創世戦争記

歩く姿は社畜

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苏安皇国編 〜赤く染まる森、鳳と凰の章〜

遺物

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 夕方、訓練を終えたアレンとフレデリカは、苏月に呼び出された。
「呼び立ててすまないな」
 そう言った苏月は、目の下に濃い隈を刻んでいる。どうやら化粧で隠していたらしい。
「かなり疲れてるな」
 苏月はアレンの言葉に溜息を吐くと、一枚の紙を渡した。
「先程、エルフの軍隊が智稜ちりょう城へ攻め行ったと連絡が入った」
 紙には地図と侵攻ルートが書かれている。場所は〈奈落〉の北東。
「確か、〈奈落〉の領有権を主張しているんだっけ」
「ああ。だが帝国が背後にいる以上、〈奈落〉の古代遺物を狙っているとしか考えられない」
 フレデリカは眉を潜めた。
「古代遺物?何で遺物を…」
「何か知ってるのか?」
 フレデリカはアレンの問いに一瞬言葉を詰まらせた。
「…遠い昔、旧世界で使われた機械。その中でも、大量殺戮兵器があの森にあるかも知れない」
 苏月は紙に絵を書いてみせた。車輪と風車、羽のような物が付いた乗り物。そして丸い何か。
「例えば、羽のついた鉄の塊。それから巨大な球状の何か。他にも色々落ちている。智稜では、そういった遺物の調査が行われていた。それらが何なのか、どういった用途で使用されるかは詳しく判明していない。だが危険な物である事は確かだ」
 フレデリカは拳を握り締めた。
「人類の負の産物、核兵器。私達魔法族マギカニアはそれらを〈鋼鉄の翼〉、そして〈叡智の焔〉と呼んだ。一つの〈鋼鉄の翼〉、一つの〈叡智の焔〉で、何百万もの生命を殺せる」
「そんな危険な物、そんな簡単に手を出して…」
「森に引き篭もる苔の生えた馬鹿共だから、手を出すのよ」
「馬鹿?エルフが?」
 エルフと言えば、長命で神から智慧を与えられた美しい種族だ。森の賢者や森の守り人とも呼ばれる彼らが馬鹿、というのは想像出来ない。
 フレデリカは重々しく口を開く。
「…神話では、旧世界から新世界に渡ったのは、戦争に加担していない善良な民。…私達は無作為に選んで召喚し、異界へ渡った。そう思っていた!」
 フレデリカは血が滲むほど強く拳を握る。その拳は罪悪感と怒りに震え、不思議な色の瞳は怒りで赤く見えた。
「シュルークは敢えて、を選んだ。洗脳しやすいからよ。今この世界の宗教である〈創世戦争記〉の著者はシュルーク。聖書と魔法で人々を洗脳して太平を築いた。そして奴は…面白半分で危険な遺物の一部を〈奈落〉へ隠した」
 英雄シュルーク・イブラヒム=クテシア⸺彼の悪行は数知れない。彼は興味本位で生物実験を行い、面白半分で隷属魔法を始めとした様々な魔法を編み出した。
「フレデリカ、知ってて止めなかったのか?」
「知らなかった。後から、あいつの遺言書で知った。知ってたら止めてたわよ。でも弱者を選ぶのは止めなかった」
 洗脳そのものにフレデリカは善悪を付けていない。効率が良くなるのなら洗脳するのも手段だとすら思っている。
「二人共、私を咎めないの?」
 フレデリカは引き攣った笑みを浮かべながらアレンと苏月の顔を見た。しかし、二人は顔を見合わせて言う。
「俺がシュルークなら、移住先で面倒起こされたり巻き込まれない為に洗脳するよ。思いつく限りの事はする。聖書とか…でも残念ながら俺に文才は無いけどね」
「…私もだ。そして後悔するだろう。今の貴公のようにな」
 二人はフレデリカに気を遣ってくれているようだ。
「…ありがとね、二人共。それじゃあ、話を戻すね」
 そう言って咳払いすると、さっきの馬鹿発言の話に戻す。
「頭の弱い奴の子は頭が弱い。マイナスからマイナスしか生まれないようにね。だから、長命で〈創世戦争〉の時代に比較的近い祖先を持つ者は、ほぼ必然的に阿呆、馬鹿、間抜けと相場が決まってる。じゃあそんなエルフ達が〈鋼鉄の翼〉と〈叡智の焔〉を見たら?触るに決まってるじゃない」
「その〈鋼鉄の翼〉と〈叡智の焔〉の被害範囲は?」
 苏月の問いにフレデリカは腕を組んで悩んだ。
「どれだけだったかしら…けど〈奈落〉の真ん中で爆発させたら…」
 アレンは悩むフレデリカに問う。
「その…爆弾?ナンチャラの焔を魔導爆弾に換算するとどうなる?」
「魔導爆弾が千個以上かな…けど物によるわ。確か、人間はあれを原子爆弾って呼んでた。遠く離れていても窓が割れたわ。もう随分昔の事だから記憶があやふやだけど…」
「つまり、近くにある森は全部一瞬で焼滅する訳だ」
「シュルークの奴がどんな細工を施したか分からない。森の愚者共が馬鹿やる前になんとかしないと」
 しかし問題は処理だ。
「どうやって処理する?」
 苏月の静かな問いに、フレデリカは硬直した。
「聞いた感じ、魔力を使う魔導爆弾や火薬とも違う。その辺にポイと捨てる訳にもいかんのだろう?」
「何万年か隔離しないと…」
 アレンはフレデリカの肩を叩いた。
「神話の時代は十万年前。つまり、消費期限切れだ。シュルークは時空魔法を使えないんだよな?」
 フレデリカは拳を振り上げて仰け反った。
「十万年前!十万年経ってるわ!つまり脅威は減ったに等しいのよ!」
「じゃあ〈鋼鉄の翼〉は?こっちは何だ?」
 フレデリカは苏月の方を向いて顔をしかめた。
「空を飛ぶ戦闘機よ。どっかの誰かさんみたいに見ただけで大体の物事を真似出来る奴がエルフに居ないと良いんだけど!」
「私の手ではそんな物造れないよ。ほら、左手の指なんて欠けてる」
 そう言って薬指を彩る長い金色の爪飾りを外すと、第二関節から先が無い。
「戦争をやっていたらこの程度は当たり前だ。アレン、お前は今まで常勝軍に所属していただろうから分からないかも知れないが、身体の欠損や生死を彷徨う重症は日常茶飯事だ。その事を知っておけ」
 そう言って義指でもある爪飾りを嵌めると、地図に視線を落とした。
「…いつ頃に着くのが良いだろうか…」
 苏月としては美凛を回収したい所だろう。アレンもザンドラと美凛を回収したい。
「兵糧とかは足りてるか?」
「ああ。足りなくなったら補給隊が動く」
「〈プロテア〉を経由すれば良い」
 しかし苏月は難しい顔をした。
「甘えきりなのはな…貴公らが居ないと何も出来ない軍にはしたくない」
 苏月の言葉はもっともだ。戦場では何が起こるのか、誰にも分からない。アレン達を頼り続け、戦場にアレン達が居なかったらどうなるか?
「どの塩梅で〈プロテア〉を使うかはユエさんに任せる」
 効率を重視する彼の回答は、ある程度予測出来る。
「申し訳無いが、頼らせて貰っても良いか?」
「勿論」
 アレンと苏月は改めて握手を交わした。フレデリカはそれを見て微笑む。
(懐かしいな…私とアレッサンドロが初めて李恩リーエンとあった時もこんな感じだったっけ)
 冷静沈着なアレッサンドロと生真面目な李恩。二人はこんなふうに握手を交わして協力関係を結び、後の〈創世の四英雄〉とまで呼ばれた。あの時は本当に、素晴らしく輝かしい英雄譚が幕を上げるのだと思っていた。だが、現実は違った。
 愚かなる連鎖は永久に繰り返す。今回の英雄譚もきっと、凄惨な物になるのだろう。連鎖の最果て、そこに自分は居ないのかも知れない。だけど未来へ何か遺す為に人は在るのだ。その連鎖が血塗られた道でも、フレデリカは迷わない。
(だって、この世界はこんなにも最高に憎くて愛おしいのだから)
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