創世戦争記

歩く姿は社畜

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バルタス王国編 〜騎士と楽園の章〜

仲間

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「これが肉体の崩壊…」
 肉が裂けて骨まで見える腕を見てアレンは呟く。
「困ったな…時空魔法は使えば使う程魔力が増加するのに、君は先天性の魔導不完全疾患だった」
「先天性の?」
 フレデリカはアレンの腕に治癒魔法を掛けながら言う。
「魔力を通じて封印の紋章に辿り着いたけど、三十年前に施されている。恐らく、生まれて間もない君に封印魔法を施したんだわ。とても精巧で複雑な魔法の紋章が心の臓に刻まれている」
「…解くのは難しいか」
「死にたいのかな。けど、この術の解き方は簡単。肉体が魔力に見合うようになれば勝手に解ける」
「肉体を魔力に合うようにする方法は?」
 フレデリカは首を大きくひねって悩んだ。どうやら知識外の質問だったらしい。
「…難しいな…完成した陶器の茶碗を大きくしろって言ってるようなものだよ」
 アレンはフレデリカが戦う目的を思い返した。フレデリカは亀裂を保護する為にアレンを保護したが、超大規模結界の亀裂を塞ぐのにどれだけの魔力が要るのだろう。
「こうなったらアレッサンドロ本人を服従させるしか無いかな…アレンは物理に特化する訓練をしよう。それと、時空魔法以外の魔法訓練だね。因みにどんな魔法が使える?」
「聖属性魔法と暗黒魔法、炎魔法と風魔法だ」
「あんた、魔人の血を引いてるのに聖属性魔法が使えるなんて!惜しいなぁ、魔導不完全疾患じゃなきゃ魔法特化の訓練させていたよ」
 魔人は魔物に近しい種族である為、聖属性の攻撃や魔法を扱えない。しかし、稀にそういうものを使える者が居た。アレンが知っている者だと、十二神将〈聖女〉ニコと〈剣聖〉コーネリアスの二人だ。
「時空魔法以外の魔法の訓練も控えた方が良いのか?」
「筋肉は負荷を掛けると成長する。それと同じで魔法と魔力もより強くなるからね。やめた方が身の為だよ」
 アレンはフレデリカに問うた。
「お前は十二神将〈神風〉としての俺をどれだけ知ってる?」
「十二神将の序列は七位。コーネリアスの没後、適任者が居なかった為、侍従アラナンとザロ家の推薦を受けて就任。歳は今年で三十。母は人間の奴隷で父親は魔人の貴族と思われる」
「そう…なあフレデリカ、この戦争に何年掛けるつもり?」
 フレデリカは何年でも、と言おうとして口を噤んだ。
「俺、少し調べたんだ。アーサーの母方の実家は近親婚を繰り返していて、本家の長老以外は大半が四十を迎える前に死亡してる。フレデリカ、俺はあと、何年生きられると思う?」
 俯き加減だったアレンが顔を上げてフレデリカを見た。その顔は無表情だったが、まるで死にたくないと懇願し絶望する奴隷のように、惨めで哀れで、余りにも醜かった。
 フレデリカは答えられない。手脚を斬り落として監禁したいくらいにアレンを愛しているが、無責任な事を言って彼を傷付けたくはなかった。何しろ前例が無さ過ぎるのだ。苏安スーアン皇族の流れを引いている魔人の混血児で、先天性の魔導不完全疾患。強い魔人の混血だから長く生きるかも知れない。しかしスー氏の血を引いているから、あと十年も生きないかも知れない。明日、来週、来月、死ぬかも知れない。
 答えられないフレデリカにアレンは謝罪した。
「…ごめん、お前にこんな事を聞いても分からないよな」
(何で、あんたが謝るのよ)
 只々、悔しい。この手はかつて万物を創造し、〈創り手〉とまで謳われた。今やその手は敵を屠り傷付け、目の前で苦しむ愛しい者すら救えない。神話の中で最も慈愛に満ちた美しき聖女とも呼ばれたが、それはもう過ぎ去った過去の栄光。聖女フレデリカであれば彼の病を、血の呪いを癒せたのだろうか。しかし聖女フレデリカはあの日、炎にのまれて死んだ。残ったのは力の無い灰が形を成しただけの女。自分が不死鳥であれば良かったとこれ程までに思った事は今まで無かった。
 フレデリカはアレンを抱き締めて問う。
「…もしも願いが今この瞬間叶うとして、何を願う?何を叶えたい?」
「…家族と、余生を過ごしたかった。けど、あいつらが生きているのか確認も出来ない」
 アレンはフレデリカの頭を押して退ける。その顔は涙で濡れていた。
「何でお前が泣いてるんだよ」
「私、悔しい…今の私が聖女だったら、あんたの病を治せたかも知れないのに…!治せたら、もっと色々出来たのに…!」
 アレンは静かにフレデリカを見詰めた。
 馬鹿な女だと思った。聖女であった自分に取り憑かれ、他者の痛みや苦しみをかつてのように自ら進んで背負いに行く。力があった頃ならまだしも、力を最盛期の九割以上失くした今、出来ない事が増えた自分を責め立てている。
「昔が聖女なら、今のお前は何?」
「…何者でもない、只の灰だ。不死鳥にはなれなかった」
 アレンはフレデリカの目を見て言った。
「不正解。お前は神様からちょっと長生きし過ぎの凡人になっただけだ。輪切りにしても身体が再生する奴を凡人と呼ぶのはおかしいかも知れないが…灰じゃない」
「…慰めようとしてくれてる?」
「さあね。好きなように受け取れ」
「アレン大好き!」
「うわ離れろよ気色悪い!」
 アレンはフレデリカの頭を右手で押そうとしたが、痛みに思わず顔を顰める。
「あ、ごめん…」
「別に。回復薬ポーション使えば治る」
「馬鹿じゃないの!?回復薬は違法薬物だよ!?知らなかった?」
「そのくらい知ってる。回復薬の危険性を真っ先に指摘して著書で罵倒していたのはオグリオンだぞ」
 回復薬はどんな傷も直せる…そう思われていたが、傷口を癒着させる薬品であり、回復したと思うのは、傷の程度にもよるが使用後に数分掛けて傷口がくっつくからである。所謂、接着剤のようなものだ。しかし学の無い貧民はどんな病も治せると信じて疑わず、『回復薬』を飲み込んでしまうという事例は多々あった。飲み込んだ場合、臓物が滅茶苦茶に癒着して苦しみながら死ぬ。飲み込まなくても傷口に掛けた場合は傷がおかしな塞がり方をして、中途半端に開いている傷口から細菌感染して壊疽を引き起こす。特に金の無い貧民では治療も出来ずに死ぬ。
 危険性はある程度知られてはいるが、売買は抜け道を見付けて行われる。販売対象は主に貧民。しかし貧民では買えないような値段で売り付け、借金を負わせ、払えない者が女である場合は性奴隷とし、男なら闘技奴隷か大規模農園の奴隷、或いは優れた素質を持っていれば繁殖奴隷に落とされた。
「俺の部隊は優遇されていなかった。だから医務官は未熟で、研修生ばかりだった。自分で手当て出来るようにもなったけど、どうしても時間が無い時は違法薬物に頼ってた。だから慣れてる」
 そう言ってポーチから緑色の液体が入った試験管を取り出したアレンの手を、フレデリカはそっと押さえた。傷に障らぬ為か、試験管を割らないようにする為か…普段強引な所がある彼女にしては、とても慎重で優しい手つきだった。
「…プロテアには優秀な医官が居るわ。コンラッドとサーリヤ、ザンドラ。外部の協力者なら除霊師とマリアが優秀。もうそんな危険な物に頼らなくていい。仲間をもっと頼って」
「仲間…」
 フレデリカはアレンが必要最低限しか仲間と会話しない事を知っていた。まるで『仲間』でも『部下』でもなく何処か遠い他人のようで、その心の底にあるのは不信なのだろうと思っていた。アレンの中にある区切りは、『自分』、『家族』、『他人』なのだろうが、フレデリカはアレンに信じる何かを持っていて欲しかった。
「知ってる?私達って最近読んだ本の話、流行り物の話、恋話するのよ。アレンもさ、仲間なんだから。一緒に話そうよ」
「一緒に…」
「うん。あんな引き入れ方したけど、今じゃ私はあんたは対等な仲間だと思ってるんだ」
 アレンは戸惑いながらフレデリカの顔を見た。帝国の者達は皆、アレンを蔑むか弱い存在、或いは上司として扱ってきた。そこに対等なんて言葉は無かった。
「…対等って、何さ。弱い、役立たずって、お前は言わないの?病気で、本来の目的を果たせないかも知れないのに」
「私はあんたをそんな蔑むつもりは無い」
 アレンは手の中の試験管をポーチに仕舞った。苦い思い出と共に、無限の空間へ葬るように。
「言ったでしょ、仲間だって。辛い事があればさっきみたいに慰め、慰められる。面白い話は共有する。喧嘩しても仲直りする。病気なんて関係無い。それが仲間だよ」
 そう言うフレデリカの顔は、またアレンの傷を背負おうとしたのか、辛そうだった。
(手脚を斬り落として監禁しようとしてくる気狂きちがいだが、昔は本当に只の聖女だったんだろうな)
 これ以上彼女の辛い顔を見るのは、流石のアレンも苦痛だ。
「…じゃあ、泣くのやめなよ。不細工な面を仲間に見せるのはどうなのさ」
「はああ!?ブスじゃないし、可愛いし!」
「はいはい、フレデリカは可愛いよ。泣き顔よりも河豚みたいな顔の方がね」
 アレンはフレデリカの頬を摘んでそう言う。この女には泣き顔より、腹の立つ笑顔と河豚みたいな怒り顔が何より似合うから。
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