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第六話「愛と」
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――第六話「愛と」
現場についたこのみは、その異質な光景に目を奪われた。砂利は黒く染まり、電灯が不愉快な咀嚼音を照らしている。(小柄な女? いや、あの後ろ姿は、私が)
「何をしている」このみは腰に手を当てて言う。影はちらりとこちらを向くが、彼女の発言を意に介していない。「魔法対策基本法に則り、武力行使に移る」彼女は抜刀し、影との距離を詰める。
このみが街灯に照らされた途端「邪魔をするな!」と影が叫び、雷光が放射状に放たれた。「おまえも俺から藍原を奪うのか」
「ちがう」このみは彼の手に彼の手が握られているのを見た。左手は右手と固く結ばれており、右手は左手をわしづかみにしている。そして左手には食まれた跡がある。「ただ、何をしているか聞いたの」
「愛している」カンニバルの声が夜空に吸い込まれるまで、このみは理解が出来なかった。いや、いくら時間が経っても理解することは出来なかった。
「食べているんでしょ、それは誰の肉なの?」
「食べ……? あんた、よくわからないことを聞くわね」
「一体、何があったの? 君は、あの時の男の子じゃないの?」
「あぁね、そうだよ。おねぇさん。ぼくは、あの時、そう、あなたはぼくに取り合ってはくれなかった。だから、ぼくはひとりで。でも、感謝しているよ。あなたが突き返してくれたから、ぼくは藍原と一つになれるんだ」そう言って、左腕の一部を嚙みちぎって咀嚼する。
このみは右手を下ろして言う。「よくわからないわ」
「そうだろうね、君たちには理解できない話だ」
「えぇ、それでも、あなたが人を殺めたことは事実でしょう?」
「そうだね」
「なら、私はあなたを捕まえるしかない」
「そうだ。おねぇさんは魔導警備の人間で、ぼくらは魔法犯罪者だ。おねぇさんがぼくらを捕まえようとすることは、なにもおかしい事じゃない。ただ、捕まえることが出来れば、の話だけどね」
「あぁ、犯罪者がなにか言っている」
「言っておくけれど、あなたに出来ることは何もないよ。あなたが出来たことも何もない」
このみの身体は吸い込まれるようにカンニバルのもとへと飛んで行った。右の拳を突き出し、焔を纏いながら突進していく姿は彗星のようだった。カンニバルは、様子を見るかのように、左手でそれを受け止める。末端の組織から炭化していく。カンニバルは思う(これは焔以上のなにものでもない。ただの焔である)と。このみの熱はカンニバルの左腕の表層を焦がし、筋線維をはじめとした蛋白を変性させる。しかし、それはカンニバルにとっては、ささくれを剥かれたようなものだった。
「焔の魔法使いにしては、冷めた目をしているわね」カンニバルはこのみの身体を押し返す。彼女は宙を舞い、焔の残渣と共に大地に降りる。
「外れ値ってこと」このみは左に差した魔道具を引き抜く。西城の魔道具と同様の原理で造られたそれは、柄だけのものであり、釦を押すと二尺程度の土の刃が形成される。このみはそれに焔を纏わせる。「私は元々、人間だったの」
「なるほど、私も元々人間だったわ。私は真実の子供として生まれた。白い身体に平和への祈りが込められていた。けれど、私は人間だった。だから、様々なものを見て、聞いて、知った。特に、この数年間はとても多くの物事を知ることが出来た。人間の中身のことについて」
(時間稼ぎはカンニバルにとって不利なはず……この話には乗るべきだ)
「人間の中身のことって、身体的な話? それとも精神的な話?」
「精神的な話よ、もちろん。だって、身体なんて飽きるほど見てきたのだから。けれど、精神は最近まで見ることが出来なかった。それは私が人間だったから」
「あなたは何なの?」
「私は……」告げようとした途端、カンニバルの顔がこわばる。ガタガタと震え、鋭利な牙が金属音を立てる。(お前はアミタイの子である)カンニバルの頭に若い男の声が響く。どこかで聞いたことのある声だった。[……]カンニバルは一瞬、自我を失った。彼の言葉は父に奪われた。
このみは、カンニバルの身に起きた異変を感じ取りながら身体を動かすことが出来なかった。カンニバルのある種、神聖な魔力に圧倒されていた。その身体の硬直は戦場での命取りになる。カンニバルは再び動く。カンニバルの刃は、このみの胸元へ突き刺さろうとしている。
このみは、その黒い爪を見ている。
そして、死を思う(ようやく、あなたたちのもとへ行ける)。夫のことを思い(寂しかった)。娘のことを思う(愛している)。
それは、彼女にとっての救いだった。彼女はいつまでも死ぬ場所を探していたのだ。それは、彼女の強さの所為で、どれほど求めても得ることの出来ないものであった。それは、砂上の水であり、机上の宙であった。ただ、この度、彼女の目の前に水や星の気配が見えたのだ。そしてそれが、身を委ねるだけで得られるというのであれば、どうして抗おうか。
現場についたこのみは、その異質な光景に目を奪われた。砂利は黒く染まり、電灯が不愉快な咀嚼音を照らしている。(小柄な女? いや、あの後ろ姿は、私が)
「何をしている」このみは腰に手を当てて言う。影はちらりとこちらを向くが、彼女の発言を意に介していない。「魔法対策基本法に則り、武力行使に移る」彼女は抜刀し、影との距離を詰める。
このみが街灯に照らされた途端「邪魔をするな!」と影が叫び、雷光が放射状に放たれた。「おまえも俺から藍原を奪うのか」
「ちがう」このみは彼の手に彼の手が握られているのを見た。左手は右手と固く結ばれており、右手は左手をわしづかみにしている。そして左手には食まれた跡がある。「ただ、何をしているか聞いたの」
「愛している」カンニバルの声が夜空に吸い込まれるまで、このみは理解が出来なかった。いや、いくら時間が経っても理解することは出来なかった。
「食べているんでしょ、それは誰の肉なの?」
「食べ……? あんた、よくわからないことを聞くわね」
「一体、何があったの? 君は、あの時の男の子じゃないの?」
「あぁね、そうだよ。おねぇさん。ぼくは、あの時、そう、あなたはぼくに取り合ってはくれなかった。だから、ぼくはひとりで。でも、感謝しているよ。あなたが突き返してくれたから、ぼくは藍原と一つになれるんだ」そう言って、左腕の一部を嚙みちぎって咀嚼する。
このみは右手を下ろして言う。「よくわからないわ」
「そうだろうね、君たちには理解できない話だ」
「えぇ、それでも、あなたが人を殺めたことは事実でしょう?」
「そうだね」
「なら、私はあなたを捕まえるしかない」
「そうだ。おねぇさんは魔導警備の人間で、ぼくらは魔法犯罪者だ。おねぇさんがぼくらを捕まえようとすることは、なにもおかしい事じゃない。ただ、捕まえることが出来れば、の話だけどね」
「あぁ、犯罪者がなにか言っている」
「言っておくけれど、あなたに出来ることは何もないよ。あなたが出来たことも何もない」
このみの身体は吸い込まれるようにカンニバルのもとへと飛んで行った。右の拳を突き出し、焔を纏いながら突進していく姿は彗星のようだった。カンニバルは、様子を見るかのように、左手でそれを受け止める。末端の組織から炭化していく。カンニバルは思う(これは焔以上のなにものでもない。ただの焔である)と。このみの熱はカンニバルの左腕の表層を焦がし、筋線維をはじめとした蛋白を変性させる。しかし、それはカンニバルにとっては、ささくれを剥かれたようなものだった。
「焔の魔法使いにしては、冷めた目をしているわね」カンニバルはこのみの身体を押し返す。彼女は宙を舞い、焔の残渣と共に大地に降りる。
「外れ値ってこと」このみは左に差した魔道具を引き抜く。西城の魔道具と同様の原理で造られたそれは、柄だけのものであり、釦を押すと二尺程度の土の刃が形成される。このみはそれに焔を纏わせる。「私は元々、人間だったの」
「なるほど、私も元々人間だったわ。私は真実の子供として生まれた。白い身体に平和への祈りが込められていた。けれど、私は人間だった。だから、様々なものを見て、聞いて、知った。特に、この数年間はとても多くの物事を知ることが出来た。人間の中身のことについて」
(時間稼ぎはカンニバルにとって不利なはず……この話には乗るべきだ)
「人間の中身のことって、身体的な話? それとも精神的な話?」
「精神的な話よ、もちろん。だって、身体なんて飽きるほど見てきたのだから。けれど、精神は最近まで見ることが出来なかった。それは私が人間だったから」
「あなたは何なの?」
「私は……」告げようとした途端、カンニバルの顔がこわばる。ガタガタと震え、鋭利な牙が金属音を立てる。(お前はアミタイの子である)カンニバルの頭に若い男の声が響く。どこかで聞いたことのある声だった。[……]カンニバルは一瞬、自我を失った。彼の言葉は父に奪われた。
このみは、カンニバルの身に起きた異変を感じ取りながら身体を動かすことが出来なかった。カンニバルのある種、神聖な魔力に圧倒されていた。その身体の硬直は戦場での命取りになる。カンニバルは再び動く。カンニバルの刃は、このみの胸元へ突き刺さろうとしている。
このみは、その黒い爪を見ている。
そして、死を思う(ようやく、あなたたちのもとへ行ける)。夫のことを思い(寂しかった)。娘のことを思う(愛している)。
それは、彼女にとっての救いだった。彼女はいつまでも死ぬ場所を探していたのだ。それは、彼女の強さの所為で、どれほど求めても得ることの出来ないものであった。それは、砂上の水であり、机上の宙であった。ただ、この度、彼女の目の前に水や星の気配が見えたのだ。そしてそれが、身を委ねるだけで得られるというのであれば、どうして抗おうか。
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