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決定的な亀裂が入ったのは、貴族院に入学してからだった。この国では、15歳から3年間、貴族は入学を義務付けられている。
そこで、殿下は出逢ってしまったのだ。マリエル=アドリエ子爵令嬢と。
傍にいた私は、フィリク殿下が恋に落ちるのを、見てしまった。緩く波打つ金の髪、人を魅了するような大きなオレンジの瞳に、屈託のない笑顔に、心奪われるのを。
惚けていたのは一瞬で、気付いたのもおそらく私だけであっただろう。その場は上手く取り繕った殿下に、気のせいであってほしいと思っていた。願っていた。
けれど、それからも、彼女を見かけるたびに無意識に追っている視線が、何かを言いたげな目が。向ける切なそうな目が、何より殿下の恋情を物語っていた。
決して私に向けられることのない、熱の籠った焦がれる瞳。
間近で見せつけられるたび、全身を氷で浸されたようだった。同時に、針で刺すような痛みが私を襲う。殿下に対する思いの深さの分だけ、痛みは増していく。
婚約者としての義務は果たされている。月に2度のお茶会。夜会のエスコート、折に触れての贈り物、手紙。
かの令嬢に接触したり、私を避けたり、遠ざけたりなど、露骨な行動をしているわけでもない。
私への態度は、今までと変わらない。何も、変わらないのだ。
定例のお茶会は、王城の四阿で行われる。決まった日の決まった時間に。
教育の進捗や学園のこと、国の情勢など、殿下との会話はいつしか事務的なものとなってしまった。ため息を堪えて笑顔を浮かべる。感情の制御は真っ先に教わることなのに、憂鬱な顔が表に出そうになる。
美味しいはずのお茶も、あまり味を感じない。
「学園と言えば、今期からアドリエ嬢が生徒会に入ることになる」
「…っ」
動揺のあまりティーカップを持つ手が震えた。取り落とさなかっただけ、まだよかったというべきか。
私の反応が気に障ったのだろう、僅かに険を帯びた殿下の咎めるような声が鋭く貫く。
「成績優秀者が加入するのは自然なことだが、何か問題でもあるのかな?」
「いえ…」
言葉少なに否定するも、視線の鋭さは緩まない。
学園の生徒会は、生徒会長を代々王族が務め、メンバーには婚約者と、あとは成績によって選出される。確かに、かの令嬢は学年5位以内に入っていて、加入条件にも当てはまっている。
何も驚くことではなかったのに、急に出てきた殿下の想い人の名前に、咄嗟に揺らいでしまったのは私のミスだ。
「君が何を憂慮しているのかは分かっている」
気付かれていることに気付いてはいたが、言葉にされるとは思わず、真意を測るべく殿下を真っすぐに見据える。
「君とはいずれ、結婚しなければならない」
「…それは」
あくまでも政略結婚で、殿下の意思ではないと。義務でしかないと、おっしゃるのですね。
「責務を忘れたわけではない。だが」
心は自由だと。
想うことだけは好きにさせてくれ。
「……」
義務は忘れず果たす。在学中くらいは、せめて自由にさせてくれと言われ、私に何が言えただろう?
私、私は。
殿下をお慕いしています。婚約者だからではなく、殿下が王族でなくても、あなたが好きです。
あなたの志を、国と民を思う心を、支えたいと。
必死に勉学に励んできました。あなたの隣に立つのに、相応しくあるために、必死に努力してきました。
でも私のこの想いは、殿下の負担にしか、ならないのですね。
あなたはそれをお望みではないのですね。
私の金の髪に青の瞳。アドリエ嬢とそれほど違いがありますか?
何故、私では駄目なのですか?
私の何が、悪かったのでしょうか?
私の想いは、それほど疎んじられるものでしたか…?
聞けない問いが、降り積もっていく。
そこで、殿下は出逢ってしまったのだ。マリエル=アドリエ子爵令嬢と。
傍にいた私は、フィリク殿下が恋に落ちるのを、見てしまった。緩く波打つ金の髪、人を魅了するような大きなオレンジの瞳に、屈託のない笑顔に、心奪われるのを。
惚けていたのは一瞬で、気付いたのもおそらく私だけであっただろう。その場は上手く取り繕った殿下に、気のせいであってほしいと思っていた。願っていた。
けれど、それからも、彼女を見かけるたびに無意識に追っている視線が、何かを言いたげな目が。向ける切なそうな目が、何より殿下の恋情を物語っていた。
決して私に向けられることのない、熱の籠った焦がれる瞳。
間近で見せつけられるたび、全身を氷で浸されたようだった。同時に、針で刺すような痛みが私を襲う。殿下に対する思いの深さの分だけ、痛みは増していく。
婚約者としての義務は果たされている。月に2度のお茶会。夜会のエスコート、折に触れての贈り物、手紙。
かの令嬢に接触したり、私を避けたり、遠ざけたりなど、露骨な行動をしているわけでもない。
私への態度は、今までと変わらない。何も、変わらないのだ。
定例のお茶会は、王城の四阿で行われる。決まった日の決まった時間に。
教育の進捗や学園のこと、国の情勢など、殿下との会話はいつしか事務的なものとなってしまった。ため息を堪えて笑顔を浮かべる。感情の制御は真っ先に教わることなのに、憂鬱な顔が表に出そうになる。
美味しいはずのお茶も、あまり味を感じない。
「学園と言えば、今期からアドリエ嬢が生徒会に入ることになる」
「…っ」
動揺のあまりティーカップを持つ手が震えた。取り落とさなかっただけ、まだよかったというべきか。
私の反応が気に障ったのだろう、僅かに険を帯びた殿下の咎めるような声が鋭く貫く。
「成績優秀者が加入するのは自然なことだが、何か問題でもあるのかな?」
「いえ…」
言葉少なに否定するも、視線の鋭さは緩まない。
学園の生徒会は、生徒会長を代々王族が務め、メンバーには婚約者と、あとは成績によって選出される。確かに、かの令嬢は学年5位以内に入っていて、加入条件にも当てはまっている。
何も驚くことではなかったのに、急に出てきた殿下の想い人の名前に、咄嗟に揺らいでしまったのは私のミスだ。
「君が何を憂慮しているのかは分かっている」
気付かれていることに気付いてはいたが、言葉にされるとは思わず、真意を測るべく殿下を真っすぐに見据える。
「君とはいずれ、結婚しなければならない」
「…それは」
あくまでも政略結婚で、殿下の意思ではないと。義務でしかないと、おっしゃるのですね。
「責務を忘れたわけではない。だが」
心は自由だと。
想うことだけは好きにさせてくれ。
「……」
義務は忘れず果たす。在学中くらいは、せめて自由にさせてくれと言われ、私に何が言えただろう?
私、私は。
殿下をお慕いしています。婚約者だからではなく、殿下が王族でなくても、あなたが好きです。
あなたの志を、国と民を思う心を、支えたいと。
必死に勉学に励んできました。あなたの隣に立つのに、相応しくあるために、必死に努力してきました。
でも私のこの想いは、殿下の負担にしか、ならないのですね。
あなたはそれをお望みではないのですね。
私の金の髪に青の瞳。アドリエ嬢とそれほど違いがありますか?
何故、私では駄目なのですか?
私の何が、悪かったのでしょうか?
私の想いは、それほど疎んじられるものでしたか…?
聞けない問いが、降り積もっていく。
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