愛をこめてカンニバル

ムサキ

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第四話「願いと祈り」

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――第四話「願いと祈り」

 会議が終わり、対処方針が決まったところで、彼らの仕事は一度止まった。これから一日をかけて、本社法務部が国に掛け合い、戸山地区における魔法使用の許可を取る。これは、新宿区西早稲田から大久保までが特別学区であるがゆえに必要な措置であった。
「厄介な所に逃げ込みやがる」東はとある地下室にいた。「なぁ、お前は千里眼を持っているのか、それとも、抜群の勘を持っているのか、どっちなんだ?」
「うーん、東さんはどっちだと思いますか?」
「そういう面倒くさい女みたいなこと言うんだな」
「それ、ポリコレ違反ですよ」影は言う。「さっき、柊さんに答えを求めたのは、配慮していたからじゃないんですか? もしかしてぼくの前では、配慮しなくてもいいと思っているとか」
「あぁ、いいだろ? お前はそもそもプライバシーの侵害の塊なんだから」
「ひどいなぁ、そんなことしていないですよ」
「じゃあ、なんでわかったんだ? こればかりは、勘では説明がつかない。お前の指示は占星術や八卦とは違う、具体的で明確なモノだった」(そう、時刻、場所が明確に指定されていた!)「これは魔法で説明がつくのか? 答えろ、御堂」
「ねぇ、東さん。本当に知りたいですか?」御堂は不敵な笑みを浮かべながら光の下に姿を見せる。「世の中には知らなくっても……」
「あぁ、いいことがあるっていうんだろ、聞き飽きたわ、お前のその科白。この際、言うけどな、俺だって知るべきことの区別くらいついているさ。お前よりも人生経験が長いんだからな。だから答えろ、お前の魔法はなんだ? どうして、カンニバルの居場所が分かった?」
 御堂は口角を吊り上げて東を見上げる。「ふへっ」
「何が面白い」
「丸腰でカンニバルの前に立って、おびえていた東さんがそんな意気込んでもねぇ」
「御堂…!」東は眉間にしわを寄せ、拳を握りしめる。顎の筋肉がこわばる。(怒り)東は思う。(目を閉じろ)目を閉じる。(息を深く吸え)息を深く吸う。(息を深く吐け)息を深く吐く。(目を開けろ)目を開ける。「お前の安い挑発なんかに乗るかよ。俺は自分の命が惜しいんだ。こういう臆病な奴がトップに立つんだ。責任を取るためにな」
 御堂は東の顔を見て目を細めて声を出さずに笑った。「さすが、第一班の班長兼警備部副部長殿。それなら、ぼくの魔法についても責任を持って知っていただこう」
「ぼくの魔法、その概要は……」

・・・

「手に触れたモノの所有者がわかるなんて、スゲーじゃん」藍原はそう言ってぼくを励ましてくれた。社会が魔法発現者に寛容になったとはいえ、魔法災害が起きると、ぼくらへの風当たりは強くなる。この間の「笛吹男(パイドパイパー)事件」でもそうだ。魔法とは未知であるからこそ、使えない人間は必要以上に恐れてしまう。いまだに魔素を用いたデバイスが民生化されないのも、こういった風潮があるからだろう。
 郵便ポストに、反魔法組織のチラシが入っている。どの部屋にも届けられているとはいえ、苛立ちを隠せない。(ぼくだって、好きで発現したわけじゃない)メメは、チラシを小さく丸めて、投函者の下へと飛ばした。
「ただいま」部屋の明かりをつけても、誰も迎えてはくれない。(藍原)メメはカバンを床に置き、手を洗う。冷蔵庫からタッパーを取り出して中身を皿に盛り付ける。(藍原は何をしているだろうか?)そう思うと、彼はどうしようもなく切なくなった。(もしかして、女と会っているのではないだろうか)そう思うと、確かめずにはいられなかった。
 彼は箪笥の上に置かれた一本のペンを手に取った。彼の脳裏には彼が部屋で自慰行為におよんでいる姿が映った。彼のその生理的欲求はメメの心を複雑にさせた。(誰を思っているのだろうか)そう思うと、気分が浮き、沈んだ(喉の奥が焼けるように熱い、胸が締め付けられる、腹の奥が熟れた果実のように柔らかくなる)。その後、彼は何を思ったか、あの財布を手に取った。
「あなたは、美味しそう」彼女の目に映るこのみは確かに美しかった。彼女の肩に印された『MSP』の文字がメメの頭に残った。

 学部四年生が一日を空けることはそう難しくなかった。それを友人に強いることも容易であった。「来てくれてありがとうね、藍原」
「メメが脅すからだろう? どうしたって魔導警備なんだよ」藍原は苛立たし気に頭を掻く。「俺、あんまりこの会社好きじゃないんだよね、なんていうか、国との癒着とか、黒い噂聞くしさ、魔法権力の集中とか、いろんな問題を抱えているじゃん」
「でも、魔法犯罪に対処できるのは魔導警備だけだよ?」
「国営化していない組織がそれを行うのが問題だと思うんだよ、俺は」
「ここにしか頼るしかないんだ」メメが意気込んで一歩踏み出すと、後ろから肩を叩かれた。
「どうした? 少年」このみが声をかける。「頼るしかないって、君の魔法のことか?」
「え」メメは恐る恐る後ろを振り向き、その顔を認めると目を輝かせた。「あ! あの隊員さん!」
「え」このみは虚を突かれ、こわばった笑みを浮かべた。が、すかさず外部対応の顔に切り替えて口を開く。「ともかく、こっちにおいで、あなたはここでは目立つから」そうメメの肩に手をやって誘導しながら、藍原にも目を向ける。「あなたも来なさい。お友達なんでしょう?」久しぶりに口に出す文言は彼女に娘を思い出させた。

 応接間は三人で使うには広すぎた。このみは、戌井らとの外回りから帰ってきたばかりで少し疲れていた。
「それで、うちに何の用があったの?」
「えと、いま、魔導警備は人を食べる魔法犯罪者を追っていますね」メメは単刀直入に言う。このみは無表情のまま、彼の瞳を見返す。それがハッタリではない、とわかる。
「えぇ、あなたたちはその事件に関する情報を持っているのかしら?」
「はい」メメは鞄から袋に入れられた財布を取り出す。「これが証拠です」
 このみは、それを認識して、ゆっくりと手を伸ばした。ジッパーを開き、財布を手に取る。勿論、彼女の手には手袋がはめられている。中身を机の上に出す。そのすべての所作を、メメらはじっくりと眺めている。
 総額数千円の現金の他に、運転免許証、『河辺レーザ』という会社の入館証、国民総背番号カード。これらすべての身分証明書が、その財布の所有者を双葉コウジであるとする。
「これが、何の証拠になるの?」
「それは、ぼくの魔法が関係していて」メメは少し自信なさげに言う。彼は自らの魔法のことについて他人に話すことに慣れていない。「ぼくの魔法は……」
 その後の会議で、再び『双葉コウジ』の名前を見たこのみは驚かずにはいられなかった。(彼の言っていたことは間違っていなかった……!)

「取り合ってくれなかったな」
「うん」メメは落ち込んでいた。

「くそ、電話番号でも聞いておけばよかった」このみは奥歯をかみしめる。(サイコメトリーの魔法なんて珍しいんだから、普通データベースに登録されていると思うじゃない? なんで、こういう時に限って彼は未登録者なのよ……)

「じゃあな、メメ。別にお前が解決する問題じゃないんだから、落ち込むなよ」
「うん、ありがとう、じゃあね、藍原」メメは手を振る。藍原の後ろ姿につぶやく。じゃあねとつぶやく。

 このみはあと一日、メメが何もしないことを祈った。
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