創世戦争記

歩く姿は社畜

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バルタス王国編 〜騎士と楽園の章〜

美男葛の財布

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 アレンはフレデリカと別れた後、コンラッドに腕の手当をして貰っていた。
「先天性の魔導不完全疾患だったか…大変だったな」
「危なかったよ。気付けて良かった。会話って大事なんだな」
「君は積極的に人と話さないタイプだな」
 コンラッドの言葉にアレンは頷く。
「他人とは余り話さない」
「十二神将ともなれば暗殺される可能性は出て来る。余計な関わりを断つのも手だろう。その方が厄介事に巻き込まれずに済むからな…まったく、早速厄介事が来たようだ」
 コンラッドの部屋の扉が乱暴に開かれ、返り血を浴びたファーティマが青年を抱えて入って来る。後ろから鳥籠を持ったサーリヤも入って来た。
「…これは…かなりの厄介事だな」
 アレンはファーティマに抱えられている青年を見て眉をひそめた。
(拷問を受けていたようだな)
 手足の爪は剥がされ、背中は鞭で打たれたような跡が走っている。
「牢から助けられたのはゼオルだけだ。〈大帝の深淵〉を痛めつけて話を聞いたところ、あとの奴らは処分されたらしい」
「ゼオルを診察台へ。アレン、そこの桶と布を取ってくれないか?水も入れて欲しい。それから、そっちの回復促進剤も」
「消毒液って無いんだ」
「切らしていてな。サーリヤ、そこに包帯があるから取ってくれ。ファーティマは…もう持って来てくれたのか、早いな」
 サーリヤが机に鳥籠を置くと、中に入っている鷹がゼオルの方を向いて鳴く。彼の愛玩動物だろうか、ゼオルが心配のようだった。
 アレンはポーチの中を探ると、消毒液をコンラッドに投げて寄越す。
「俺のやつがある。使って良いよ」
 そう言って渡した消毒液を見たコンラッドが目を見開く。
「オグリオンが調合した消毒液…!?超弩級の高級品じゃないか!幾らだ?幾らでも払おう!」
「別に良いよ。俺は今、〈プロテア〉の構成員だし。フレデリカの言葉を借りると…、仲間?」
 ポケットから財布を取り出そうとしたまま固まったコンラッドを見て、アレンは急に恥ずかしくなり顔を背ける。
 そんなアレンを揶揄うようにファーティマが言った。
「照れてんの?可愛いね。けどお前さ、所持金ある?」
「ゔっ…」
 痛い所を突かれたアレンは呻いた。財布は恐らく屋敷に置きっぱなしにしていて、今頃は灰として処分されているだろう。
「仕方無ぇな。俺が財布買ってやるよ。コンラッド、後でこいつに金払っとけよ」
「分かった。アレン、ファーティマは金持ちだから贅沢して来い」
「テメェその眼鏡かち割るぞ」
 そう言いながらファーティマはアレンの左腕を引っ張って外へ出る。
 ダンスホールの外へ出ると、夕方の六時を告げる鐘が鳴った。
「結構響くけど、バレないのか?」
「バレるよ。けど王侯貴族共が把握しているペダインズ神殿を通る道は複雑だ。まあさっき地形を変えてきたけど」
「地形を変えた?」
 ファーティマは薄く笑っただけで答えない。恐らく、アレンを信用していないのだろう。
 帝国の上流階級の大半はアレンの事を信用していなかった。見下して道具のような扱いをしていたが、ファーティマがアレンに向ける『不信』の眼差しには『警戒』と『観察』が含まれている。
「…お前から見た俺って、どんな感じ?」
「信用出来ないよね」
 ファーティマはアレンの問いに即答した。
「隠し事が多い。そんでもって、隠すのが下手糞。ほら、財布を選んでご覧よ」
 アレンは屋台の商品棚にある財布を見て悩んだ。
 アレンは自分で選んだ寝間着ではないとはいえ、美凛メイリンにナンセンスと言われた事を少し引き摺っていた。
 悩むように財布を眺めていると、美男葛をあしらった革財布が売っている。
 美男葛はコーネリアスが好んでいた。砂漠には生息しない植物だが、屋敷で何とか育てられないかと躍起になっていたが、結局叶わず、内通がバレて殺害されてしまった。
(…あれ良いな…けど…他のやつより派手だし高い…)
 またナンセンスと言われるのは御免だ。別の地味な安い財布に手を伸ばそうとしたその時。
「お前ってさ、事なかれ主義なんだね」
「自分の事に関してはそうだけど、どうして?」
 ファーティマは美男葛の財布を取って言った。
「お前の視線が二秒、これに釘付けになってた。確かに良いお値段だが、今の俺はちょっと機嫌が良いから買ってやらんでもない」
「…」
「美男葛の花言葉、知ってる?再会、好機を掴む、また逢いましょう…だそうだ。お前、また逢いたい人居る?」
「…居る」
「花言葉に意味があるのかなんて分からないけど、これにする?」
「うん」
 短く返すと、ファーティマは会計を始めた。
(コーネリアスは、元婚約者に逢いたかったのだろうか)
 生きていれば逢えるかもしれないが、死んでいてはそれも叶わない。生きているか死んでいるか分からない者に逢いたいと物言わぬ花に願うのは、はたして意味があるのだろうか。
「ほら、財布」
「ありがとう」
「それじゃ、帰ってコンラッドに小遣いをせがもうぜ」
 そう言って彼が歩き出すので、アレンも財布をしっかり握って歩き出す。しかし、アレンの視線は段々と下がって財布へ向く。
 財布を眺めるアレンにファーティマが足を止めて言った。
「俺、ゼオの怪我が治ったら国に帰るんだ」
「クテシアに?」
「戦況が思わしくない。まあ、お袋には予め預言してあったけど」
「預言?」
「忌まわしい能力さ。世界にある因果律と自分の持つ情報を高速演算して未来を、万物に宿る精霊からの言葉という形で知る力。お前、俺の本名を知ってるだろう?」
 彼の本名は預言者アイユーブ。クテシアには神託を受ける王子が居たという話はアレンも聞いた事がある。
「忌まわしいって、何処が?」
「預言は当たれば当たる程、正確性に磨きが掛かる。俺は何度か預言をしていて、今の所一度も外れていない。そんな俺が例えば、明日の夜明けに死ぬと預言したら、明日、高確率でお前は死ぬ」
 アレンは思わずどきりとしたが、ファーティマは笑う。
「大丈夫、今のは例えだよ。今の所、お前に死の兆しは見て取れない」
「…じゃあ、何でお前はクテシアじゃなくて此処に居るんだ?預言出来る奴が居たら対策を練られそうなもんだが」
「お袋は子供に甘いからな。これは疎開という形の国外追放だよ。二度と戻って来るなと言われた」
 ファーティマとサーリヤの母親はクテシアの女王ヌールハーン。あの国では⸺否、何処の国でもそうだが、王の命令は絶対だ。
「まあこの五年は国の利益になりそうな組織を探して関わりながら旅費を貯めてたけどね」
「最初から命令を聞くつもりなんて無いんだ…」
「当たり前だろ?俺は第三王子だ。第一王子が王位継承権を持ち、第二王子以下の男は将軍として戦う。それが俺の故郷の伝統だ」
 クテシアには第一王子と第二王子が居ない。十五年前、帝国が王子三人を毒殺しようとしたが、ファーティマ⸺アイユーブ王子の毒殺は未遂に終わった。
 それでも彼が王子を名乗るのは、将軍として戦場で戦うつもりだからだろうか。
「悪しき伝統は変えなければならないけど、何も俺達を疎開させなくたって良いと思うんだよね」
 ファーティマはアレンの財布を見て言った。
「俺さ、生きてまた皆に会える気がしないんだ」
 アレンは思わず口を開きかけたが、ファーティマはそれを見て笑う。
「預言じゃないぜ、これ。直感な?…けど、もし俺が死んだらさ、サーリヤ達の事を頼みたい」
 ファーティマはサーリヤを置いて故郷へ帰るつもりのようだ。
「生きて帰れるように善処しろ。あのお子ちゃま達を悲しませたくないならな」
「…はは、善処するよ」
 薄っぺらい笑みが心からの笑みに変わったその時。
「大変だ!騎士団と軍隊が入り口を見つけやがった!」
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