19 / 30
18.窮鳥
しおりを挟む
馬車止めでは、インフリックが待っていた。
「お待ちしておりました」
「久しいな。元気そうで何より」
「もったいないお言葉です」
エドガーと挨拶を交わしたインフリックは恭しく頭を下げる。最後に見たときは、灰褐色の長い髪を1つに束ねていたが、短くしたらしい。印象がそれだけで随分変わる。
取り敢えず、隣町ダンツィで一泊し、ブラント付近まで蒸気機関車に乗る手筈となっている。馬車よりも格段に移動時間が短縮されるからと、既に手配済みとのこと。
さすが仕事が早い。
出国するときと同じく、数人で分かれ、馬車に乗り込もうとしたときだ。
どこからともなく現れた子供が、勢いよくエドガーにぶつかった。
「旦那様っ!」
「…たすけて!!」
護衛とインフリックの叫びに、子供の必死な声が被さった。
その声にいち早く動いたのは、護衛たち。
さっと辺りを見回し、不審者の確認をする。町の喧騒は変わらずだが、護衛たちは追手の気配はないと首を横に振る。
子供は、震えて父にしがみついて離れずで。
「このままここにいても埒が明きませんし、馬車の中で詳しい話を聞きませんか?」
「そうだな」
エヴリーヌの提案にエドガーが頷く。
「君の名前は?」
「…シド」
「私たちは今日この国に着いたばかりで、事情が分からない。話しては、くれるのかな?」
「おじさんたちが、この国の人じゃないのはすぐにわかった。だからだよ」
「…どういうこと?」
馬車の中は、エヴリーヌと父母、侍従のエルマー、護衛のテイラー、シドと名乗った子供の6人が乗っている。予め、広めの馬車を手配してくれたインフリックに感謝だ。
追手の懸念もあり、移動しながら話を聞きだすことに。
「警備は、全部じゃないけど、悪い奴らの仲間だから」
「それはまた」
買収されているのか、仲間が警備に入り込んだのか定かではないが、どこの国でもあるのだなと。
犯罪と悪人というものは、どうしてこうも尽きることがないのか、永遠の課題かもしれない。
シドの言葉を信じるのならば、警備は当てにならないということ。むしろ通報したら、シドにも危険が及ぶだろう。
「それで、何故助けを必要としている? 君の保護者はどうしている?」
「俺の父ちゃんも母ちゃんももういない。殺されたんだ」
「殺された?」
「…うん。俺たち、何もしてないのに…」
「それは、いつ頃のこと?」
「えっと…一昨日の夜だったと思う」
追ってくる人間の目的は分からないが、それからずっと逃げ回っていたという。当時を思い出したのか、シドが涙ぐむ。
状況を鑑みるに、可能性が高いのは人身売買だろうか。帝国でも重罪のはずだが。
インフリックを通じて、港で別れたヴィクターにも改めてこの町を調べるよう連絡はしている。他国に諜報部員を忍ばせているのは基本だ。
追加情報を後で送らなければ、背後関係は掴みにくいだろう。真偽も合わせて、調査の必要がある。
予定通り、ダンツィの宿に向かい、その後の対策を練ることにした。
港町キルシュは、ディール国の中でも最も栄えている。帝国の流通はすべて、この港を介しているからというのが大きい。
そのキルシュでの犯罪、それも警備自体が侵食されているのであれば、見過ごすことはできない。小さな綻びは、小さなうちに塞がなければ。
「ダンツィまで追ってくるか分からないが、テイラー」
「はい」
「シドを頼む」
「かしこまりました」
「エルマーは着いたら、これをフリックに送ってくれ」
「承りました」
フリックはインフリックの通り名である。レイア商会ではこちらの名を使っているらしい。
「他に話しておかねばならないことはあるか?」
「俺にも何が何だか分からないから…」
「それもそうか」
「でも、おじさんたちは俺のこと信じてくれたみたいだし」
「別に、君のことを信じたわけではない」
エドガーの言葉に、シドは衝撃を受けた顔をする。
「さっきも言っただろう? 私たちはこの国に着いたばかりだと。君の話をすべて鵜呑みにできるわけがない」
シドにとっては、エドガーは藁にも縋る思いで掴んだ先だったかもしれないが、初対面の子供を信じるほど、私たちは人間というものを信じていない。
子供を餌や囮に使った犯罪も、少なくないのだから。
「じゃあ何で、馬車に乗せてまで話聞こうとしたんだよ!? 俺を助けてくれるんじゃないのか?!」
「誰が、君を助けると言った?」
エドガーの顔も声も、冷徹で冷酷な公爵家当主のものだった。感情に流されず、状況を冷静に見極めようとする。
「だって、だって…」
「私たちは、被るかもしれない火の粉を払おうとしているだけだ。決して、君を助けようとしているわけではない」
「そんな…」
シドは泣き出す寸前の顔で、当てが外れたような、途方に暮れた顔をしている。
助けを求めても、必ずしも救いの手が伸ばされるとは限らない。
エドガーの言葉は非情と言えるかもしれないが、ここは生国の自領ではない。飛び込んできただけの窮鳥を、助けなければならない義務も義理もない。
ただ、見捨てる気もないけれど。
「お待ちしておりました」
「久しいな。元気そうで何より」
「もったいないお言葉です」
エドガーと挨拶を交わしたインフリックは恭しく頭を下げる。最後に見たときは、灰褐色の長い髪を1つに束ねていたが、短くしたらしい。印象がそれだけで随分変わる。
取り敢えず、隣町ダンツィで一泊し、ブラント付近まで蒸気機関車に乗る手筈となっている。馬車よりも格段に移動時間が短縮されるからと、既に手配済みとのこと。
さすが仕事が早い。
出国するときと同じく、数人で分かれ、馬車に乗り込もうとしたときだ。
どこからともなく現れた子供が、勢いよくエドガーにぶつかった。
「旦那様っ!」
「…たすけて!!」
護衛とインフリックの叫びに、子供の必死な声が被さった。
その声にいち早く動いたのは、護衛たち。
さっと辺りを見回し、不審者の確認をする。町の喧騒は変わらずだが、護衛たちは追手の気配はないと首を横に振る。
子供は、震えて父にしがみついて離れずで。
「このままここにいても埒が明きませんし、馬車の中で詳しい話を聞きませんか?」
「そうだな」
エヴリーヌの提案にエドガーが頷く。
「君の名前は?」
「…シド」
「私たちは今日この国に着いたばかりで、事情が分からない。話しては、くれるのかな?」
「おじさんたちが、この国の人じゃないのはすぐにわかった。だからだよ」
「…どういうこと?」
馬車の中は、エヴリーヌと父母、侍従のエルマー、護衛のテイラー、シドと名乗った子供の6人が乗っている。予め、広めの馬車を手配してくれたインフリックに感謝だ。
追手の懸念もあり、移動しながら話を聞きだすことに。
「警備は、全部じゃないけど、悪い奴らの仲間だから」
「それはまた」
買収されているのか、仲間が警備に入り込んだのか定かではないが、どこの国でもあるのだなと。
犯罪と悪人というものは、どうしてこうも尽きることがないのか、永遠の課題かもしれない。
シドの言葉を信じるのならば、警備は当てにならないということ。むしろ通報したら、シドにも危険が及ぶだろう。
「それで、何故助けを必要としている? 君の保護者はどうしている?」
「俺の父ちゃんも母ちゃんももういない。殺されたんだ」
「殺された?」
「…うん。俺たち、何もしてないのに…」
「それは、いつ頃のこと?」
「えっと…一昨日の夜だったと思う」
追ってくる人間の目的は分からないが、それからずっと逃げ回っていたという。当時を思い出したのか、シドが涙ぐむ。
状況を鑑みるに、可能性が高いのは人身売買だろうか。帝国でも重罪のはずだが。
インフリックを通じて、港で別れたヴィクターにも改めてこの町を調べるよう連絡はしている。他国に諜報部員を忍ばせているのは基本だ。
追加情報を後で送らなければ、背後関係は掴みにくいだろう。真偽も合わせて、調査の必要がある。
予定通り、ダンツィの宿に向かい、その後の対策を練ることにした。
港町キルシュは、ディール国の中でも最も栄えている。帝国の流通はすべて、この港を介しているからというのが大きい。
そのキルシュでの犯罪、それも警備自体が侵食されているのであれば、見過ごすことはできない。小さな綻びは、小さなうちに塞がなければ。
「ダンツィまで追ってくるか分からないが、テイラー」
「はい」
「シドを頼む」
「かしこまりました」
「エルマーは着いたら、これをフリックに送ってくれ」
「承りました」
フリックはインフリックの通り名である。レイア商会ではこちらの名を使っているらしい。
「他に話しておかねばならないことはあるか?」
「俺にも何が何だか分からないから…」
「それもそうか」
「でも、おじさんたちは俺のこと信じてくれたみたいだし」
「別に、君のことを信じたわけではない」
エドガーの言葉に、シドは衝撃を受けた顔をする。
「さっきも言っただろう? 私たちはこの国に着いたばかりだと。君の話をすべて鵜呑みにできるわけがない」
シドにとっては、エドガーは藁にも縋る思いで掴んだ先だったかもしれないが、初対面の子供を信じるほど、私たちは人間というものを信じていない。
子供を餌や囮に使った犯罪も、少なくないのだから。
「じゃあ何で、馬車に乗せてまで話聞こうとしたんだよ!? 俺を助けてくれるんじゃないのか?!」
「誰が、君を助けると言った?」
エドガーの顔も声も、冷徹で冷酷な公爵家当主のものだった。感情に流されず、状況を冷静に見極めようとする。
「だって、だって…」
「私たちは、被るかもしれない火の粉を払おうとしているだけだ。決して、君を助けようとしているわけではない」
「そんな…」
シドは泣き出す寸前の顔で、当てが外れたような、途方に暮れた顔をしている。
助けを求めても、必ずしも救いの手が伸ばされるとは限らない。
エドガーの言葉は非情と言えるかもしれないが、ここは生国の自領ではない。飛び込んできただけの窮鳥を、助けなければならない義務も義理もない。
ただ、見捨てる気もないけれど。
1,053
あなたにおすすめの小説
妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。
しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。
それを指示したのは、妹であるエライザであった。
姉が幸せになることを憎んだのだ。
容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、
顔が醜いことから蔑まされてきた自分。
やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。
しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。
幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。
もう二度と死なない。
そう、心に決めて。
公爵令嬢を虐げた自称ヒロインの末路
八代奏多
恋愛
公爵令嬢のレシアはヒロインを自称する伯爵令嬢のセラフィから毎日のように嫌がらせを受けていた。
王子殿下の婚約者はレシアではなく私が相応しいとセラフィは言うが……
……そんなこと、絶対にさせませんわよ?
貴方もヒロインのところに行くのね? [完]
風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは
アカデミーに入学すると生活が一変し
てしまった
友人となったサブリナはマデリーンと
仲良くなった男性を次々と奪っていき
そしてマデリーンに愛を告白した
バーレンまでもがサブリナと一緒に居た
マデリーンは過去に決別して
隣国へと旅立ち新しい生活を送る。
そして帰国したマデリーンは
目を引く美しい蝶になっていた
元婚約者が愛おしい
碧井 汐桜香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。
留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。
フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。
リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。
フラン王子目線の物語です。
「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう
天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。
侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。
その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。
ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。
愛を騙るな
篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」
「………」
「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」
王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。
「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」
「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」
「い、いや、それはできぬ」
「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」
「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」
途端、王妃の嘲る笑い声が響く。
「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」
冷たい王妃の生活
柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。
三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。
王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。
孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。
「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。
自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。
やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。
嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。
【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲
恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。
完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。
婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。
家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、
家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。
理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇!
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる