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3-2 その人の価値

第107話 目玉商品 2

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 街灯の明かりがはっきりと色付いた頃、挨拶回りを終え帰宅した二人を交え、少し遅めの食事会が開かれている。
 マリンがサウドへ持ち込んでいたサンマンマはもちろん、"カタ"と呼ばれるイワシに似た魚や、センスバーチで口にしたカメノテ等、漁村ならではの食材がふんだんに使用された豪華な料理が用意され、テーブルの上はなんとも華やかな様相だ。

 大勢で摂る食事は気を遣う事も多いが、リーフルの楽し気な様子や、ソロ冒険者として単身鬼気迫る状況に出くわすこともある最近の生活を考えると、以前日本と比べ賑やかな食事に気分が高揚するように感じる事も多くなった。

 窺える表情からそれはグリフも同じようで、自身を拾い上げてくれた事への感謝が籠る笑顔であったり、心置きなく他人と食事を共にできる喜びに満ちた雰囲気を纏った様であったり。
 全てはこのハーベイに住まう人々の寛容な心が手繰り寄せた幸福な結果ではあるが、リーフルの活躍ぶりに、俺も鼻高々に料理がより一層味わい深く感じられる。

「ど、どうかな……?」
 カタのソテーを口に運ぶ俺を対面から観察していたマリンが、伏し目がちに尋ねる。

「うん! 美味しい。料理は得意って言ってたもんね、納得だよ」

「ホ、ホンマ!? よかったぁ……」
 安堵した様子のマリンが強張り、怒る肩を撫で下ろす。

「ホーホホ! (タベモノ!)」
 リーフルも両翼を小さく広げ、初めての味の感動を表している。

「ほら~言っただろ? 魚は美味しいんだよ」

「ホ……(テキ)」
 味には納得した様子だが、首だけ──目線は魚の眼と交わらないよう背けながら、若干の不快感を口にしている。

「はは『美味しいけど、まだ怖い』って言ってる」

「ヤマトさんはリーフルちゃんの言葉が分かるんでっか! ハァ~……ホンマ凄い御仁やなぁ」

「ラウスさん、ヤマト先生ならばそのぐらい当然の事ですよ」

「ホンマなぁ~! 俺らが必死こいて考えた仕掛けの数々を、ああもあっさりと解き明かしてまうんやから。こりゃサウド支部も安泰やで!」

「ええ、本当に。ヤマト先生にかかれば、この世の総ての真理が解明される日もそう遠くないでしょう!」
 ラウスとグリフの二人が、意気揚々と俺を過大に評価する言葉を口にしている。

「ふふ~ん!」
 何故かマリンも腕組みをして得意げにしている。

「いや、あの……さっきからその、って。やめてもらえませんかね……」

「何を仰るんですか! あなたはこれからの私の人生の目標──尊き頂です! そんな偉大な方を"先生"と呼ばずして……矮小な私には他に形容すべき敬称を持ち合わせておりませんっ!」
 グリフがテーブルに大手を打ち下ろし、目を輝かせながらこちらを覗いている。

「確かにその敬称は納得やな。ヤマトさんは『リーフルのおかげ』なんて謙遜してはるけど、結局言葉にするんわヤマトさんやもんな」
 ラウスが腕を組み大きくうなずきながらそう口にしている。

(う~ん……今回に関してはズルい生い立ち日本人だったからであって、過大な評価は困るな……)
 事前にハードルが上がってしまっている事ほど不利なことも無い。
 過大な評判が広がる事は、後の冒険者活動の足枷になろうことは容易に想像できる。

 リーフルの鋭い気付き、日本人として生きた当時に蓄積された知識、今回はそれらが良い方向に働いただけの結果であり、俺自身は特別に知能が高い訳では無いし、持ち得る知識の量も底が知れているのだ。
 なるべくなら、今では自らも満更では無くなったあだ名である、"平凡ヤマト"として、記憶に留めて欲しいのだが……。

「ふっふ~ん! な? お父さんも納得やろ?」
 ラウスと同じく、腕組みをしたたまま話を聞いていたマリンも、先程にも増して得意げにしている。

「マリン、お前の目利きも随分鋭く成長して、お父さん嬉しいわ!」

「そっか! せやったら正式に──」

「──いや! 結論を出すにはまだ早いで。まだ最後のが終わっとらん」
 ラウスが右手を突き出しマリンの言葉を制しながら、真剣な表情を浮かべる。

「な、なんやの? 見極めて」

(今度は一体何の話だ……)

「仕事は冒険者で、男として頼りがいある。動物にも愛情深くて、頭も相当にキレる」

「う、うん」

「じゃあ、"商才"の方はどうやろか?」

「それは説明したやん! ヤマちゃんはサウドの森の入り口で冒険者の人達を相手に──」

「──せやな、それは聞いた。でもそれだけでは足らんのや」

「え~……だってちゃんと限定品用意したり、値段も相応に高値で販売してるで?」

「うん、その戦略は見事なもんや。少なからず商才はあると見ていい」

「やったら何が気に入らんの?」

の問題や。ヤマトさんがやってはる言う露店は、まぁ言わば隙間産業や。サウド市民全体を対象とした商売や無いな?」

「そりゃだって、ヤマちゃんは"冒険者"なんやから! 本腰入れてやるような事は出来ひんってだけで、やろう思たら出来るよ!」
 納得のいかない様子のマリンが、薄っすらとラウスを睨みつける。

「ちょっとマリちゃん? さっきから一体何の話を……」 「ホ~? (ワカラナイ)」

「……そうか。お前がそないに言うんなら、実際に見せてもらおうやないか!」

「な、なによ……」

「これからお前がサウドで構える店の新製品。サウドには無い、目新しくてかつ、誰もが常に買い求めるような、マリン商店の主力ウリを考え出してもらう!」

「ぐっ……それは……」
 たじろいだ様子のマリンが苦い表情を浮かべ俯く。

「おぉ! お父さんナイスアイデアやね~。ヤマトさんの実力の程も見れるし、マリンの店の先行きも考慮できる。流石は私の旦那や!」
 オリビアがラウスの手をそっと握り、賞賛を口にしている。

「……なるほど。ご息女であるマリンさんと婚姻する為の最終試練として、ヤマト先生のその偉大なる英知を駆使し、御店の成功を導き出して頂こう、と。素晴らしいですね!」

(なっ──婚姻だって?! あくまでも独身の二人をからかう冗談の話だと思ってたのに……)

「ちょちょ、ちょっと待ってください!」
 このままではまずい事になると気付き、慌てて大声を上げる。

「お? なんやのヤマトさん」

「その……あくまで俺は冒険者として仕事でこの村に立ち寄っただけで、マリちゃんの事はその……」

「可能性が無いとも断言できませんが、今はリーフルとの生活を考えるだけで精一杯だと言いますか……」

 ──ス「ホーホ……(ヤマト)」
 俺は恐らく疚しい表情を浮かべているのだろう。
 俺を心配するリーフルが肩に戻り、毛繕いをしてくれる。

「え? あれ……?」

「んん?? どういうこっちゃマリン? ヤマトさんは挨拶も兼ねてって……」
 ラウスとオリビアの二人が頭上に疑問符を浮かべたような、あずかり知らないといった様子で驚いている。 

「えっと……」
 マリンがなんともばつの悪そうな表情で両親を見据えている。

「おや? ヤマト先生はてっきりそのおつもりで……」

「いや、初耳ですね」

 
「ハァ~……なるほどな」
 合点がいった様子のラウスが口を開く。

「マリン、仕損じてもうたな? まぁ相手はヤマトさんや、夢中になってまう気持ちも分かる。けど、今回は戦略ミスや」

「うぅ……」

「商いで扱う"用品や動物"とはちゃう。相手は家族も居てはるやで? まだまだが甘いな」
 ラウスが商売の際に見せるのであろう精悍な顔付きで、マリンを諭している。

「あらまぁ~……ごめんなさいねヤマトさん。この子、初めての恋で。舞い上がってしもてたみたいやわ」
 オリビアがやれやれといった様子でそう話す。

「あ、いえ……」

「ア、アハハ~……で、でもみんな聞いた!? ヤマちゃん『可能性は大いにある!!』って!」

「いや、大いにあるとまでは……」

「せやなマリン! お母さんも応援するで! こんなええ人逃す手は無い!」

「私も大賛成です! ヤマト先生が伴侶とあれば、それはさぞ機能的で効率に満ちた、素晴らしき暮らしとなる事でしょう!」

「むぅ……相手に不足は無い……けど、可愛い一人娘が……くぅ~っ」

(ダメだ……はっきりと告げたつもりが……)

「ホ~? (ニゲル?)」
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