愛があれば、何をしてもいいとでも?

篠月珪霞

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不穏

「余らの出る幕はなかったな」
「ええ、本当に」

少し離れた席にいた皇帝夫妻は、結局会談中に一言も発することなく、獣人国の2人が退室してからの言葉である。決定権が皇帝にあるためだったが、不必要に時間をとらせてしまったかもしれないと申し訳なく思う。
この場にいる人数分お茶は供されていたが、すべて手つかずのまま冷めてしまっていた。ゆっくりお茶を味わう場ではなかったからだ。空気が緩んだところで、淹れ直してもらう。
我が国の特産品の1つである薫り高い濃い紅茶は、ミルクを入れた方が私は好きだ。侍女は心得たもので、小型のミルクピッチャーも置かれる。

「ありがとう」
「この紅茶にミルクは最高の相性だよね」
「ええ。やはりいろいろ試してみるものですわね」

エラルドも同じくミルクを入れるのが好きなので、2人して調整し、ティーカップを傾ける。変わらず、美味しい。
ほう、と息が漏れる。
温かい紅茶に、無意識に入っていた力がほどける気がした。

「…セレス」
「大丈夫ですわ、エラルド様」

あの男との邂逅に驚きはあったが、この程度で動揺していては大国皇女は務まらない。好意も悪意も、上手く受け流さなければ貴族社会では生きてはいけないのだから。鈍感であっても敏感すぎても駄目なのだと、今世で学んだ。
作ったものでない笑みを向けると、彼も安心したように微笑んだ。
会談中、セレスリアの緊張が伝わっていたのだろう。気遣う心が嬉しい。

隣国といえど、そう頻繁に会えるほど気軽な身分ではなかった。それでも、多くはない機会に2人は時間が許す限り話をした。
お互いの好きなもの、公言できないが嫌いなものや苦手なもの、趣味という個人的なことから、自国の産業、特産物に改良、外交を含めた諸国との関連と対策等、それはもう様々なことを。紅茶に入れるミルクの黄金比という、嗜好まで。
時に賛同し、時に衝突し、折衷案を講じたりと、試行錯誤したのもいい思い出である。

隣国ベリエラへ未来の王太子妃として輿入れするまで、予定ではあと2年。教養やマナー面、言語については問題なく、すべての教師に合格点をもらっている。建国記念パーティ後に、エラルドの卒業と合わせて、人脈づくりを兼ねた1年の短期留学を予定しているのだが。

「…あれで諦めたと思います?」

ぽつりと、静かな部屋に言葉が落ちる。不安要素が思わぬところから出てきた。
セレスリアがはっきり拒絶しているにも関わらず、まるで引く気がない様子だった。
狼獣人の執着心は殊の外強いという。それは前世で身に染みるほど味わったし、会談中のあの自制心のなさからも窺えた。

「思わんな」

とは、父の皇帝。

「私に対する殺気も凄かったしね」

隣のエラルドは軽やかに笑っているが、笑い事ではない。

「ベリエラへの留学は2週間後だったか」
「はい」
「護衛の数を予定より増やしておこう。女性の護衛も」
「そうね、それにサフィール様にも詳細を念のため伝えておくわ」

次兄が言うが早いか、早速侍従に手配するよう指示、母の皇后はベリエラの王妃サフィール陛下にも話を通しておくということで、頼もしいことこの上ない。何もないに越したことはないが、もし何事か起こった場合に対処がしやすい。下地があるのとないのとでは、初動が違う。
情報に疎いあの国の人間が動くかどうかはともかくとして、備えはあった方がいい。

「こちらからも女性の護衛をつけよう。有事の際には、自国の人間の方が動けることもある」

エラルドの配慮にも感謝だ。

「いっそ獣人国を潰してもいいか」

続いた言葉は笑えないが。
我が婚約者よ、笑顔で物騒なこと言わないで。
彼がその気になればやってのけるだろうから、洒落にならない。

「それもありだな」

にこやかに同意しないでくださいお兄様。

「リアに手を出すような真似をしたら、外交問題どころか戦争になるというのに。理解してないところが致命的だな」
「確実に2国は敵に回しますからね」
「以前ほどの国力も武力もない、個々の力だけでどれだけ抗えるかといったところか」
「そうですね…やはり内部崩壊に導いた後に、一気に叩くのがいいでしょう。被害も最小限で済みますし。周辺諸国との連携も欠かせません」
「まあリアのためなら、命など惜しくないという騎士たちも多いが。…いやそうでない騎士はいないか。だがエラルド殿の言う通り、獣人国などに、我が国の騎士も兵たちも命をかける価値はないか」
「まったく同感です」
「それでは、密かに暗部の者を動かすか? まずは情報収集からだが、ある程度は掴んでいるだろうし」
「こちらの手の者と情報のすり合わせをしますか?」
「そうだな」

だんだん具体性が増してきた。詳細を詰めようとする次兄と婚約者に、そろそろ止めるべきか逡巡する。いや本気ではないだろうし。…本気で潰そうとか思ってないですよね?
角を挟んで隣のフェリオスをじっと見つめると、会話の内容とは裏腹な爽やかな笑みを次兄は見せた。

「何か言いたげだな、リア」
「…大体、察しておられるのではないですか?」
「まあ。無辜の民まで巻き込むな、とかだろう?」
「さすがお兄様。正解ですわ」
「だが、兄上が詳細を知ったらどうなるか…」
「………内密には」
「無理だな。会場の時点で知られているし、関係者を最低限の人数で済ますために同席していなかっただけだから」
「ですよね…」

次兄も大概だが、長兄は軽く上回る。兄妹仲がいいのはいいことなのだろうけれども…愛が重い。

「そういえば、伝言を預かってる」
「それはもちろん、」
「兄上からだ。『明日午後3時、四阿にて』だそうだ」
「…承りましたわ」













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