砕けた愛

篠月珪霞

文字の大きさ
26 / 30

25.想到─ミランダ視点

しおりを挟む
『ミラは、素直すぎるから心配だなあ』


それが、3つ年上の兄レナートの口癖だった。幼い頃から、何かにつけ言われた言葉は、学院に入学した今でも変わりない。
ミランダは、自分が直情型の人間であることは理解していた。というより、理解するようになった。
どうしても、胸の内に秘めておくことができず、勢いで発言しては落ち込むこともしばしば。
高位貴族として教育を受けていても、感情の制御だけはどうにもうまくいっていない。
だからこそ、兄は未だに、癇癪を起こして騒いでいたあの頃と同じ目を向けるのだろう。原因があの頃と違っていても。









「ミラ、入学式で騒ぎを起こしたって? アストレイ家の令嬢と」
「ど、どうして、そのことをご存じなのです、お兄様っ」
「………そういうとこだよ、ミラ」

呆れた目を兄に向けられ、ミランダは自分が失言したことに気付く。
学院を卒業している兄が知るはずがないことに動揺して、肯定するも同然の答えを返したのだ。

「おおよそは聞いてるけど、ミラはその衝動で発言する癖を直さないと、社交界で苦労するよ?」
「分かっては、いるのですが…」
「まあ、正直ミラにはそのままでいてほしい気持ちもあるけどね」
「……ですが、公爵家としては」
「うーん…その辺りも含めて、ミラを任せられる人がいれば」

難しい顔をする兄に、複雑な気持ちになる。
この国の3公爵家、アストレイ家は王家と縁を結んでいるし、アシャール家も婚約者は選定していないが、オールドリッジ家とは事情が異なる。
学院入学時には、半数以上が婚約者を決めている。
噂を鵜呑みにして、王太子の婚約者を狙っている家門も一部あるようではあるが。

「それ以前に、ミラをちゃんと見てくれる人じゃないとな。噂に踊らされてるようなのは問題外だね」

意図的にせよ、悪意にせよ、一度流れた風評というものは、簡単に払拭できるほど軽いものではない。真偽も確認せず、噂を信じる者は少なくないのだ。

──ミランダは、5歳のときにつけられた家庭教師と合わなかった。相性以前に、教師の思い通りにならないと鞭で叩かれる、その痛みと恐怖心が、ミランダに暴れるという行為で抵抗する事態を引き起こした。
その教師も、気に入らない生徒だけに体罰を加え、柔らかい口調で脅迫していたため、ミランダのことがあるまで表沙汰にならなかったらしい。
解雇された後に元家庭教師は、卑怯にもミランダに関する悪評を流した。公爵家が手を打っても、流れた噂までは消しようがなかった。
それが今でも先入観として残っている。

「…噂といえば」
「うん?」
「アストレイ家のエヴリーヌ様、噂とぜんぜん違いましたわ」

エヴリーヌ=アストレイ。アストレイ公爵家の嫡女。王太子殿下の婚約者。
学力は平均、対人能力も低く、語学も難航。王太子妃教育も進みが悪く、教師が頭を抱えている。学院卒業までに婚約解消になる可能性もあるかもしれない。
そんな噂が、まことしやかに社交界に流れている。

「そうなのか?」
「ええ。わたくしの暴言も笑顔でさらりとあしらわれて」

入学式でクラス編成を見たとき、あの噂は本当だったのかと、ミランダは勢いで詰め寄ってしまったのだ。別段、王太子の婚約者を狙っていたわけではないのだが。

銀色の長いストレートの髪、海の碧を思わせる深い色の目、あれほど綺麗なひとは、家族以外で初めて見た。
ミランダの周りは、男女問わず、笑顔を浮かべていても、どこか他意が見えるようで気持ち悪い人しかいなかった。
真っ直ぐに、ミランダを見る綺麗なひと。

「へえ…だとしたら、それはあまり他言しない方がいいかも」
「何故ですの?」
「アストレイ嬢が、望んで今の状況になってるかもしれないからさ」
「?? よく分かりませんわ。分かるように言ってください、お兄様」
「いいよ、ミラはそのままで」

訳の分からないことを言うレナートに疑問符を浮かべながらも、兄の言うことに間違いはないので、ミランダも頷いておいた。










それからしばらくして、エヴリーヌが事故にあったり婚約解消になったり、Aクラスの令嬢たちが退学になったりと話題に事欠かなかった。
アストレイ家が爵位返上したというのも、社交界を騒がせた。一族がヘーゼルダイン国を出たというのも。

エヴリーヌたちがいなくなった学院は、少し変わったのだと思う。
必然的に行われたクラス編成もだが、どことなく、空気が違うというか。あまり人の裏など読むことが苦手なミランダに、細かい違いは分からない。
心のどこかに空虚感のようなものを抱えながら、ミランダは変わり映えのしない日々を送っている。
その空虚感が何かは、分からなかったけれど。









ある日、ミランダ宛に小包が届いた。
オールドリッジ家に表立って敵対する家門はないが、やはり公爵家なのでいろいろあったりする。
なので、ミランダ宛とはいえ、開封して危険物でないことを確認された上で渡されるのだが。
封蝋はなく、差出人は名前だけ。

──エヴリーヌからだった。

今は帝国にいるはずの彼女は、落ち着いたら手紙を書くと言っていた。初めて届いた手紙に、ミランダは心の中に満たされる何かがあるのを感じる。
中は、近況とミランダが元気にしているかという、シンプルな内容の手紙と。

「……香水?」

ミランダをイメージして作ってみたから、よかったら使ってみてと締めくくられていた。
開封して確認してみると、優しい香りが漂ってくる。

「わたくし、こんなに優しい香りが似合うと思われてたの…」

つけてみると、涙が溢れそうになる。

ああ、自分は淋しかったのだ。
唯一、家族以外で心を許せそうな、友人になりたかった綺麗なひとが、傍からいなくなって。
学院に友人と呼べそうな人も、いるけれど。
やっぱり、彼女にしか埋められない何かがあったのだと。

もっと早く気付けばよかった。














しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

公爵令嬢を虐げた自称ヒロインの末路

八代奏多
恋愛
 公爵令嬢のレシアはヒロインを自称する伯爵令嬢のセラフィから毎日のように嫌がらせを受けていた。  王子殿下の婚約者はレシアではなく私が相応しいとセラフィは言うが……  ……そんなこと、絶対にさせませんわよ?

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]

風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは アカデミーに入学すると生活が一変し てしまった 友人となったサブリナはマデリーンと 仲良くなった男性を次々と奪っていき そしてマデリーンに愛を告白した バーレンまでもがサブリナと一緒に居た マデリーンは過去に決別して 隣国へと旅立ち新しい生活を送る。 そして帰国したマデリーンは 目を引く美しい蝶になっていた

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

愛を騙るな

篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」 「………」 「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」 王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。 「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」 「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」 「い、いや、それはできぬ」 「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」 「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」 途端、王妃の嘲る笑い声が響く。 「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」

元婚約者が愛おしい

碧井 汐桜香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。 留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。 フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。 リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。 フラン王子目線の物語です。

冷たい王妃の生活

柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲

恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。 完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。 婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。 家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、 家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。 理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

処理中です...