愛をこめてカンニバル

ムサキ

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第一話「食人と雷」

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「これが持つ者の責任だ」水の束と星々が辺りの魔法犯罪者を掃討していく。彼らのうつろな顔とは対照的に、そう言う男の顔ははっきりと前を見つめていた。「柊、これがお前の進むべき道だ」
 これは、魔法黎明期直後の物語である。そして、魔法を取り締まる魔導警備の隊員、柊このみと食人鬼カンニバルとの闘いの物語である。

――第一話「食人と雷」

 柊このみは、調整を終えた義手の動作確認をしている。体温では五指は意のままに動作する。ただ、この義肢は高温で動作する必要がある。
彼女は義手に取り付けられたボタンを押下する。それは、痛通機能の開始を合図し、彼女の脳髄には人工的な痛覚の信号が送られていく。それは、ヒリヒリ、チクチクなどと生易しいものでは無い。アナログではないからこそ、鋭角に立ち上がる、デジタルな痛みが彼女を襲う。このみは、その痛みに喪失を重ねる。そして、その元凶を思い浮かべ、脳の遥か後方で憎しみの炎を燃やす。
 右腕は徐々に熱を持ち、その鋼鉄の隙間から橙の光がにじみ出る。上に掲げ、下に振り下ろす。橙色の軌跡が描かれる。肘を横にする。掌を前に伸ばす。空に爪を立てる。回す。身体を支える。彼女の額に汗がにじむ…………
三十分経ち、このみは、動作を確認し終えたようで、床に置いておいたタオルで汗を丁寧にぬぐいながらシャワー室へと向かった。

このみが、爽やかな心地で廊下を歩いていると、突然、携帯端末がけたたましく鳴り響いた。見ると端末は赤い光を放っている。彼女は後ろ髪を乱暴に掻き、深くため息をつく。「なんだって休日に」

 現場は新宿。煌びやかな歌舞伎町。
「掃射開始!」東の精悍な声と共に、魔法式短機関銃『高波』から放たれた水の弾丸が放たれる。無数の水のビームが路地を埋め尽くす。密度の濃い弾幕。カンニバルはその身に無数の穴を穿たれる。心臓、肺臓、胃臓、肝臓、それらが在り得る部位にも致命的な穿孔が開き、それらの事実は、カンニバルの終わりを示していた。
「たいしたこと無いじゃないか」ある隊員はそうつぶやき。
「カンニバルが聞いてあきれる」と答え。
「ハリスが悲嘆にくれるよ」と冗談をこぼした。
ただ、それらの戯言に希望はない。カンニバルの身体は倒れない。無数の穿孔を刻まれた身体は、その場にゆらりと立っている。街灯はカンニバルとその血を黒く照らしている。だらりと肩から落ちた腕、手に黒い筋が描かれる。(蛹だ)と東は感じた。だから、その姿から目を離さなかった(離せなかった)。

「     」

 一瞬の出来事で、誰も理解することが出来なかった。一つの蛹はようやく羽を広げ、その場に雷鳴をとどろかせた。「理解できた」カンニバルはつぶやいた。
 現場責任は東にある。彼は未熟な隊員たちを退避させることに注力した。そんな中、直属の(優秀な)部下は、東の求めることをしてやった。
「ポインタ、オン」西城は告げ、彼の拳はカンニバルの胸に衝突する。ただ、彼の至らぬ膂力は、反力により彼の身体を後方へと吹き飛ばす。だが「スペード」と言う、彼の文句は、カンニバルの胸に鋭利な石の刃を突き立て、そして、貫いた。
「ポインタ、オン」西城は再び告げ、両手足の先で、カンニバルを嬲る。「スペード」石の刃は、いくつもの切創をカンニバルの身体に刻み込む。流れる血は、灰色の地面を黒く染める。だが、それでも致命傷ではないのだろう。おそらく、きっと。
「あれ、もう終わってるの?」このみがのんきに声をかけると、西城は振り向き、こう言う。
「終わったように見えますか?」
「うん」このみは答える。「だって、あいつの魔力はこれくらいしか残っていないから」指の先で小さな隙間をつくる。「再生持ちだから、魔力切れが激しいんでしょ。タカナミと西城のコウガで与えた致命傷を回復させようってんだから、そりゃ相当の魔力を使うでしょうね」
「そうですか、よかった」
「あんたらも、見えたらいいのにねぇ」このみは嘲るように言う。「いや、見えなくていいかもしれないわ。相手の状態を知らないことが、必要以上に嬲る言い訳になるじゃない」
「ぼくは加虐性の高い人間ではないので」
「あなたの問題じゃない」
「わかっていますよ」西城は退避した隊員の群れに目を向ける。魔法災害孤児はそこら中にいる。在りし日の治安国家は魔法に侵され、現在の犯罪率は米国にそれに匹敵している。特に魔法関連の犯罪は後を絶たない。発現者の数だけ犯罪があると言っていいだろう。

「痛み」カンニバルはつぶやく。血液交じりの声がコンクリートに染み入る。「回復には魔力が足りない」
「だから?」このみはカンニバルの前に立ちふさがる。アレは『だから、人を喰う』のだろう。ボタンを押下する。
「あなたは、美味しそう」カンニバルは言う。咢から血が垂れ、赤は一つの軌跡を描く。カンニバルはこのみに突進していた。
 魔力を用いた物理的障壁――基本的な魔力操作術。このみは反射的に壁をつくったが、それはすべての衝撃を受け止め崩壊する。このみとカンニバルの間、1メートル。このみは右手の平をカンニバルに向けて口を開く。「発火」
 手の平から火花が散り、やがて大火となり、カンニバルの腹部を突き抜ける。「痛み」カンニバルはつぶやく。その声はこのみの背後から聞こえる。「彼らはまずい」カンニバルの頭部は宙を駆け、隊員たちの肉を喰らっていった。「だが、喰らうしかない」腹部を食いちぎられている。臓物が垂れている。痛みに泣く顔は赤く染まる。隣人は愛なく頭部を喰われ、脳髄は瞬く間に吸収される。「まずい」身体が再生した。
 大地が揺れる。
「ダイヤ」石塊が、カンニバルと肉塊へと向かって飛んでいく。
「発火」熱波が、カンニバルと肉片へと向かって飛んでいく。
(喰っておいてまずいはないだろ)「外道が!」水の束がカンニバルの眼を貫く。隊員の退避を終え、東が戻ってきていた。「柊、属性相性はお前の方がいいんだろ?」
「知らないわよ!」カンニバルの身体は焼け焦げたところで再生する。
「物理的な攻撃、の方が効いている気がします」
「じゃあ、柊、お前が剣を持て」
「確かにそれが一番いいかと」
「はいはい」このみは、その場に落ちていた魔法武器を手に取る。「懐かしいわね」刃に熱が伝わる。鈍く赤く光る刃は、赤黄色の軌跡を描いて、カンニバルの両足を切り落とす。切断面は熱溶着によって再生を妨げられている。「痛み」カンニバルは「もどかしさ」を感じる。
「彼だけは返してもらう」カンニバルはつぶやき、両手でコンクリートを蹴る。「まだ彼を理解しきれていない」ブルーシートの奥には被害者がいる。
「柊!」
「発火!」焔の刃はカンニバルの胴を二つに分かつ。しかし、カンニバルの口蓋は『彼』の身体へとたどり着いていた。
「あぁ、美味しい」ぐちゃり、と耳障りな音が聞こえた途端、雷光が路地を埋め尽くし、カンニバルの姿はなくなっていた。

 カンニバルは命からがら彼らの手から抜け出した。その身体は月明かりに輝く。「雷、刺激、裏切り、彼の人生」舌なめずり。何とか再生できた右足だけで、ビルの上を闊歩し、自宅のベランダへと倒れこむ。「彼女も美味しそうだった」
 ガラス戸を開け自室に入ると、一目散に冷蔵庫の扉に手をかけた。「おなかすいたぁ」タッパー詰められたピンク色の肉が、家畜のものでは無いことは明らかであった。肉の一切れ一切れを口に放り込むたびに、カンニバルの頭には容姿美麗な男の顔が浮かんでいた。ただ、彼は誰でもない。彼女に愛されているわけではない。カンニバルに愛されているわけでもない。ただ、彼女の趣向に合い、カンニバルの味覚に合ったのだけだ。
 彼女は両手を天に伸ばす。「あぁ! 素晴らしいわ、愛した味だわ、幸福だわ」口元から、赤黒い血がこぼれ、白い肌を舐めるように伝っていく。柔らかな頬、細い首、デコルテ、豊かな乳房。そして、乳首の先からぽたりと垂れる。
落ちた雫は、フローリングに綺麗な文様を描いた。
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