砕けた愛

篠月珪霞

文字の大きさ
12 / 30

12.事態

しおりを挟む
嫌がらせは依然なくならず、むしろエスカレートしていく。
食堂で水をかけられたり、足をひっかけられたり、エヴリーヌに直接、小さいながらも害を及ぼすようなものに。
時折、呼び出しもあり、嫌みと皮肉をただ耐えてみせたりしていた。
そして定期試験をほどよく手を抜き、結果が出た頃だった。
決定的な事件が起きたのは。

そのとき、エヴリーヌは何人かのクラスの令嬢たちと次の授業のために移動していた。
前方からも同じように移動中の生徒たちに、すれ違ったのだが。
階段を下りる最中、どんっ!と背中に衝撃が走った。

「…っ!!」

1階から2階に続く広い中央階段は、それなりに段数がある。
無防備なまま転げ落ちたエヴリーヌに、令嬢たちが悲鳴を上げるのを痛みの中聞いた気がした。












「気が付いたかい、エヴリーヌ」
「ここは…」

意識が戻ると、心配そうなクロヴィスが見ていた。

「医務室だよ。…何があったか覚えているか?」
「…ああ」

誰かに押されて、階段を落ちたのだ。記憶は混濁したりしていない。はっきり覚えている。
身を起こそうとして、僅かに痛みが走った。

「無理はしない方がいい。軽い打撲と捻挫らしい」
「そうですか…」

落ちたのが上段からでなくて幸いだったというべきか。おそらくそれほどの傷は負っていないし、後遺症が残るものでもない。
多少の護身術を、前世含めて習っていることも功を奏したのだろう。
エヴリーヌは護衛対象ではあるが、習っているのといないのとでは、咄嗟の動きに差が出る。命を拾うのは、そういった努力の積み重ねからくるものもあるのだ。

「ずっと嫌がらせがあったと聞いた。何故、対処しなかったんだ?」

責める響きはなかったものの、クロヴィスの疑問は尤もだ。公爵家の権力などなくとも、解決など容易い。エヴリーヌの裁量で十分可能である。

「まさかここまでするとは思わず…」

ある意味本音で、ある意味偽りの答え。
クロヴィスはそれに、溜息で反応する。

「実に甘い考えと言わざるを得ないな。欲にかられた貴族の手口がどんなものか、学んでいないのかい?」
「…申し訳ございません…」

クロヴィスの学びはこの場合、学業という意味ではもちろんない。高位貴族ならば、幼い頃から身につけさせられるものだ。
人の善意も悪意も、等しく人の思惑というものを。それが正か負かの差があるだけで。
医務室の寝台で静かに謝罪するエヴリーヌに、クロヴィスは立ち上がる。

「しばらく学院も休むことになるだろう。王城での教育も、そのように伝えておく」
「はい、ご配慮、ありがとうございます…」
「迎えを呼んである。私はこれで失礼するよ」

儀礼的な挨拶を残したクロヴィスと入れ替わりに、エルマーが入ってきた。慌てた様子の侍従を見ながら、いつから彼は一人称を『私』に変えたのだったかと、埒もないことを考える。

婚約者の対応としては、冷淡と言われてもおかしくない態度だった。重症ではないとはいえ、労りも気遣う言葉もなかった。
怪我をしたエヴリーヌを自宅まで送り届けることもなく、家人とはいえ他人に任せるとは。

──これが決め手になったかしら。
先日の試験結果の件もあるだろうが。













公爵家に戻ったエヴリーヌは、まず出迎えたキャロラインの怒りを目の当たりにして、身が竦む思いをする。エルマーが先触れを出していたらしい。
母は、決して表情には出していない。いつも通りに美しい微笑みを湛えているのに、怒りを感じるのが心底恐ろしい。矛先が、自分でないことだけが救いだ。
エルマーが私を自室に送った後にキャロラインに連れていかれたが、大丈夫だろうか。事情聴取のようなものだろうことは分かるけれども。

次にメアリに泣かれ、着替えの最中に、できたばかりの痣や裂傷を見られ、また泣かれた。
即寝台行き、そしてしばらく出歩くことを禁止された。私を心配してのことなので、逆らうこともできず、されるがままになっている。

アストレイ家お抱えの侍医にも改めて診てもらったが、念のため10日は安静にしているようにとのこと。治療後に薬を渡される。学院に届けは、診断書と共に提出すると母が言っていた。

──10日か。

エヴリーヌが休んでいる間に、事態は動くだろう。
今回の怪我が偶然によるものではなく、悪意によって起こされた傷害事件であることはさておき。

適正、対応、能力、資質。
王族に必要なものすべてが、エヴリーヌに不足していると。既に見極めの必要はないと。

クロヴィスの帰城後、議会招集は間を置かずにかけられるかもしれない。
これまでのエヴリーヌを思えば、審議に時間がかからないことは想像に難くない。そうなるように、私が企ててきたのだから。

7歳で婚約してから6年。
長かったのか短かったのか、エヴリーヌには分からない。
けれど、結果はもうすぐ出るだろうと予想をつける。





そして、2週間後。
アストレイ公爵家に王家からの使いが来た。
父エドガー、母キャロライン、それから私エヴリーヌの召喚状だった。

















─────*─────*─────*─────*─────*─────

もう少しでイヴの第一目的は達成というところ。
それと通し番号入れてみました。自分が何話だっけ?とか思ったので(おい)。

使い古された階段落ちで申し訳ない(´・ω・)
ついでに進みが遅くて申し訳ない(´・ω・)
しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

公爵令嬢を虐げた自称ヒロインの末路

八代奏多
恋愛
 公爵令嬢のレシアはヒロインを自称する伯爵令嬢のセラフィから毎日のように嫌がらせを受けていた。  王子殿下の婚約者はレシアではなく私が相応しいとセラフィは言うが……  ……そんなこと、絶対にさせませんわよ?

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]

風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは アカデミーに入学すると生活が一変し てしまった 友人となったサブリナはマデリーンと 仲良くなった男性を次々と奪っていき そしてマデリーンに愛を告白した バーレンまでもがサブリナと一緒に居た マデリーンは過去に決別して 隣国へと旅立ち新しい生活を送る。 そして帰国したマデリーンは 目を引く美しい蝶になっていた

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

愛を騙るな

篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」 「………」 「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」 王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。 「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」 「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」 「い、いや、それはできぬ」 「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」 「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」 途端、王妃の嘲る笑い声が響く。 「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」

元婚約者が愛おしい

碧井 汐桜香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。 留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。 フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。 リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。 フラン王子目線の物語です。

冷たい王妃の生活

柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲

恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。 完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。 婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。 家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、 家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。 理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

処理中です...