創世戦争記

歩く姿は社畜

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苏安皇国編 〜赤く染まる森、鳳と凰の章〜

憤怒

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 矢が降り注ぎ、魔人達の身体が針鼠のようになる。しかし、人間の矢では魔人の生命活動を停止させられない。魔人達は怒りの呻きを上げながら襲い掛かってくる。
「修行の成果を見せる時だ」
 あの後アレン達は苏月から丸一日も扱かれ、戦闘力が大幅に向上した。
 アレンは剣を構えて腰を低く落とすと、素早く踏み出した。以前より圧倒的に速い動きに魔人達が戸惑ったその瞬間、胴は真っ二つに切り裂かれる。
 脳に苏月から言われた言葉が響く。
『剣の重さに振り回され過ぎだ。力や道具は使いこなすものであって、振り回されてはいけない』
 魔人用に作られた剣は人間が振るには負担が大きい。しかし、アレンはどうしてもこの剣を使いたかった。アーサーの形見の剣では、アレンの今までの戦い方に向いていないのだ。
 その時、アレンとザンドラ、そして美凛メイリンは敵に囲まれた。しかし、アレンは焦らない。
「ぎゃああああ!?」
 突然、地面から先に大きな刃の付いた太い鎖が生えて魔人達を貫く。
 フレデリカと共に馬で駆け寄ってきた苏月は部下に鎮火の指示を飛ばしながらやって来た。
美凛メイリン!」
 しかし、馬から降りて駆け寄って来た父の姿を見た美凛の反応はアレンの予想していた物と違った。
「いや、来ないで!触らないで!」
 そう言って父の手を乱暴に振り払う。美凛はその振り払った手を見て父のものだと気付いて何か言おうとするが、苏月は直ぐにフレデリカの方を向いた。
「フレデリカ、貴公は美凛とザンドラを連れて撤退しろ。出来るだけ男を美凛に近付けるな。四夫人と舞蘭ウーランの元へ行け」
 フレデリカはマントを創り出すと、美凛を頭からすっぽり覆い隠して走り出した。
ユエさん、何事だ?」
「…今は目の前の敵を始末する事を優先しよう」
 そう言って雷を纏った槍を取り出すと、やり場の無い怒りをぶつけるように敵を破壊する。
 アレンも状況が飲み込めないまま剣をひたすら振った。魔人との戦いは危険だ。僅かな油断や隙が命取りになるのだ。

 そして必死に剣を振り続けること二十分、駆け付けた増援を見た魔人達は撤退していった。
「負傷者を運べ!」
 アレンは部下達に指示を出しながら、捕らえた魔人と話している苏月の元へ近付いた。
 魔人の胴に跨り、太い首に骨張った醜い手を伸ばして何か話している。
「月さん、社龍シャ・ロンの軍隊が来た」
 しかし、苏月は答えない。
「月さん?」
 次の瞬間、大きな音がして魔人の首が折れる。そして苏月はゆっくり立ち上がると、魔人の首を無造作に蹴り飛ばした。
 胴体から千切れた頭は不格好に平地を転がって行く。
「…何があった?」
 苏月は座り込むと頭を抱えた。
「本家のクズ共、あの子に手を出しおった」
 アレンは思わず、急遽設営された野営地の方を見る。
「じゃあさっきの反応って⸺」
「…今程、己が男である事を恨んだ事は無い。男でなければ、あのような目を向けられる事も無かった。男でなければ、今あの子に寄り添えたのに」
 細く骨張った指の先は歪に歪んだ爪が短く切り揃えられているが、その爪は今、苏月の手の甲を抉っている。
「月さん、ひとまず戻ろう。美凛は、あんたが思ってる程あんたの事を悪くは思ってはいないと思う」
 そう言って苏月を立たせると、苏月の身体がぐらついた。
「おいおい、どこか痛めたのか?」
「年だな…足を挫いたらしい。だが、歩けない程ではない。若者が羨ましいよ…」
 普段は感情に流されず冷静に振る舞う苏月は年を考えた言動が目立つ。しかし今回はどうやら、年も考えずに相当暴れたらしい。
 馬に乗って陣営へ戻ると、思薺スーチーが駆け寄って来た。
「阿蓮様!ザンドラ殿がお呼びです!」
 アレンが心配そうに苏月の方を見ると、苏月は早く行くようにと言った。
 思薺に案内されて天幕に入ると、天幕の中は血と肉の焼けるの匂いが充満していた。
「こんばんはー、アレン」
 そう言ったザンドラは汗を浮かべながらも笑みを浮かべて手を振った。
「おい、その腕…どうした?」
 ザンドラの左腕は、肘から先が無くなっている。
 血の滲む包帯が巻き付けられた腕を持ち上げてザンドラは言った。
「毒矢を貰っちゃたの。肘は砕けて使い物にならなくなっちゃったから、思薺将軍に肘より少し上から斬って貰ったわ」
 思薺は溜息を吐いた。
「度肝を抜かれましたよ…腕を斬ってくれなんて。あの除霊師殿も驚いてましたからね。〈プロテア〉の面々にはいつも驚かされっぱなしです。それじゃあ私はこれで」
 そう言うと、思薺は役目を終えたと言わんばかりに天幕から出て行く。
「…よく生きて帰って来た」
「私って意外と戦闘向きだったのかも知れないわね」
 そう言って明るく笑うザンドラに顔をしかめると、ザンドラは笑みを消して口を開く。
「…アレン。今から言う事は、怪我人の囈言うわごとだと思って聞き流してくれても構わない。だけど、敵から得た情報を共有したいの」
「分かった」
 アレンは椅子を引っ張り出すと、寝台の近くに腰掛けた。
「…じゃあ、フェリドール帝国の皇帝の子供は三人居るけど、知ってた?」
「三人?俺は李恩リーエン弥月ミィユエの二人しか知らないけど」
 ザンドラは目を閉じて溜息を吐いた。
「やっぱりね…あいつら、卑怯だわ」
 何も知らない子供に勝手に責任を押し付けて排除しようとするその行為。敵を殺したり利用する事に一切の躊躇いを見せないザンドラだが、帝国のやり方には怒りを感じる。
「皇帝のもう一人の子供…それは、十二神将〈神風〉アレンよ」
 ザンドラは驚きを隠せないアレンを見て言う。
「梓涵の言っていた言葉だけど、私も納得している。その青い髪、青い瞳。ステンドグラスの英雄アレッサンドロそのものじゃない。それに、十二神将の称号も調べた」
 〈盤王〉ハーケ、〈聖女〉ニコ、〈騎士〉ロウタス、〈海侠〉ラバモア、〈海嵐〉ミロス、〈羅針盤〉アンタルケル、〈監視者〉ヴィターレ、〈戦王〉オド、〈剣姫〉李恩、〈弓姫〉弥月。そして今は亡き〈剣聖〉コーネリアス。
「称号で『王』の付く者や、魔人でありながら『聖』の付く者は居た。だけど、どれだけ昔に遡っても、歴代の十二神将に『神』を与えられた者は居なかった」
 神にも等しい力を持って生まれたアレンの存在を、皇帝は認知していたのだ。
 しかし、どうして英雄アレッサンドロはスラムでアリシアと出会ったのだろう。アリシアの何処に魅力を感じ、夜を買ったのか。
「…ザンドラ、親子って何だと思う?」
 アリシアは精神に異常を抱えていたが、アレンの事を愛していた。苏月はかなり不器用だが、美凛を愛している。では、実父アレッサンドロはどうだろうか。
「…私には、分からない。でも、無償の愛をくれる存在だと思うの」
 アレンは溜息を吐いた。望む解を得た、安堵の溜息だ。
「じゃあ、俺の父親はアレッサンドロなんかじゃなくて、コーネリアスだ」
「え?」
 ザンドラの声にアレンは〈時空の書〉を取り出して言う。
「フレデリカはアレッサンドロを愛していた。だから、のアレッサンドロは認知した自分の子を殺すような下衆じゃないと俺は思う」
 そんな下衆を、フレデリカが好きになる筈が無い。アレンはそう信じたかった。だって、あの河豚のような顔にそういう下衆は似つかわしくないのだから。あの河豚面の横に相応しいのは、感性豊かで心の底から笑って喜びを分かち合える存在に決まっている。
「そのアレッサンドロはきっと、偽物なんだ」
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