創世戦争記

歩く姿は社畜

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グラコス王国編 〜燃ゆる水都と暁の章〜

無法国家グラコス

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 リヴィナベルク⸺十万年前、〈厄災〉リヴァイアサンが暇潰しに興したグラコス王国の首都。白い大理石でできた都は美しく、無法国家である事を感じさせない。しかし、近付くにつれて街は本質を見せる。遠くから見れば美しい水の都は、近くで見るとボロボロで、至る所で工事を行っている。

 野営地を出て一ヶ月後、漸く目的地リヴィナベルクに着いたアレンは、これから会う事になるキオネの人となりを考えて溜息を吐いた。
「そんなに陛下の事が不安か?」
 横を馬で進めるテオクリスの言葉にアレンは頷く。
「フレデリカをして狂ってるって言わせるような奴だぞ…変人はもうお腹一杯だよ」
「安心しろ、あのお方は客人を雑には扱わんよ。そうだ、皆を呼んだらどうだ?」
 テオクリスの言葉に頷くと、アレンは新しい扉の媒体である懐中時計を取り出した。すると、幹部達が待ってましたと言わんばかりに飛び出してくる。
「リヴィナベルクとか久しぶり!喧嘩に賭博、女と酒!アルケイディアより何でもあるよ!」
 ネメシアが革の鞄から財布を取り出して所持金を数えている。どうやら賭博に参加するつもりらしい。
「ギャンブルは程々にな…」
「はーい!」
 元学生達が喜び勇んで遊びに繰り出すと、アレンは疲れた顔をしながら街へ入った。
 この一ヶ月、アレンは休憩時間中にキオネについて調べていた。すると浮かび上がって来たのは、キオネの異色の経歴⸺という名の殺人事件記録だった。
「見てみろ、街は平和そのものだ」
「あー…うん、ソウダネ」
 平和そのものだ、その言葉は確かにそうなのだろう。暴君キオネの治めるこの国はキオネが法律だ。誰もがキオネを恐れて問題を起こさない。しかし街に入って直ぐに何人かの娼婦に捕まるとは何事だろうか。
 娼婦達は馬の上に居るアレンの腕やコートをぐいぐい引っ張る。
「お兄さんイケメンね。大サービスしちゃうよ」
「ちょっと、私が先よ」
「テオクリス様、こちらのイケメンは何処の方?」
 アレンはあの空間の中にできた大きい建物を思い出して遠い目をした。
(帰りたい…拠点の温かい部屋へ帰りたい…)
 あの建物は拠点と呼ばれ、幹部達は個室を持っており、アレンにも部屋が割り振られた。
「テオさん、帰って良いか…?」
「疲れた顔をするんじゃない!ちょっくらヤッて来たらどうだ?アレン、何事も経験は大事だぞ」
「俺童貞じゃないよぅ…」
「えっ、お前、幾つで卒業した?」
 アレンは至極真面目に答えた。
「十七で卒業したよ。酒の勢いに任せてヤッてたけど」
 テオクリスは引いた顔をした。
「無いわぁー…陛下でも酒の勢いでヤらないぞ。無いわお前」
「海賊が倫理観的な何か持ってんのおかしいだ⸺」
 その時、アレンの背後から恐ろしい気配がした。
(やばい、振り返っちゃいけないやつだ)
 アリシアではないが、嫌な女の気配。その気配は娼婦を押し退けて隣までやって来ると、アレンの肩を掴んだ。
「ねぇアレン、童貞じゃないってどういう事…?」
 フレデリカの高い声が不気味に響く。
(やばい、誰か俺を保護してくれ…!)
 アレンは縋りたい一心でテオクリスの方を向いた。
「テオさん、キオネの城にお泊り出来るかな!?」
「陛下は歓迎してくれると思うぞ」
「良かった、それじゃあさっさと行こう!」
 アレンがそう言うと、後ろの方でフレデリカが喚いた。
「おいこら説明責任果たしなさいよ!逃げるなぁぁぁ!」
 テオクリスは馬の腹を蹴った。アレンも続けて馬の腹を蹴ると、一気に本丸キープまでの坂道を駆け上がった。
 リヴィナベルクは海辺の巨大な丘の上にあり、丘の上から街と美しいリヴィナ海を一望出来る。
「この国にある階級は国王、海竜アクアドラゴン、商人、その他平民と各種奴隷のみだ。近年軍人の階級もできたが…この街では、海竜以外の種族は丘の上に行く程高い階級の者が住んでいる」
「本丸に近い程位が高いのはあるあるだよな」
「ああ。だがこの国には貴族が居ない。軍人階級も最近できたばかり…つまり、上の方は商人が多く住むんだ」
 そう言ってテオクリスは城の中へ入る。
「この城は今、海龍王キオネの居城だが商人会合の会場でもある。以前はアルケイディアで行われていたが、バルタスは今内戦状態だからな」
 大陸の中心に位置するのは苏安スーアン凰龍おうりゅう京だが、このリヴィナベルクには苏安では堂々と取引出来ない物も集まる。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!活きの良い魔人の奴隷だよ!」
 木槌ガベル打撃板サウンドブロックを叩く大きな音が響いて競りが始まる。
 この国では人も商品になる。世界では奴隷の取引に厳しい目を向けられているが、奴隷は安い人材として多く使われているのが現状だ。
「城の広間で人身売買か…何でもアリだな」
「陛下が許可しているからな。因みに夕餉は大広間で食べる事になるから安心して良い」
 その時、いつの間にか追いついたフレデリカが鼻を鳴らした。
「人身売買とか、胸糞悪い」
「…お前、俺の手脚斬り落とそうとしたよな。お前だけは言っちゃいけないと思うぞ」
「アレ、ナンノ話ダッケ」
 そう言ってとぼけるフレデリカに舌打ちしながらアレンは人身売買の様子を眺めていた。
(…値段安いな)
「売れ残りは?どうなんの」
 テオクリスは檻に閉じ込められた魔人の女を指差した。
「あの女が売れ残った場合、闘技場で慰み物になるだろうな。魔人はそもそも娼館に落とすには危険過ぎる種族だし。まあ売れ残りの中でも、状態によって結末は変わってくる。処女であれば少しは金のある闘技場へ送られるだろうな」
 その時、処女検査が始まった。
「嫌ぁぁぁ!」
「え、指で確かめてんの?」
 アレンはオグリオンとも暮らしていた為、そこそこ知識はある。処女膜は性行為以外の要因でも破れるので、目視や指を入れての確認は医学的根拠が無い事も知っていた。
「アレンって何も知らないのね。あれはパフォーマンスよ」
 指の動きは段々激しくなり、女の身体が震える。遠くから見ても性感帯を刺激していると分かる程だ。
 フレデリカは腕を組んでアレンを睨んだ。
「あんた本当に童貞卒業してる?」
「喧しいわ」
 テオクリスはそんな二人を無視して言った。
「フレデリカの言う通り、これはパフォーマンス。魔人は危険な種族だから買いたいと思う人が少ない。売れるようにするには、ああやって鳴かせる必要があるのさ」
 女が耐え切れずに悲鳴のような嬌声を上げながら潮を吹いて絶頂した。
「しかし困ったな。この声、陛下にも聞こえてるぞ」
 アレンはテオクリスを見て首を傾げた。
「何か問題でも?」
「実は⸺」
 テオクリスが答えようとしたその時。
「政務が溜まってるのに、ムラムラしちゃってぇ」
 突然背後から聞こえた声にアレン達はびくりと跳ね上がりながら振り返った。
「やあやあ御機嫌よう」
 アレンはばくばくと鳴る心臓に自分でも驚きながら声の主を観察した。
 空色の柔らかい癖毛をポニーテールにした美しい青年。人間の耳がある位置からはひれが生えており、戦いによってできた物なのか穴が空いている。海竜だ。
「ご、御機嫌よう…」
「ちょっとキオネ、いきなり背後から出て来ないでよ!びっくりした!」
 フレデリカが喚くとキオネはフレデリカの手の甲に唇を落とした。その仕草はとても優雅で洗練されており、地下街で連続殺人事件を起こしたとはとても思えない。
「失礼、レディ・フレデリカ。少し遊びたくなってしまってね。やあお帰り、レディ・テオクリス。お勤めご苦労」
 そう言ってテオクリスの手にも唇を落とすと、今度はアレンを見て金色の目を輝かせた。
「そして、君が噂のアレンだね!?聞いているよ君の活躍は!アルケイディアに入港していきなり〈赤銅騎士団〉と乱闘騒ぎを起こしたそうじゃないか!僕は君みたいな愉快な人が大好きなんだ。僕はキオネだ。宜しくね!」
 早口に一気にまくし立てられ、アレンは若干引いていた。
 キオネはアレンの事を大好きと言ったが、アレンはそうは思っていない。
 人の都合を考えずに突発的に行動し、時には気の赴くままに破壊活動を行う、魔人よりも危険で強大な種族。帝国に仕えていた時、作戦の伝達をしようとした際に食べられ掛けた事がある。その時に武公の飛竜スカイドラゴンヨルムが助けてくれたから良かったものの、ヨルムが居なければどうなっていたか、考えるだけで恐ろしい。
 そう、アレンは竜族ドラゴンが大の苦手だった。
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