、もしも許されるなら…その理由を、分かるようになりたい。
レナの唇は自然に動き、自然に言葉を発する。
「百合ィィ………
ご飯…食べに行っでも…いい゛がなぁ…。
アダシ…百合の作ったご飯…食べたい゛…!」
「見つけましたよ、ニュスペンソ。…わかりますね?逮捕です。」
ここは渋谷であって、渋谷でない場所。
何者かが作り出した、異空間の渋谷である。
ガッツたちが潜んでいる、無機質な異次元とはまた違う、街をそっくりそのままコピーしたかのような世界に、彼らはいた。
その暗い路地裏で、息も絶え絶えにうずくまるニュスペンソに、ジャックが小型の銃と、笑顔を向ける。
「ぐ、ぐぞ!なでおえ゛のばじょ…でが、こごがわがっだ?!」
「ははは、保安官の本気、ってやつですよ。
ベルダッグとやら、回収したのは失敗でしたね。追跡は楽チンでした。
…さて。
幽幻生命体が現れてから、あなた方がこの星に来るまで、いくらなんでも早すぎる。
…吐いてください。誰から情報を買ったんです?」
先ほどまでの笑顔と打って変わって、神妙な面持ちと口ぶりで、ニュスペンソに詰め寄る。
ジャックの、引き鉄に添えられたその指に、強い意志が込められているかのようであった。
「ぬ、ぬぬ゛。それば言えね゛ぇど。それにオい゛は、まだづかまんねぇ゛!!
…あ゛ばよ゛。」
そんな言葉を発したかと思うと、ジャックの糸目で瞬きをする間に、ニュスペンソの姿は忽然と消えた。何のエネルギー反応もなく、ゲートの類も現れず、文字通り「消えた」のである。
「何?!…この異空間から、さらに異次元転送だって…!
これは、かなり値の張るシステム…それに、モグモグ星には無い技術…。
想定内ではありますが…どうやらかなり厄介なのが後ろにいるようですね。」
ジャックは、異空の仄暗い天を見上げ、銃を下ろす。そして大きな溜め息をつくと、ゲートを開き、元の時空へと戻って行く。
その背中は、これから地球に降りかかるであろう、大きな災いに対する、不安。
そして、並々ならぬ覚悟が乗せられているかのでようであった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる