創世戦争記

歩く姿は社畜

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大和神国編 〜陰と陽、血を吸う桜葉の章〜

逝く者と戻る者

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 真秀場まほろばの戦いから一週間後、〈桜狐オウコ〉と〈社畜連盟〉は鶴蔦と桑名を長として、戦後の後始末を行っていた。しかし二人共組織の長となるのは初めてだったので、そこには〈レジスタンス=プロテア〉を始めとした複数勢力の協力がある。
「次は…って、まだ〈社畜連盟〉とは和解した事を報道陣に伝えてなかったの?」
 久し振りに拠点に戻ったアレンは、鶴蔦から報告書を受け取ってその中身を確認すると問うた。
「ええ…あの時は忙しかったですから」
 アレンは大和ヤマト産の茶葉を使ったお茶を口に含んだ。確かに、あの時はこうしてゆっくり茶を楽しむ時間も無かった。
「…ゼオルの奴、こっそり飛行型の水晶盤を盗んで内部を撮影していたが…」
 ゼオルはアレンと似たような生い立ちを持っている。人から物をバレないように盗むなど容易い事だった。例えそれが、飛行している水晶盤であっても。
「内部の様子は筒抜けでしたね。帝の死が公になり、先帝の妹である〈桜狐〉の元首領が、人としての生を捨てて人柱になるという形で新たに即位した。恐らく、大半の諸侯がこれに従わざるを得ない状況になるでしょう」
 あの後、真秀場は除霊師によって何人も入れぬように結界が張られた。異議を申し立てようにも出入り出来ないのであれば従うしか無い。除霊師はかなり強引な手段だが、大和の戦乱を終わらせたのだ。
「そして大和最大の反政府組織の和解…いや、〈桜狐〉の首領は皇女表春うわはるだったから反政府というのはおかしいか?そのなんちゃって反政府の〈桜狐〉と〈社畜連盟〉が手を組んだら、新しい社会形態ができそうだな」
「そうなんです。そこで!」
 鶴蔦がアレンの机を叩いた。アレンが鶴蔦の突然の行動に驚くが、鶴蔦はそれを無視して続けた。
「反帝国勢力の長から後押しをば」
 そう言って手を擦り合わせる。その姿は一人の美しい女のそれだが、表情は悪徳商人だ。御代官様と良い勝負だろう。
「…そもそも、あの彼岸の戦いから真秀場の戦いまでの間は美凛メイリンの鳳凰遊撃隊やグラコスのウルラとラザラスが派手に暴れてたからな。今更干渉しませーん、なんて事ぁ言えねぇよ」
 鶴蔦は満面の笑みを浮かべて契約書を取り出した。大和の書類は基本的に縦書きで書かれており、横文字を読み慣れているアレンは眉を潜めて虫眼鏡を取り出した。
「大陸の奴が横文字に慣れてる事は知ってるだろ…小せぇ文字で嫌な条件書いてないよな」
 奇怪難解な大和言葉は大和で五年暮らしたアレンにも難しい。慎重に注意深く読み進めるが、特に大きな問題は無さそうだ。しかし、万が一もある。
「この書類は少し待ってもらっても良いか?ゼオルや美凛に翻訳を手伝ってもらう」
 ゼオルは出身が大和で、美凛は大陸では数少ない縦文字に慣れている国の出身だ。それに大和言葉の一部は苏安から渡来した言葉が使われている。
「分かりました。まあゼオルさんが水晶盤を攫ってくれたお陰で、我々の背後には列強が居る事は周知の事実となってますし、のんびりで大丈夫ですよ」
「じゃあ、あいつらを探して来るよ。ゼオルはどうせ外で桑名に稽古付けてもらってんだろ?」
 大和愛好家過激派のゼオルは本場の侍を見て興奮していた。彼の太刀筋は我流なので、本場の者に稽古をしてもらおうと躍起になっていたのが記憶に残っている。
 拠点の庁舎に設置された執務室を出て大広間に向かうと、ゼオルが山のように積まれた剣術の指南書を血眼で読み漁っていた。
(邪魔するのは悪いな)
 代わりに美凛を探すが見当たらない。恐らく、実家に報告に行っているのだろう。
 鶴蔦はのんびりで大丈夫と言っていたので、アレンは契約書をポーチに入る大きさに折り畳んで仕舞った。
(それにしても…)
 暫らく見ない間に人が増えたようだ。
 大広間に座って談笑している者達に、幼い子供達が飲み物を配っている。パカフのような孤児か、構成員の子供だろう。
 この五年で色んなものが変化した。キオネやドゥリンのように子供ができた者、家督を継いだ者、何か新しい地位に就いた者…様々だ。
「アレン、何してるの?」
 ぼんやりとしていると、フレデリカが話し掛けてきた。
「ちょっとね。感傷?に耽ってた」
「まぁ、色々変化したもんね」
 そう言ってアレンの手を引くと、近くの席に腰掛ける。
「アレン、〈プロテア〉に復帰する?」
「するけど…何で?」
 フレデリカは近くに居た子供に飲み物を頼むと言った。
「んー、帝国との戦いが迫ってるなーって思って。今更アレなんだけど、かつての同僚と戦う事になるけど…」
 不思議な色の瞳は、覚悟は出来たかと問うてくる。しかし、愚問だ。
「そんなの、〈プロテア〉に与するって決めた時から分かってる。只…」
「只?」
 あの船の中で、フレデリカをバラバラに切り刻んだ日の事は今でも覚えている。あれだけ不仲だったにも関わらず、よくここまで関係性が変わったものだ。
「…敵味方なんて簡単に変わるけど、人間関係もこんな変わるのか」
 フレデリカはその言葉に笑った。
「ふふっ、そうだね」
 暫くして、先程の子供が抹茶を使った飲み物を持って来た。
「今日は…抹茶フェスか」
 そう言ってよく冷えた抹茶を飲む。
 新茶祭りはとうに終わったが、茶葉を使った期間限定のスイーツや飲み物が提供される。以前はこんな事は無かった。
「他にも苏安スーアンフェスとかグラコスフェス、お魚フェスもあるのよ」
「魚は不参加にしておくよ…」
 そう言いながら、色んな国が打倒帝国に向けて動いている事をしみじみと感じる。
 〈レジスタンス=プロテア〉の兵士以外にも、鳳凰遊撃隊の面々や〈処分者〉、バルタス王国の〈騎士団〉、そして苏安の思薺スーチー将軍とその部下達も出入りしている。
(んっ?思薺さん?何で思薺さんが居るんだ?)
 公主の美凛が出入りする事もあるのだから(一国の姫が軍事拠点に出入りしているという点を除けば)何もおかしくはないが、彼女は苏月スー・ユエが親族以外で信頼する数少ない人物だ。彼が自分の信頼する人物を遠くへ送るなど考えにくい。
 そしてアレンが違和感を感じたのは、思薺の表情だ。
(焦り…?)
 普段の鋭い雰囲気は一層ピリピリしており、気怠い目付きは焦りからせわしなく動いている。誰かを探しているようだ。
 アレンはもう一口抹茶を飲むと、思薺の元へ行った。
「思薺さん、人探し?」
 そう言うと、思薺はアレンの方を振り向いた。
「アレン殿、大変です!」
 そう言ってアレンの肩を掴んで揺する彼女の力は、四十路の女とは思えない程強い。
「痛い痛い首折れる!」
「あ、失礼」
 そう言ってアレンの肩から手を放したその時だった。
「大変だー!」
 すっかり声変わりしたパカフの叫び声と悲鳴が聞こえる。どうやら、また厄介事がやって来たようだ。
「ごめん、思薺さんは少し待ってて。フレデリカ、出るぞ!」
 騒ぎに野次馬が集まって来ている。アレンとフレデリカは野次馬達を押し退けながら進んだ。
「誰か医療品持って来い!」
 野次馬を一人、また一人と押し退けるにつれて血と砂の匂いが濃くなってくる。晴れ過ぎた空の下の匂いだ。アレンはその匂いに懐かしさを感じた。
(何処で嗅いだ?この匂いは。最後に嗅いだのは…⸺)
 野次馬を押し退けて騒ぎの中心に辿り着いたアレンとフレデリカは、目の前の光景に絶句した。
 ターバンのような形の兜、熱砂に身体を蒸し焼きにされないよう鎧を覆う外套マント、反り曲がった刀身が特徴のサイフやファルシオン。アレンはその特徴的な姿に見覚えがあった。
「クテシア兵!?」
 多くの負傷したクテシア兵が、どういう訳か拠点に転がり込んできたのだ。
「私、この五年であちこちに行ったけど…クテシアには鍵を置いてないわよ」
「いや…」
 アレンは五年前の事を思い出した。
「置いたのは俺だ」
「えっ?」
 五年前、ネブラ街道の三叉路でとある兄妹に鍵を渡した。この中に、ファーティマとサーリヤが居る筈だ。
「急いで負傷者の手当を!」
 そう言ってアレンは走り出した。後ろからフレデリカが追い掛けて来る。
「チッ…一体どれだけ居るんだよ」
 見渡す限りの負傷者、負傷者、負傷者。
「サーリヤ!ファーティマ!」
 アレンが叫んだその時だった。
「アレン…!」
 聞こえてきたのは、妹の方の声だ。
 負傷した兵士達が道を開けると、そこにはすっかり髪が伸びて女らしさの増したサーリヤが立っていた。黒い服は所々破れて、戦いが激しかった事を物語っている。
「サーリヤ、これはどういう⸺」
「兄貴が…」
 背後からはフレデリカ以外にも思薺とその部下達の気配がする。
(まさか)
 兄、ファーティマの姿が無い。
「おい、まさかファーティマの奴⸺」
 サーリヤはアレンの肩を掴んだ。
「お願い、兄貴を助けて!帝国軍の捕虜になったら、絶対タダじゃ済まない!ラダーンまで来て!」
 帝国軍法にて、捕虜の処遇は指揮官が決めるとされている。そしてラダーンはクテシアの北西、内陸部にある。指揮官は少なくともラバモアやミロス、アンタルケルやヴィターレではない。そうなると、処遇は酷いものになるだろう。特に、ファーティマは魔人が嫌悪するクテシア王族だ。
 アレンはフレデリカと思薺の方を向いた。
「思薺さん、この事について話す為に来たんだろ?ユエさんの所まで案内してくれ」
 思薺は頷くと、アレンとフレデリカ、そしてサーリヤをつれて扉へ向かった。
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