anyone anywhere

川上 仁絵

文字の大きさ
1 / 7

100年を超える本のお話

しおりを挟む
「さあ、この手を取るのよ。イェンドゥサ・クララ!」
 クララは必死になって走った。走りながら空に向かって、腕を振り上げた。
「待って、スカーレット待って!・・・シャイントゥア・スカーレット!!」
 追い縋った彼女の身体は瞳の中で、翼をはためかす美しい鳥の様に、青く青く煌めく大空へと舞い上がって行く。

 100年の歴史を誇る、全寮制の女子大学校キャラントゥシス。イェンドゥサ・クララは3年生になっていた。
 歴史を持つ学園にありがちな知的財産を、キャラントゥシスも御多分に洩れず備えている。入学してから今日に至るまで、クララは飽きる事無く図書館へと足を運んだ。豪華な装丁を設えた本を、ずっしりと胸に抱えて。
 図書館へと続く小道で、二人の友人がクララを見つけた。二人は週末の予定を相談している最中だったのだが、仲の良い友達の姿に喜んで駆け寄って来た。
「また本を借りたのね。本当に何てゆうか、本の・・・カエルじゃなくて、チョウチョじゃなくて、何だっけ?」
「『虫』ね。チョウチョは惜しかったね。読み終わったから、今度の週末に読む本を借りに行くところよ」
「部屋で過ごすのが好きだってのも分かるけど、たまにはどこか遊びに行ったりしないの?」
「う~ん、行かない・・・かなぁ」
 内向的で引き籠りがちなクララを、ルカは少しだけ心配していた。
「知ってるよ。ユリちゃんに相談してるんでしょ?図書館で働くにはどうしたらいいかって」
「だって私にお似合いだと思わない?本が好きだし、人とあんまり関わらないでいられる仕事だし」
「そりゃあ良い司書になれると思うよ、クララなら。でも決めちゃうには早すぎるんじゃない?もっと考えてからでもさ」
「分かった!ユリちゃんいつも午後にお茶してるもんね。クララもそれが狙いでしょ?」
 ミキナはもう一人の友達。感性が斜め上な発言に、戸惑いを覚える事もちょくちょくある。
 さて、話に出たユリちゃんは図書館に隣接する司書室の窓から外を眺めていた。
 小道を賑やかに歩いてくる女子を見つけて、ティーカップを2人分増やさなきゃって思って微笑んだ。

 ユリちゃんはクララ達より少しお姉さん。卒業してからも、キャラントゥシスに司書として通い続けている。
 香り高い紅茶を優雅に注ぐ姿を、3人の女子は感心して眺めている。
「『本の中』で習ったの。他にももっと沢山の事をね」
「憧れちゃう。私なんて読んだだけでそんな・・・きっと上手く出来ないよ」
『私なんか』がクララの口癖だ。『そんな事ない』ってルカはいつも心で想っている。
「ねえユリちゃん。ユリちゃんはどうして司書になろうって決めたの?そんな直ぐにじゃないでしょ?何にも社会とか知らないで。自分に何が向いてるかなんて分かる筈ないんじゃないかなって」
 クララへの想いが募った為か、ルカは珍しく感情を露わにして尋ねた。
「そうだね・・・」ユリちゃんは識者っぽい顔付を覗かせる。ルカの心配する気持ちを悟ったのだ。
「私は色んな経験を積んだわ。その上で本と向き合おうって決めたの。それはもう、大冒険の果てにね」
「何?大冒険って?クララもルカも分かんないよね?」
「言葉通りよ。燃える空を飛んで、大海原を越えて、氷の平原や舞い踊るオーロラを全身で感じたわ」
「世界旅行?どこの旅行会社がそんなパックを企画しているの?」
「全て『本の中』よ。クララならきっと通じ合えるわ。行きましょう」
 クララは狐に摘ままれた顔で手を引かれて行く。残された2人もあっけに取られてしまった。
「しきりに『本の中』って言ってたけど、図鑑でも眺めるのかな?」
「ねえルカどうする?紅茶冷めちゃうよ~」

 図書館の奥までは、高い書架に遮られて窓からの陽の光が届かない。頼りにするのは、ぼんやりと灯るロウソクの灯りだけだ。
 ユリちゃんが何処まで自分を連れて行く気なのか、クララは不思議な気持ちだった。
「こんなに奥があるなんて驚きだわ。もう壁に行き当たってもおかしくないのに」
「これ位歩かなければならないの。100年を超える本に出合えるまでにはね」
「えっ・・・100年って言ったの?」
 ふっと息が吹いてロウソクの灯りが消された。手の温もりも離されて、クララは暗闇で一人っきりにされた。
「ユリちゃん!なあに?なあにっ!?」
 暗闇では足元が見えない。慌てた拍子に何かに躓いて、前のめりに倒れかけた。
 つんのめって2、3歩進み、倒れずに済んだと安堵のため息をついた時、クララは自分のつま先が引っかけたのは、小部屋の敷居だったと知る。
 それは人一人が定員と目される広さで、クララが入室すると、ぼんやりとした灯りが室内を照らし出した。
 行燈の他には、古めかしく本棚が存在するだけ。ゆうにクララの背を越える高さに、沢山の背表紙を並べている。
 何故か、本達が自分を待っていた様な・・・『さあ選んで』と言っているみたいに感じた。
 ただそう言われても。どれも古い本で、背表紙の文字は消えかかっていて読めない。どれがどんな本か分からない。
(読みたいのは物語だけど・・・)
 そう思ったら本が何冊か立候補してきた。揺れてもいないのに背表紙が数センチ飛び出して来たのだ。
(じゃああの、楽しいのがいいなあ)
 何冊か引っ込んだ。飛び出している中で、手の届く範囲で、後は直感に任せて一冊を選んだ。
「これにする。借りる本を選んだわ、ユリちゃん!」
 ふっと小部屋の灯りは消え、代わりに手の温もりが戻った。ユリちゃんは何事も無かったかの様に手を引いていた。
 けれど、確かにクララの胸には一冊の本が抱かれている。不思議な気持ちで司書室まで戻ってきた。ルカとミキナが手招きをして、残して置いたお菓子をクララに勧めてくれる。
「紅茶は淹れ直すね」そう言って半身を乗り出すと、ユリちゃんはクララだけに耳打ちをした。
 この時のクララには、この内緒話を半信半疑にしか受け取れなかった。

 もう0時を迎えると言うのに、本は閉じられたまま机の上に置かれていた。
 女子寮に消灯時間が決まっている訳ではないけれど、そろそろ眠りに着かなければならない。
 クララがどうしても本を開けないでいたのは、ユリちゃんの耳打ちを気にしていたからだった。
「100年を超える本と心を通じ合えた人はね、本の中に招かれるの。比喩じゃなくて、言葉通りにね」
(そうやってユリちゃんは、本の中で色んな経験をした・・・って言うけど)
 ユリちゃんは年上なのに、優しくてぽわぽわしていて好き。でもちょっとだけ不思議ちゃんな所がある。
(別に変に思ってるんじゃないよ。私の為に、図書館の秘密の部屋を案内してくれたんだし)
 そうこうする内に、時計が0時を指した。もう、寝るか少しだけでも読むか、いい加減決めなきゃいけない。
 意を決して、深く深呼吸をして、クララは震える手で表紙を開いた。

 コロボックルの少年ポムは、自分の頭位の木皿を空にしました。
「行ってきます!!」そうして元気いっぱいに、洞のおうちから飛び出して行くのです。
 お母さんも兄妹達も、ポムのいつもの様子を微笑んで見送ってくれるのでした。
 おもてに出ると、高い木の枝が緑の屋根を作って、胸程の藪が生い茂っています。ポムは草を掻き分けて、小川を大海原にみたてて渡り切り、岩を山の如く登り詰めます。
 小さな身体のポムには、森の全てが冒険の旅路なのでした。
 森を過ぎると村へ辿り着きます。コロボックルと同じ小人族もいれば、人間より背の高い種族も暮らす賑やかな村です。
 時に顔を見合わせ、時に足元をすり抜けして、ポムは馴染みの村を駆けて行きます。途中、果物屋のオヤジが小さい身体のよしみでリンゴをくれました。
「今日も元気だな!」「ありがとうっ!」と言葉を交わして尚も走り続けます。
 柵の細い間や壁に出来た穴も、ポムにとっては立派な通り道です。村の至る所に行ってみたくて仕方がないのです。

「まったく何処まで行くのかしら?本当に元気ね」
 クララは思わず独り言を呟かずにはいられなかった。いい加減、息が続きそうにない。ともすると見失ってしまう。慌てて見回すと、ポムは人の家の屋根から屋根へと飛び移っていた。
「嘘でしょ!?あんな場所、どうやって追いかければいいの!?」
 一軒の家に梯子が掛かっていた。きっと屋根の修理でもする為に準備していたのだ。
 上がってみると予想以上に高い。震える脚の先に地面が遠く見えて、クララはバンジージャンプの時みたいに涙が溢れた。
「ああ嫌だわ。どうしてこんな目に・・・やっぱりお布団にすれば良かった」
 今までは夢中で気付かなかった。でも自分の言葉が耳に入って、クララははっきりと認識した。
「あれ?私、本の中の屋根に登ってる。村の中を歩いてる・・・本当に、お話の世界に入っちゃってる!」
「こらっ!五月蠅いぞ!」窓から乗り出して、家主が怒鳴った。
「きゃっごめんなさい!」けれど家主はクララには目もくれない。
「ごめんよ~!」と走り去るポムを呆れ顔で眺めるだけだ。
 それに普通だったら、屋根の上で女の子が涙を浮かべていたら、下でそれなりの騒ぎになりそうなものだ。
(そうだわ。それもユリちゃんが言ってた。私達はすぐ近くで見ている観客の様なものだって)
『本の登場人物は気に掛けない。だってそうでしょ?舞台の役者達は観客席でお菓子を食べるのを咎めたりしないわ』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

陰陽師と結ばれた縁

サクサク
ファンタジー
2本に古くから続く一族の直系に生まれた女の子、安倍咲月は一族の中では霊力と神力が少なく、使用人や分家の親族からは“役たたず”と呼ばれていた。 だが、現当主である成親は彼女に最大限の愛情を注いでいる。 そして、そんな彼女の傍には強い力を持たないのその姿を見る事すっらできない、守護神である十二神将が控えていた。 18歳の誕生日に他の兄妹と同じように、一族内での成人式裳儀に挑むことになるのだが・・・・・。 ※なろう、カクヨムでも同じ小説を掲載中です。 どうぞよろしくお願いいたします。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

処理中です...