創世戦争記

歩く姿は社畜

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フェリドール帝国編 〜砂塵の流れ着く不朽の城〜

本土決戦

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 アレンは野営地の中を歩きながら眉をひそめた。帝国領に入ってから帝国軍の抵抗は激しくなっている。十二神将の半数以上が消えた帝国軍は烏合の衆かと思っていたが、アレンが帝国に仕えていた時には見た事も会った事も無い猛者達が軍を率いている。
(死者と負傷者は増える一方…)
 しかし敵は隷属魔法を使って数の暴力に訴えてきている。敵は数だけ見ればほぼ無限だ。
(確かに、このまま突き進めばあの未来になる)
 アイユーブは恐らく、士気を下げる事を恐れて黙っていたのだろう。アレンがこの事に気付くのも想定済みの筈だ。
(いよいよ本土決戦か…)
 しみじみと思っていると、鍛冶師達が武器や防具の修理をしているのを見ている美凛メイリン李恩リーエンを見付けた。美凛は何処か不満気な顔をしながらラヴァの作業を睨むように見ている。
「おい、どうした?」
 美凛はアレンに気付くと嬉しそうな顔をした。
「ねぇ、聞いてよ!父上とヤン叔父上が大喧嘩したの!」
「あの二人が?あの二人って結構仲良しだよな」
 美凛はちょいちょいと手招きをすると、荷物の陰にしゃがんだ。アレンがその横にしゃがむと、美凛は耳打ちする。
「内容聞いたけど、ホント滅茶苦茶!父上が、『私に何かあったら美凛の後見人を頼む』とか言って、叔父上は『嫌です』って面と向かって断ったの。そうしたらもう、大乱闘!」
「陽さんって、ユエさんと正面切って戦えるんだ…」
 美凛は首を振った。
「ううん、父上は最近体調が悪いんだ」
「あれ、前もそんな事言ってなかった?」
 美凛は周囲に人が居ないか確かめると言った。
「この五年で血の病が進行してて、もう長くないかもって。今回戦いに参加したのは、国内で死ぬより混乱が発生する迄の時間を稼げると踏んだからなんだよ」
 女の皇帝について未だ否定的な意見も多い。もし苏月スー・ユエが病死すれば、社龍と美凛のどちらを皇帝にするかで国が二分してしまうだろう。
「陽さんは月さんの実弟だよな。陽さんは体調どうなの」
「陽叔父上はまだマシだって。天幕で毎晩思薺スーチーの蹴りを食らっても寝不足で済むくらいには」
「フラれまくってるって聞いてたけど、関係良さそうじゃん。でもそれがに響かない事を祈るよ…」
 アレンはグラコスに居た時の事を思い出した。苏月には影武者が何人か居た筈だ。彼らはどうしているのだろう。後見人とまでは行かないにしろ、苏月に何かあった場合は影武者として役に立つ筈だ。
 アレンはその事を美凛に問うた。
「彼らは擬態を能力とする一族。もしも父上に何かあったら、私に擬態する手筈になってる」
 美凛は俯いた。父親は自身の死を前提に事を進めている。しかしそれは、娘にとっては辛いだろう。
「父上も母上も、叔父上達も。私は気付いてないと思ってるの。リリス…アマリリスの時は私が逃げたけど、今は逃げないよ。だから、私に隠すのはやめて欲しいな…」
 美凛はもう幼くない。立派な大人だ。だがどうしても、あの夫婦の中ではいつまでも可愛く幼いたった一人の我が子なのだ。それは十五歳の時から⸺否、次男の来儀ライイーが死んだ時から、あの二人の中の美凛は時が進んでいないのかも知れない。
 アレンは美凛の横に座る李恩を見た。
(李恩の弱体化だけが、舞蘭ウーランさんが転生を拒否した理由ではないだろうな)
 唯一人の我が子を戦場に引き摺りだす要因。それはもうこの野営に彼女が参加している時点で何かを言うのはおかしい。だがどうしても、危険な要素は減らしたいのだろう。
「…戦争は、終わりに近付くにつれて激しくなる。クテシアの戦闘で、もう少しで内臓が破裂するような重傷を月さんが負ったんだ。帝国領に入れば、もっと激しい戦闘が行われる。心配で仕方無いだろうさ」
 アレンは横目で李恩を見て、次に美凛を見た。
「…お前は、李恩の器になる覚悟があるの?」
「ある。でも…父上と母上が納得しないのに強行したくない。もう、心配そうな顔は見たくないから」
 アレンはコーネリアスとアリシアの顔を想像した。アレンも二人が心配する顔は見たくない。
「何とか、李恩が弱体化した原因を突き止める」
  あの二人が強く拒むのなら、それも仕方の無い事だろう。アレンには無理強いする権利は無い。
「李恩やシュルークが器に拘るのは、適正について気にしているからだろう。だが…お前が駄目なら、代わりを無理矢理にでも用意すれば良い」
「代わり?」
 アレンは代わりを用意する手段と成り得る魔法を複数、候補として頭の中で挙げた。ハーデオシャの子であるアレンならば死体を扱う魔法は勿論、ジェティが使った魔法を再現する事も可能な筈だ。ジェティが費やした時間はアレンの生より長い。それを短期間で習得するなら、代償を払わないといけない可能性だってある。
 しかし迷ってはいられない。アレンが見たあの夢は、敗北の末の未来だ。あの結末にしない為にも、手段は選んでいられない。
「ねぇアレン⸺」
 美凛はアレンの顔を見た。
「何を考えてるのか、何となく分かるよ?でも、本当にそれで良いの?アレンも父上も、アイユーブも。そうやって全部自分で抱え込んで、私が目を離した隙に勝手に壊れちゃうんだ。でも⸺」
 美凛は大きな赤い瞳を潤ませて言った。
「フレデリカはきっと、そんなの嫌だよ」
 アレンは思い切り平手を食らったような気分になった。
 悠久の時を生きる、創世の魔女。彼女から寿命の概念を奪ったのは、他でもないアレッサンドロ前世の自分だ。もう独りにしないでというあの悲痛な叫びは、今も残響のように絶えず響きながら耳に残っている。もうあんな声は聞きたくない。
「凄く、難しい事だと思うの。でもね、私もフレデリカのあんな顔は生きてる内にもう二度と見たくない」
「…俺も」
 何故、あの五月蝿い女を愛してしまったのだろう。こんな感情に目覚めなければ、迷う事など無かったのに。冷血漢と言われたアレンは、この五年にもわたる旅のような戦いの中で死んだ。
 軍を率いる上で、冷酷さは必要だ。だが、あの冷酷だった自分は、果たして正しかったのだろうか。
 今はもう視えない左眼に、ソレアイアでの出来事が鮮明に蘇った。
『もう独りにしないで』
 あの声が、まるで頭を殴るように響く。それはやがて頭痛のように激しくなって⸺
「アレン将軍、美凛公主」
 顔を上げると、そこにはシルヴェストロが居た。
「…ああ、どうした?」
「斥候が帰って来ましたのでな。報告をもとに作戦を立てましょう」
「ああ。ところで、美凛もか?」
「ええ…此処だけの話、苏月殿は持病が悪化して参加出来ませんので。陽親王殿も怪我をされましたから」
 二人が年甲斐も無く乱闘騒ぎを起こしたという噂は陣営内で既に広まっているようだ。二人は表向き、ぎっくり腰で動けないという事にしたらしい。
「美凛公主、参加して頂けますかな?」
「勿論。父上と叔父上はぎっくり腰みたいだし。年寄りばっかに任せる訳にもいかないよね」
 シルヴェストロは嘘っぽく「おー、腰が痛い」と言い出した。
「おいおい、夫人達を呼ぶぞ」
「それだけは勘弁を!」
 美凛が大きく息を吸うと、シルヴェストロが慌てた様子で冗談だと言う。
「にっはは、それじゃあ早く行くよ!」
 美凛がシルヴェストロの尻尾を弄りながらそう言った。
 アレンがやれやれと言いながら立ち上がった、その瞬間だった。
「…っ?」
 突然身体がふらつく。慌てて近くに積んであった箱に手を掛けたから良いものの、何も無ければ倒れていたかも知れない。
(何だ、魔導不完全疾患はもう治ったのに)
 しかし、歩けない程ではない。恐らく、只の立ち眩みだろう。久し振りに砂漠へやって来たのだ。身体が慣れていないだけかも知れない。
 アレンは大して重要視する事なく会場となる天幕へ向かった。
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