創世戦争記

歩く姿は社畜

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苏安皇国編 〜赤く染まる森、鳳と凰の章〜

ザンドラの正義

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「私とあの子の仲が悪い最大の原因だよ」
 そう言ったっきり、彼は何も言わなかった。アレンはそれについて訳を聞こうとしたが、その問いは歓声に掻き消されてしまう。道端の小さな女の子が渡した花束を微笑みながら受け取る姿は、とても姪を殺してしまうような非道な人物には見えない。何か、誤解があるのかも知れない。
 アレンは違和感を抱えながら行軍を続けた。
 
 一方、拠点の中にて。
「ザンドラ、水晶盤の通知が鳴ってるよ」
 庁舎の厨房で皿を拭いているマリアが言った。
「今行くー」
 ザンドラは拠点内で物資の運搬を行う者達に朝食を配膳していた。苏月がザンドラの事も警戒していた為、アレンの計らいで今回は軍事行動に参加せず、拠点内の環境整備の手伝いを行っているのだ。
 朝食を置いて厨房へ戻ると、栗鼠のキーホルダーが付いた水晶盤が振動していた。
「誰かしら」
 ザンドラが水晶盤を長く尖った耳に当てると、水晶盤の向こうから女の声がした。その声を聞いたザンドラはマリアに向かって人差し指を立てると、スピーカーをオンにした。
「もしもし、母様。私よ」
『ザンドラ、今何処に居るの!?』
苏安スーアンに居るわ。珍しいじゃない、そっちから連絡してくるなんて」
『苏安!?お前は無事なの?』
「ええ無事よ。それより、どうしたの?」
 声は平静を保っているが、その顔は険しい。
『今直ぐソレアイアへ帰って来なさい。苏安で昨日、お前の兄様が殺されたわ。苏安は危険よ、苏安人は私達エルフを憎んでるんだわ!』
 国境付近の村を襲って虐殺を行ったんだからそりゃそうでしょうよ、そう言いたいのをぐっと堪えてザンドラは演技をする。
「けど今はされていて直ぐには逃げられないの。父様は何か言ってた?」
『お前が出て行った時は顔を真っ赤にして怒ってたわ。でも、今は泣きながら心配してる』
「心配を掛けてごめんなさい、母様。機を見て脱出するわ」
『屋敷でお前の好きなレモンパイを焼いて待ってるわ、早く戻って来て。全く、苏安に居るんだったらガンダゴウザ達に連れて来させれば良かったわ。苏家の姫とか糞程どうでも⸺』
「母様、監視の兵が来たから切るわね」
 勿論、監視の兵なんて存在しない。ザンドラにとって〈プロテア〉とは貧富や身分といったあらゆるいましめから解放され、ザンドラ・フーゲンベルクではなく只のザンドラという一人の女として生を謳歌出来る場所なのだ。
「国に戻るの?」
 マリアは問うたが、ザンドラにとってそれは愚問だ。
が私の愛する国よ。此処を離れるつもりは無いわ」
 マリアは安心したように息を吐く。
「ゼオル達が拷問されて、クテシア兄妹が出て行って、アーサーが死んで、美凛が攫われて…また誰か居なくなっちゃうって考えると、怖いよ…」
 酒場で強気に癖の強い客を接客している時とはうって変わり、気弱な事を言うマリアの肩をザンドラは掴んだ。
「らしくないわ、マリア。私達は、皆を笑顔で送り出さないと。それが非戦闘員に出来る事よ」
 そう言ってマリアの頬をつまんで上に引き上げる。
「…だから、私を見送って」
「何を言って⸺」
「美凛を連れ戻す。これは私の祖国の問題だから。帝国を倒し、祖国の歪みを正す為に私は在る。使命を果たす時、それが今ってだけよ」
 マリアは唇を噛み締めるが、ザンドラの意志が堅いと知ると、カウンターに座るよう言った。
「カクテル作ってくれるの?」
「お見送りにね」
 そう言って出来上がったカクテルを渡す。
「強い意志を持った貴女へ…ジントニックだよ」
「あら、私の好物だわ。ありがとう」
 そう言って優雅に口をつける。
「…私が睡眠剤を入れてるとか、疑わないの?」
「マリアはそこまで人に固執しないでしょ。それに、私達はいつか散る花のように消えていくのだから。考えてみて、私達エルフは古い森を好む。だけど、それは私達エルフが森を看取る可能性が高くなる。そしてマリア、貴女は種族による寿命の違いをよく分かってるでしょ」
 いつか、人間のマリアはザンドラより早く死ぬ。人間とは弱い種族だ。寿命は百年にも満たず、戦争や病で寿命を迎えずに死ぬ。いつか老衰か災禍によって皆の前を去るのは、人間なのだ。だからマリアは人間関係に固執しない。それは客層の寿命にばらつきがあるからだ。
「…美味しかったわ。今度は美凛を連れて飲みに来るわね」
 そう言って空のグラスを返すと、マリアに背を向けて歩き出す。
 庁舎の大広間を出る前、ザンドラは天井近くに新しく嵌められたステンドグラスを見上げた。〈創世の四英雄〉とプロテアの花が描かれた美しい意匠は、ジョンブリアンによるものだ。
(アレンがアレッサンドロで、フレデリカは本人…じゃあ、残りの二人は?)
 夜色の髪を靡かせる女傑と、白い衣に身を包んだ深緑の大魔導師。ザンドラの中で既に女傑の〈転生者〉は誰か、解は出ていた。一刻も早く、美凛を取り戻さねばならない。だから、徹底的に。
 ザンドラは拠点を出ると、野営地に入った。
「あれ…エルフ?」
 苏安人が大半を占める野営地では、ザンドラは浮いて見える。長い金髪に青い瞳、大きく尖った長い耳。全てが苏安人とはかけ離れたその容姿は、苏安兵士の憎悪の視線を容易く集める。しかし、ザンドラは気にする事なく設営途中の野営地の奥へ進んで行った。
 すると、苏月と何か話しながら歩いているアレンがザンドラを見付ける。
「ザンドラ?」
「あ、丁度良かった⸺」
 そう言ってアレン達に近付こうとすると、苏月の部下が槍を持って妨害してくる。苏月は部下の肩を掴んでそれを制した。
「よせ、阿蓮アーリェンの部下だ」
 アレンは頷きながらもザンドラに疑問の眼差しを向ける。
「何故此処に?危険だから拠点で待機するよう言った筈だが」
 ザンドラはごめんね、と言った。
「陛下にお話があります。出来れば、阿蓮と私、そして陛下が心から信頼している少数の人達で話したいです」
「良かろう。ついて来なさい」
 ザンドラとアレンは苏月の後をついて一番大きな天幕に入った。そこには、何と皇后と四夫人が居る。
「何故お前達が此処に…まあ良いか。それで、話とは?」
 四夫人と皇后を相当信頼しているのか、苏月はそのまま話を促した。
「美凛公主の奪還を行います。ですが、先程実家から連絡が来て、帰還するよう言われました」
「ザンドラ、奪還作戦ってどういう事だ?お前は戦闘員じゃないだろ」
 アレンの問いにザンドラは頷くと、苏月の方を向いて膝をついた。
「昨晩、陛下を襲撃したエルフは恐らく私の兄です。一族の非礼、蛮行、そして祖国の暴挙を謹んでお詫び申し上げます」
「面を上げよ。貴公の謝罪を受け入れよう。それで、救出作戦とは?」
 ザンドラは顔を上げると、作戦について説明を始めた。
「苏安軍から逃げてると見せかけて、公主の救出作戦を行います。美凛様が攫われたのは昨晩。まだ近くに居る筈です」
 苏月はアレンの方を向いた。
「魔人の移動速度は?」
「梓涵も同行しているなら人間に合わせるはず」
「分かった、採用だ」
 思ったより早い決断にアレンとザンドラは目を見開いた。
「早くないか?」
「モタモタしている暇は無い。軍事演習は行うが、これでも私は一人の親だ。娘を心配しない筈は無かろう。だが、やるからには徹底的に、だ」
 そう言って皇后と四夫人の方を向いた。
「調度良い。私を襲撃して無事で済む筈が無いのだから、化粧をしてやりなさい」
 そう言うと、四夫人は長く広がった袖から化粧道具を取り出す。そしてリー貴妃がザンドラをの腰に巻いてあったベルトと短剣を外して羽交い締めにすると、四人がかりの特殊メイクが施される。
「アレン、このサンドバッグを持ってそこに立って。…よし」
 苏月の重た過ぎる蹴りと拳を必死にサンドバッグで耐えていると、外がざわざわしてくる。
 暫くして特殊メイクが終わると、殴られたような顔のザンドラが出来上がった。
 苏月はザンドラの顔に満足気に頷くと、ベルトについた鞘から短剣を取り出し、自身の腕を無造作に切りつけた。
「陛下!?」
 ザンドラが声を上げると、苏月は唇に人差し指を当てて短剣を返す。
「短剣は拭かずに、適当な馬を攫って走れ」
 これで準備は完璧だ。ザンドラは短剣を受け取る前に苏安式の礼をした。
「感謝します。陛下」
 そして短剣を受け取ると、全力で走り出した。
 迫る武器を全て全力で避けて、避けて、避ける。そして馬を一頭兵士から奪うと、馬の腹を蹴って走り出した。そして馬に乗りながら実家へ連絡する。
「母様、助けて!苏安軍に追われてるの!」
『何ですって?直ぐにガンダゴウザ達を向かわせるわ!』
 母の愛を利用する事に、罪悪感は微塵も無かった。あるのは祖国の歪みを正すという正義感と、美凛を助けたいという純粋無垢な友情。親の金をくすねて士官学校へ通いもしたし、勝手に家を出て行った。悪い娘で、その自覚はあった。だけどそれ以上に、祖国の行いを恥じてもいた。学校へ通っていたのは、祖国の歪みを正す指導者に、英雄になる為だ。
 矢が頬を掠めるが、気にしない。自分の正義を貫く為に、今まで生きてきたのだから。
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