創世戦争記

歩く姿は社畜

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苏安皇国編 〜赤く染まる森、鳳と凰の章〜

石の森

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 二週間後、同盟軍は苏月の実弟が率いる親王軍とリーサグシア大森林の前で合流した。
「安全よし、押して!」
 智稜を脱出した翌日、アレン達は作戦会議で大型の破城槌の使用を決定した。しかし、只の破城槌での攻撃では古代樹の破壊は難しいと判断された。そこで、グラコスの商人に頼んで仕入れた巨大な破城槌をダルカンやクルト達が改造し、横向きにして纏めて木を破壊出来るようにしたのだ。
 アレンの横に立つヤン親王は色眼鏡サングラスをずらすと、口をあんぐり開けた。
「いやぁー、デカいねぇ!」
 扉から出て来る破城槌は大きく、巨人ジャイアントを雇って移動させなければ動かない程だ。しかし、その巨人ですら額に汗を浮かべている。
 アレンは自慢気に饒舌に語るドワーフの老匠を思い出した。
『元々は鉄をふんだんに使った破城槌だが、森での戦闘を想定して一部を硬い古代樹に変更した。ミスリルやアダマンタイトの重さに耐えられる頑丈さだ。どうた凄いだろう!』
 どうやら、材料の古代樹は〈奈落〉の巨大な木の一部を切り出した物らしい。〈奈落〉の瘴気で変質した木々は根を脚のように使い、意思を持つ。
 凄いけど重過ぎやしないか、そうアレンは問うた。そこで活躍するのが〈奈落〉の古代樹だ。自らの意思で巨人達の破城槌の運搬を支援する。
(しかし、本当に良くできている)
 柱に組み込まれた古代樹が変形して音を伸ばし、海豹アザラシのように破城槌を押して移動を手伝っているのだ。
「あの古代樹、君の所の匠が考えたのだろう?」
 陽親王は苏月より三つ年下の男性だ。しかし、やはり苏月と同じく実年齢より若く見える。
(童心を忘れないのが若さの秘訣なのかな)
 破城槌を見て色眼鏡越しに大きな反応を見せるその紅い目は、苏月のものとは違って爛々と輝いている。
「ダルカン老は凄いよ。あれを〈プロテア〉の非戦闘員や協力者達と五台も造ったんだから」
 破城槌を引っ張る巨人達は、グラコスの奴隷市で売買されていた者達を高値で競り落とした。頭は良くないが、積極的に仕事を手伝ったりしてくれるので助かる。
「陽さん、面白い芸人居たら教えてよ。古代樹の機嫌を取るのはなかなか骨が折れるんだ」
 永い時を生きた古代樹達は頑固者が多い。機嫌を取ってやらないと、巨人すら放り投げてしまうのだ。今は四夫人が舞いや歌、楽器などで機嫌を取っているが、彼女達は腐っても側室。苏月は良いよ良いよと言うかも知れないが、妃をずっと芸人扱いする事は出来ない。
「分かった、探しておくよ。兄上なら四夫人を軽いノリで貸し出しちゃうけど…」
「あー、やっぱりか」
 破城槌がアレンと陽の前を通って行く。地面には大きな轍が残っており、破城槌の重さを物語っている。
 アレンは水晶盤を開いた。
「さっき、リーサグシア大森林の木を分析した。生きていて、木の内部を水が大量に流れている。だけど、木は葉の部分以外は石化していた」
「破城槌は効果抜群だね。兄上の読みは正しかった」
 火を放っても、燃えるのは葉と人間だけ。そして木々は斧すら受け付けない。まさに天然の城壁。
「硬いものは砕けば良い…脳筋理論だよな」
 苏月は作戦会議の時、「柔ければ叩き潰す、硬ければ砕く。それでも駄目なら日向で干せ」と言っていた。脳筋に聞こえるが、アレンはこれだと思ってしまった。柔らかい物を砕くとは言わないし、硬いものを潰すには先ずは砕く。洗濯物は部屋干しをすると臭うので、やはり日向が好ましい。洗濯物は冗談だが、アレン達が居た砂漠はいつも灼熱の太陽が照りつけていた。兵糧攻めをすれば、生命体は自ずと干からびる。苏月はそういう事を言いたかったのだろう。
「脳筋だが、実に的を得ていると思う…けど、美凛には上手く使えないみたいだね」
 美凛はだいぶ状態が良くなったが、先程ネメシアが苏月の背中にくっついているのを見て、ネメシアに茶を吹っ掛けて引っ叩き、苏月に向かってお盆を叩き付けて殴り飛ばした後に顔を丸々と膨らませながら拠点へ戻ってしまった。
「凄い発狂ぶりだったけど…何だったのあれ」
 陽は苦笑いした。
「嫉妬だろうねぇ…」
 少し不穏な響きのある単語にアレンは陽を見た。
「嫉妬?誰にさ」
「ネメシア君だよ。兄上と話がしたかったのに、自分より先に血のつながりもない奴が居て…何を話したかったのかは知らないけど、あの子の独占欲の強さは兄上譲りだからね」
 何かを独占したくなる気持ちは分からんでもない、陽はそう言った。そしてその視線は、一人の女将軍に釘付けになっている。
「陽さん、思薺スーチーさんの事が好きなのか?」
「独り占めしたいくらいには好きなんだけど…何度か告白してるのにふられ続けてるんだ。多分、思薺は面白がってるよ…」
「思薺さんは未婚か?」
 陽は頷いた。
「うん。俺も彼女も三十九歳で未婚…兄上も弟も妹も結婚したのにな。俺だけ取り残された気分だよ…アレン君は良いお嫁さん見つけろよー」
「お嫁さんかぁ…布団で良いよ」
 冗談めかして言うと、陽は真顔で返した。
「因みに胡蝶フーディエ社龍シャ・ロンの正室…皇后になる予定だけど、四夫人の頂点である貴妃にはお布団を冊封するつもりらしいよ」
「その内皇后に取って代わりそうだな」
「否定出来ないのが怖いよね。ちゃんとした有機生命体をお嫁さんにしなよー」
 正直、戦争中にそんな事を考えている暇は無い。だけど、戦いの果てに、もし誰かと結ばれる事があるとしたら?
(その時は、誰が立ってるんだろうか)
 天幕の中から軽度の武装をした舞蘭が出て来る。舞蘭は夫の元に近付くと談笑を始めた。アレンはそれを見て、二人が結ばれた理由を何となく悟る。
(戦いの果てに立っていたのが、あの二人だったんだ)
 二人は時には仲睦まじい鴛鴦夫婦、時には酒を酌み交わす友人、そして時に戦友。
 戦いとは多くのものを奪うが、戦いが深める物もある。
 石の森を破壊したその先、そこには何があるのだろう。破城槌の準備は整った。帝国に同盟の強さを見せ付けてやる時が来るのだ。
「アレン、始まるよ!」
 フレデリカがパカフと共に手を振っている。
「今行く!」
 アレンが駆け出すと、陽は色眼鏡の奥の瞳を細めた。
「今…影が揺れた…?」
 陽は視力が高過ぎるが故に色眼鏡を掛けている。もしかしたらレンズが汚れているのかも知れない。
 目を細めながら眼鏡を外すと、ハンカチで丁寧に優しく拭く。
「ふむ…気のせいだろうか」
 もしかしたら疲れているのかもしれない。何せ昨晩は襲撃を受けた村の復興を手伝っていたのだから。
「何事も無いと良いけど…」
 そう呟くと、アレンが号令を掛ける。
「引け!」
 大きな音を立てて、巨大な槌がブランコのように引っ張られる。巨人は知能が低い。だから簡単な言葉でなければ理解出来ない。だからアレンは端的に言う。
「離せ!」
 巨人達の手を離れた槌は、石化した巨大樹をも砕く。それも、一本や二本ではない。
 苏月が指示した。
「苏安隊、破城槌を護衛しながら進軍!」
 苏月に続くようにアレンも指示を出す。
「〈プロテア〉は足場に気を付けて勧め!」
 樹木の中を流れていた水が噴き出し、辺り一面が泥沼に変わる。
 何度も轟音が響き、樹木が次々と砕かれる。
「アレン、破片がかなり飛んでくるわ。ほら傘」
 フレデリカがアレンに傘を渡すと、アレンは傘を受け取りながら年輪が刻まれた破片を拾い上げる。すると、年輪が刻まれた樹木を見てアレンは顔を顰めた。
「これが…木だって?」
 何と、黒く禍々しい何かが破片に纏わりついていたのだ。
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