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3-2 その人の価値
第107話 目玉商品 1
しおりを挟むんぐんぐ──「ホッ……!」
「んまぁ~! なんと愛らしい食べっぷりやこと! いっぱいあるから遠慮せんと食べえよ」
「ホホーホ(ナカマ)」──バサバサ
翼を僅かに上下させ喜んでいる。
「す、すみません。こんなにたくさん」
「お婿さんがわざわざ挨拶に来てくれた言うのに、貧相なもん出すわけにいかへんよ~」
「──それにリーフルちゃん! こんな愛らしい食べっぷり見たらなんぼでも用意してまうわぁ」
「もぉ、お母さん張り切り過ぎやで~。ふふっ」
マリンが舌を出し、おどけたような表情でこちらを窺っている。
(むぅ……リーフルが喜んでるからありがたいけどこれは……)
目の前のリビングテーブルの上には色とりどりの無数の飴玉が溢れんばかりに盛られた大皿や甘い自家製パンなど、リーフルの好みとなるお茶請けが豪勢に立ち並んでいる。
この後頂く予定の夕食のメニューについても、好みや要望を尋ねられた後、マリンの母"オリビア"はわざわざ買い出しへと出掛けてくれていた程で、台所には、込められた意気込みが察せられて余りある量の下準備が覗き見える。
今回の仕事を無事完了した俺は実家へと招かれ、大海原への眺望の良いリビングで香り良い紅茶とお茶請けを頂きながら一心地ついている。
ハーベイへと到着して間もなく腰を下ろした浜辺も、それは壮大で美しい景色ではあったが、緊張から解放された影響だろう、こうして問題が解決した後に見下ろす大海はとても穏やかで清々しく、何とも気持ちが安らぐ風景だ。
マリンの父ラウスはグリフを伴い、これから暮らしてゆく隣人達へ謝罪も兼ねての挨拶回りへと出掛けている。
夕食時には戻るとの話ではあるが、先程披露したパフォーマンスの事やグリフの生い立ち等、積もる話もあり、多少予定を過ぎてしまう事が予想されるのはご愛敬だろう。
んぐんぐ──「ホッ……」
リーフルは食べやすく砕かれた飴と自家製パンの間を交互に行ったり来たり。
普段であれば健康面を鑑み、どちらかしか食べさせて貰えない甘味を前に夢中になっている。
だが今回は、リーフルの鋭い眼が無ければ絶対に解決し得なかった依頼であるし、最大の功労者には見返りも必要だという事で、心行くまで堪能してくれればと想う。
しかし、リーフルへのご褒美という解釈だけで流せればどれだけ気楽な事だろうか。
先程の会話然り、マリンのあの何かを企んでいるような表情。
これは所謂『外堀を埋められている』というものでは無いだろうか。
確かに俺が強く否定しない限り『婚約者が実家に挨拶へやって来た』という風に見えてしまうようなシチュエーションであり、恐らくマリンは件の広場に集合する前に実家へと戻った際、そのような方向でオリビアへ話を付けているのだろう。
ごく自然な流れで俺を実家へと誘い、温存していたもう一つの目的まで達成させるとは、さすがはマリンと言ったところか。
「ホーホ? (ヤマト?) ホーホホ(タベモノ)」──スス
リーフルが器用にパンの上に飴の欠片を乗せ俺の前に運ぶ。
なかなか食指の伸びない俺を心配したのか、リーフルが『ヤマトも食べれば?』と差し出してくれる。
「うん、ありがと」
「まぁ~! なんと優しい子やこと!」
オリビアはテーブルの上を歩くリーフルの姿にすっかり虜のようだ。
「……そういえばお母さん? お母さんはお父さんの作戦の事、知ってたんよね?」
「そりゃ夫婦やもん。隠し事は無しって約束してるからね」
「やったらこんなややこしい事になる前に止めてくれたらよかったのに~」
少し不満げな表情でマリンがそう指摘する。
「せやなぁ……マリン。ええ機会やからあんたに伝えとこうかな。結婚についてや」
リーフルを眺め綻んだ表情だったオリビアが居様を正し、マリンへ向き合う。
「う、うん」
「誰かと一緒になる──夫婦になるって言うんわ、二つの道を二人で歩くって事なんや」
「例えば何かお父さんが心から望んだ事なら、私は横から余計な口出しせんと、覚悟して一緒の方向いて進む。反対に、私が何かやりたい事があるなら、お父さんにも黙って付いてきてもらう」
「そう想える、それが出来る人と一緒に暮らしていくことが"結婚"やと、お母さんは思うんや?」
「うん」
「だからグリフ君の話──お父さんの作戦を聞いて、お母さんも思う所が無かった訳やないけど『この人が信じる結末を私も信じよう』って。だからあんたには黙ってたんや」
そう語るオリビアの真剣な表情の内にほんの少し、マリンに対する罪悪感とでも表現出来る、陰りが窺えるような気がする。
「そっか……でもちょっと寂しいかも」
マリンは冗談と本音が半分ずつといった呟きと共に視線を伏せる。
「ごめんやでマリン。あんたが大事な大事な一人娘な事に変わりはない。でもな、私はお父さんの妻でもあんねん。死ぬ時はお父さんと一緒やねん」
一見勇ましげにも見える確固たる意志をその柔らかな笑顔と共に浮かべ、オリビアがはっきりとそう言い切る。
「……ふふ、ほんま仲ええなぁお母さん達は」
頬杖を突き、羨望の眼差しを母親に向けるマリンの横顔はとても穏やかで、何かを誇っているような自信に満ちたものにも見えた。
「せや! その点、あんたが連れて来たヤマトさんは、ホンマ穏やかで優しそうなええ人やないの~」
「ふふ~ん! お母さんもそう思うやろ!? うちをディープクロウって言う大きい鳥の魔物から守ってくれた時なんか、どんだけかっこよかったか!」
「──えっ!? 大丈夫なんかいな! どこか怪我とかは……」
取り乱した様子のオリビアがマリンの頬を撫で回し確認している。
「だ、大丈夫やってお母さん。傷一つあらへんよ」
「よかった……やっぱりサウドって危ないとこなんやねぇ……」
「その節は本当に申し訳ありませんでした。大切な娘さんを危険な目に会わせてしまったのは、冒険者として配慮の至らなかった俺の落ち度です」
大層心配した様子の母親の姿を目の当たりにし、沸き上がる罪悪感から頭を下げる。
「──ちょっとヤマちゃん! あれはうちが押し掛けて強引に居座ってたから悪いんやん! お母さん、ちゃうんよ!」
「──ふふふ。そんなに必死にならんでも分かるよ。ヤマトさんはそんな人や無い。接してたらそれぐらい伝わってくる」
「いえ、本当にすみませんでした。それに、マリちゃんには露店の営業中に助けられまして……」
その後も互いを知り合おうとするかのような穏やかな時間は過ぎていった。
俺とリーフルを孫のように可愛がってくれるコナーも、垣間見た過去の記憶や、日常会話から窺える奥様への想いの程から、如何に仲睦まじく幸せな生活を送っていたのか良く分かる。
マリンの両親も同様に、とても仲の良い夫婦関係であることは、雑談の中で十分に伝わるものだった。
地球に居た頃の家族、つまり俺の実の両親もそうだった。
いつでも、何処へ行くにも二人一緒。
喧嘩などしている所は一度も見た事が無いし、必ずリビングのあのソファに、二人横並びに座っていた。
かと言って放っておかれたとか、特別に何か不自由な想いをしたというような事は記憶に無いが、幼い頃からぼんやりとだが、両親とは何か見えない隔たりのようなものを感じていた。
恐らくそれはマリンが口にした『寂しさ』だということに今更ながらに気が付く。
リーフルとはそういった関係で、現状に対して特に欠落した感覚も持っていない。
だが"良い手本"と接していると、もし人間の異性にもそういった対象が居れば、自分の人生もさらに豊かに感じられるものだろうかと、そんな想いも沸き上がってくるものだ。
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