砕けた愛

篠月珪霞

文字の大きさ
15 / 30

15.処理

しおりを挟む
謁見の翌日、私は学院に退学届けを出した。爵位返上により平民になるため、不必要な手順かもしれないが、形式上の手続きとして。
実を言えば、召喚状が来た時点で用意していた。王城からの帰りに出してきた方が手間はなかったが、あまりに動きが早すぎると怪しまれかねないので、後日としたのだ。

さて、爵位返上ということは、貴族位だけではなく領地、財産も王家に返上ということである。
これまで移転してきた資産はアストレイ家の私財だ。記録を遡り調べた結果、王家から委譲されたのは、移転する前の公爵家資産の5分の1ほどだったのを、エヴリーヌは確認している。
一族が、ここまで発展させたのだ。先人たちの努力を理解した上で、築き上げた資産を各地に分散していた。王家に収奪される前に。
今、ここに残っているのは、相応のものということだ。

そして領地の方は、前々から準備はしていたので滞りなく引継ぎは済んだ。
領民の幸福度は貢献度と比例するというのが、父エドガーの持論でアストレイ家の方針だ。公爵領が豊かであるのは、領民あってのことだと。
故に、私たちがこの地を去ることを見越して優秀な代官を任命し、複数の補佐官、監査官をつけ、完璧に管理できるように取り計らっていた。何かあれば、すぐに王家に報告できるような態勢を整えた。誰が治めることになっても、領民には不自由なく問題なく過ごせるように。

アストレイ家が公爵位、領地返上になることを通達すると、領民たちは私たちと共にありたいと、多数の希望者が出た。
しかし、地域に根付き、平穏に過ごしてきた領民たちを巻き込むわけにはいかない。今後の展望が不透明な状況では。そう言って、説得した。

侍女や侍従、護衛たちの大半もエヴリーヌたちと同行することを希望したが、やはりこの国に家族がいるものや移動できないものたちもいる。
その者たちには、紹介状と十分な退職金を用意し、既に送り出していた。

次の拠点として目をつけたのは、バルツァルの近隣国である、ブラント国だ。こちらも帝国領。温暖な気候で治安もいいらしい。
この国と陸続きの国は、最初から除外していた。何かあったときに面倒だから。間に海くらいある方が都合がいい。

インフリックを通じて手頃な屋敷を見繕い、購入したのは数年前。現在は最低限の使用人を残して、私たちと同行希望の者に先んじて管理させている。
商会も、ブラントに手を伸ばしているとのこと。それも、屋敷の購入以前だったというから、先見の明があるというか何というか。インフリックを見込んだ、父の慧眼ぶりにも脱帽である。

船の手配も済んだ。公爵家内部の片付けも終わっている。旅立ちは、3日後だ。
















「…向こうに着いたら、しばらくのんびりしようかしら」
「お嬢様、使わないと頭はすぐに退化いたしますよ」
「まあ、メアリったら手厳しい」

コポコポと心地よい音を立てて、お茶が注がれる。平和だ。
平和、なのだが。

「お嬢様、しばしお側を離れます。外が少々騒がしいようですので」
「…気にはしていたのだけれど」

報告を待ってもいいかと思い、放置していたのだ。今更、爵位返上した公爵家に、それも昼間から賊など考えにくい。私たちが狙いだとしても、護衛で撃退可能だろうし。
メアリがドアに向かうと同時に、ノックの音が響く。許可すると現れたのはエルマーで。

「失礼いたします。…先触れのないお客様がお見えなのですが」
「そう。誰?」
「それが、オールドリッジ公爵令嬢でして」
「いいわ。応接間にお通しして」

これまた珍しいお客様だこと。














「婚約解消って、退学って、どういうことなの?!」

ああ、この剣幕、入学式を思い出すわね。
さすがこういう噂が広まるのは早い。学院に届けを出したのは昨日のことだというのに。

「ミランダ様、落ち着いて。まずはお座りください」
「むしろどうして、こんなときまであなたは冷静なのよ!」

そう言いながらも素直にソファに座ったミランダに、お茶を出すよう命じた。

「大したおもてなしもできませんが、どうぞ」

にっこり笑うと、少しは落ち着いてきたのか、ミランダはカップを手に取ってお茶を口に含んだ。
ふう、と息をつくとエヴリーヌを正視する。真っ直ぐで綺麗な目だ。

「先日の事故の件も聞いたわ。…もう身体の方はいいの?」
「ええ。軽い打撲などで済みましたから」
「本当は、お見舞いに来ようと思っていたのだけれど、お父様に止められてしまって」
「お気になさらず」

事故というより事件だったので、軽々に動くなということだったのだろう。オールドリッジ公爵としては関わらせたくなかったはずだ。ミランダがこの件に無関係だと分かっていても。

「その後すぐに、Dクラスの男爵令嬢が捕まって、Aクラスも3人ほど退学が決まっていたわ」
「ああ…」

あの3人か。

「ずっと、エヴリーヌ様が嫌がらせを受けていたってことも、知ったのはそれからだった」
「……」

エヴリーヌは無言で微笑んだままだ。
嫌がらせは公然と行われていたわけではないので、気付かない者も当然いた。ミランダもその1人だったと、それだけのことである。クラスも違うし。

「悔しかった。…何もできなかったのが。身近でそんなことが起こっていたのに、気付かなかった自分にも、腹が立ったの」
「…そのお言葉だけで、十分です」

家族以外、公爵家の身内、使用人以外で、エヴリーヌ個人を案じてくれる人間がどれほどいるだろうか。
泣き出しそうなミランダの言葉は真摯で、疑う余地のないものだと、思う私は甘いのかもしれない。

「ミランダ様のご心配、嬉しいですわ…本当に」
「なっ?! し、心配したなんて、一言も…!」
「違うのですか?」

悲しそうな顔をすると、ぐっと詰まるミランダ。

「…違わないわ」

やはり、可愛いらしいのだ。

それから、少し話をした。
ずっと話しかけたかったけれど、入学式の件があってなかなか踏ん切りがつかなかったこと。
いつも遠目に見ていたこと。…視線のひとつはミランダか。

「ところで、今日、学院は?」
「…体調不良で早退よ」
「とてもそうは見えませんが?」
「…あなたに会いたかったのよ、悪い?!」

突然切れたように叫んだミランダに、声を立てて笑った。

















─────*─────*─────*─────*─────*─────

ミランダさんが出ると言って聞かないので、旅立ちは次回になりました(笑)。

(追記)
承認不要とのことでしたので、こちらから。
普通に誤字でした…!
5話ではちゃんとしてたし、調べたのに…(言い訳)。
ご指摘ありがとうございました。
しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

公爵令嬢を虐げた自称ヒロインの末路

八代奏多
恋愛
 公爵令嬢のレシアはヒロインを自称する伯爵令嬢のセラフィから毎日のように嫌がらせを受けていた。  王子殿下の婚約者はレシアではなく私が相応しいとセラフィは言うが……  ……そんなこと、絶対にさせませんわよ?

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]

風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは アカデミーに入学すると生活が一変し てしまった 友人となったサブリナはマデリーンと 仲良くなった男性を次々と奪っていき そしてマデリーンに愛を告白した バーレンまでもがサブリナと一緒に居た マデリーンは過去に決別して 隣国へと旅立ち新しい生活を送る。 そして帰国したマデリーンは 目を引く美しい蝶になっていた

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

愛を騙るな

篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」 「………」 「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」 王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。 「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」 「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」 「い、いや、それはできぬ」 「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」 「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」 途端、王妃の嘲る笑い声が響く。 「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」

元婚約者が愛おしい

碧井 汐桜香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。 留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。 フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。 リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。 フラン王子目線の物語です。

冷たい王妃の生活

柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲

恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。 完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。 婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。 家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、 家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。 理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

処理中です...