愛をこめてカンニバル

ムサキ

文字の大きさ
6 / 9

第六話「愛と」

しおりを挟む
――第六話「愛と」

現場についたこのみは、その異質な光景に目を奪われた。砂利は黒く染まり、電灯が不愉快な咀嚼音を照らしている。(小柄な女? いや、あの後ろ姿は、私が)
「何をしている」このみは腰に手を当てて言う。影はちらりとこちらを向くが、彼女の発言を意に介していない。「魔法対策基本法に則り、武力行使に移る」彼女は抜刀し、影との距離を詰める。
このみが街灯に照らされた途端「邪魔をするな!」と影が叫び、雷光が放射状に放たれた。「おまえも俺から藍原を奪うのか」
「ちがう」このみは彼の手に彼の手が握られているのを見た。左手は右手と固く結ばれており、右手は左手をわしづかみにしている。そして左手には食まれた跡がある。「ただ、何をしているか聞いたの」
「愛している」カンニバルの声が夜空に吸い込まれるまで、このみは理解が出来なかった。いや、いくら時間が経っても理解することは出来なかった。
「食べているんでしょ、それは誰の肉なの?」
「食べ……? あんた、よくわからないことを聞くわね」
「一体、何があったの? 君は、あの時の男の子じゃないの?」
「あぁね、そうだよ。おねぇさん。ぼくは、あの時、そう、あなたはぼくに取り合ってはくれなかった。だから、ぼくはひとりで。でも、感謝しているよ。あなたが突き返してくれたから、ぼくは藍原と一つになれるんだ」そう言って、左腕の一部を嚙みちぎって咀嚼する。
 このみは右手を下ろして言う。「よくわからないわ」
「そうだろうね、君たちには理解できない話だ」
「えぇ、それでも、あなたが人を殺めたことは事実でしょう?」
「そうだね」
「なら、私はあなたを捕まえるしかない」
「そうだ。おねぇさんは魔導警備の人間で、ぼくらは魔法犯罪者だ。おねぇさんがぼくらを捕まえようとすることは、なにもおかしい事じゃない。ただ、捕まえることが出来れば、の話だけどね」
「あぁ、犯罪者がなにか言っている」
「言っておくけれど、あなたに出来ることは何もないよ。あなたが出来たことも何もない」
 このみの身体は吸い込まれるようにカンニバルのもとへと飛んで行った。右の拳を突き出し、焔を纏いながら突進していく姿は彗星のようだった。カンニバルは、様子を見るかのように、左手でそれを受け止める。末端の組織から炭化していく。カンニバルは思う(これは焔以上のなにものでもない。ただの焔である)と。このみの熱はカンニバルの左腕の表層を焦がし、筋線維をはじめとした蛋白を変性させる。しかし、それはカンニバルにとっては、ささくれを剥かれたようなものだった。
「焔の魔法使いにしては、冷めた目をしているわね」カンニバルはこのみの身体を押し返す。彼女は宙を舞い、焔の残渣と共に大地に降りる。
「外れ値ってこと」このみは左に差した魔道具を引き抜く。西城の魔道具と同様の原理で造られたそれは、柄だけのものであり、釦を押すと二尺程度の土の刃が形成される。このみはそれに焔を纏わせる。「私は元々、人間だったの」
「なるほど、私も元々人間だったわ。私は真実の子供として生まれた。白い身体に平和への祈りが込められていた。けれど、私は人間だった。だから、様々なものを見て、聞いて、知った。特に、この数年間はとても多くの物事を知ることが出来た。人間の中身のことについて」
(時間稼ぎはカンニバルにとって不利なはず……この話には乗るべきだ)
「人間の中身のことって、身体的な話? それとも精神的な話?」
「精神的な話よ、もちろん。だって、身体なんて飽きるほど見てきたのだから。けれど、精神は最近まで見ることが出来なかった。それは私が人間だったから」
「あなたは何なの?」
「私は……」告げようとした途端、カンニバルの顔がこわばる。ガタガタと震え、鋭利な牙が金属音を立てる。(お前はアミタイの子である)カンニバルの頭に若い男の声が響く。どこかで聞いたことのある声だった。[……]カンニバルは一瞬、自我を失った。彼の言葉は父に奪われた。
 このみは、カンニバルの身に起きた異変を感じ取りながら身体を動かすことが出来なかった。カンニバルのある種、神聖な魔力に圧倒されていた。その身体の硬直は戦場での命取りになる。カンニバルは再び動く。カンニバルの刃は、このみの胸元へ突き刺さろうとしている。

 このみは、その黒い爪を見ている。

そして、死を思う(ようやく、あなたたちのもとへ行ける)。夫のことを思い(寂しかった)。娘のことを思う(愛している)。

それは、彼女にとっての救いだった。彼女はいつまでも死ぬ場所を探していたのだ。それは、彼女の強さの所為で、どれほど求めても得ることの出来ないものであった。それは、砂上の水であり、机上の宙であった。ただ、この度、彼女の目の前に水や星の気配が見えたのだ。そしてそれが、身を委ねるだけで得られるというのであれば、どうして抗おうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

Re:コード・ブレイカー ~落ちこぼれと嘲られた少年、世界最強の異能で全てをねじ伏せる~

たまごころ
ファンタジー
高校生・篠宮レンは、異能が当然の時代に“無能”として蔑まれていた。 だがある日、封印された最古の力【再構築(Rewrite)】が覚醒。 世界の理(コード)を上書きする力を手に入れた彼は、かつて自分を見下した者たちに逆襲し、隠された古代組織と激突していく。 「最弱」から「神域」へ――現代異能バトル成り上がり譚が幕を開ける。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...