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秘密の時間とその謎について
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まだ陽も高いとゆうのに、村はひっそりと静まりかえっています。
その訳は、午後一番にコロボックルのポムが村中を走り回って教えてくれたからです。
「向こうの草原からオオカミの群れが来るよ」って。
みんな怖がって家に閉じこもりました。そして勇気ある少年に感謝をしたのです。
(ふぅ~ん狼ね。童話では定番の悪役ってトコね)
昨日とはまるで雰囲気の違う寂しい村をとぼとぼと抜けて、クララは一本道の草原へ辿り着いた。
(スカーレットも着ているのかしら?いつも0時に本を開くって言ってたけど)
ポムを探すのを差し置いて、クララはスカーレットと出会った森へと向かった。
昨日はウサギが跳ねて楽し気なイメージだったけど、今入ってみると薄暗くて気味の悪い感じがした。
(本物の自然とは違うんだものね。場面に応じて印象が変わるんだなぁ)
ようは気の持ちようだと信じてとぼとぼと進む。暗闇の中で何かが光ったのも、気のせいにしようとした。
幾つもの光る点が、クララの前を塞いだ。それがオオカミの眼光と悟っても、それ程慌てはしなかったのだが。点々が広がって、クララを囲み始めた。唸り声は明らかに自分に向けられている。
「あれ?ひょっとして・・・登場人物と違って、動物は私を無視してくれないのかな?」
可愛いウサギ達はクララの周りを跳ねていた。それは無害と判断して気に留めなかっただけ。
オオカミの鼻はクララを見つけて、そして獲物としてヨダレを垂らしているのだった。
「き・・・」顔面が真っ青になった「きぃやあー!!」人生初と言える絶叫と共に逃げ出した。
オオカミはとっても利口です。後を追う者の他に、森に潜んで先回りをして逃げ道を塞ぐのです。
森の中ではオオカミの思うツボと教えられ、何とか平原に飛び出した。
平原でも強じんな四つ足はとても速いのです。明るい場所で見ると、オオカミは十頭以上もいます。
(そんなにいるの!?やだやだ!私の身体無くなっちゃうよ~!!)
捕らえた獲物は巣に持ち帰ります。巣の中では子供のオオカミがお腹を空かせて待っているのです。
(それでも嫌だぁ~!!助けて、助けてぇ~!!)
平原の先は小高い丘になって行く手を阻んでいる。地面に手を着きながら、上り坂で息を切らした。
突然、大地から大きな丸い物体がせり上がってきた。色も黄色で、昼間だとゆうのに満月が登ったのかと錯覚した。
けれど、実はゴム製で月よりももっと近くに存在していた。丸い下には木を編んだ籠がぶら下がっている。
気球にはスカーレットが乗っていた。籠の縁から、しなやかな白い腕が差し出される。
「さあ、この手を取るのよ。イェンドゥーサ・クララ!」
クララは必死になって走った。走りながら空に向かって、腕を振り上げた。
「待って、スカーレット待って!・・・シャイントゥーア・スカーレット!!」
追い縋った彼女の身体は瞳の中で、翼をはためかす美しい鳥の様に、青く青く煌めく大空へと舞い上がって行った。
(ああ行ってしまう・・・)絶望がクララの心を覆いかけた時。
スカーレットが気球を操作して、くるりと旋回した。高度を下げて、籠の一片に体重をかける。籠はほぼ横倒しになり、丘の斜面を薙ぐ形になった。そして、ひしゃくの様にしてクララの身体をすくい取ると、真っ直ぐに空に向かったのである。
胸の好く様な青空に抱かれる空中散歩。けれどクララは、オオカミに追いかけ回された恨みを引きづっていた。
「ひどい!オオカミが出るって教えてくれなかった!」
「『気をつけて』とは言ったわよ」
「だからって、そんな・・・もっとちゃんと言ってくれてもいいのに」
言葉に詰まり声が小さくなってしまう。小刻みに震える身体を、ぎゅっと抱いてくれる優しさがあった。
「もう大丈夫。いい子いい子」
涙を拭いて頭を撫でてくれた。また感情的になった。また子供扱いされた。
・・・けれどそれは、とても心地が良かった。
何だか嬉しくてにやけてしまう。頬が火照って耳まで赤くなってしまう。
「(こんなのバレたら、またからかわれるわ!)と、ところでこの気球はどうしたの?」
話を逸らして誤魔化すには絶好の話題だと思った。スカーレットはどう受け取っただろう?
「あんたがヤバいって思ったから、5ページ先から借りてきたわ。今から返しに行くところ」
いつも通りの笑顔に安心した。籠の中でも優雅な足取りで縁に至り、遥かに広がる大地を指さした。
「見て。例の一本道は岩山の先もずっと続いてる。この先ポムが辿る道しるべよ」
「そっかポムは冒険に出るのね。苦難の旅になるの?」
「そりゃあもう大変。熊や猪に襲われ鷹に連れ去られ、崖に落ちて泥沼に引きずりこまれて」
「えー可哀そう。大丈夫なの?」
「うん、でも仲間が出来るのよ。可愛いエルフの女の子やドワーフ、貪欲だけど頭の良い人間の王子とか」
「んふっ楽しそうなお話」
「でしょ?いいお話書くのよ、チャールズ・チルトン。このお話の作者ね。でも売れたと言えるのはこれ一本きりかな」
そうこうする内に、一人手に気球が下降し始めた。どうやら本来の居場所に到着したらしい。
一本道は森に入り、湖に突き当たる。水の下を道は続くのだが、その畔でポムを待つのが気球の役割であった。
「そっかこの湖ですら、身体の小さいポムにとっては海みたいな物なのね」
感心する間に、スカーレットがそうそうにスリッパを脱いで、部屋着の裾を腿まで捲った。白いしなやかな太腿までが露出して、クララは「きゃっ」と小さく口にして、両手で目を覆った。
「そんな反応されると、なんだか恥ずかしいんだけど」
「だって急にだから・・・スカーレットはいつも急だわ」
「もう~恥ずかしがるの禁止。あんたも同じ事するんだからね」
反論を許さずに、スカーレットは湖に入ってしまう。ためらいながらも、一緒になって水浴びするしかなくなった。
湖の水は澄んでいて、冷たくてさらさらと肌に触れる。思い切って入って良かったと思える程の気持ち良さだった。
「ね?私のする事に間違いはないでしょ?」
「ええ、とっても気持ちいい!」
浮かれた拍子に、水底で足を滑らせてしまった。バランスを崩したクララをスカーレットが受け止める。抱き合って顔を見合わせる。また頬が赤く染まって気まずい瞬間。
ドギマギするクララに対し、スカーレットは頬っぺたと頬っぺたをくっつけ、しかも摺りつけてきた。
「なにするの!?」
「んーくっつけっこよ。次はおでこをくっつけるわ」
額をぐりぐりと押し付けられた。ふざけ合いに持ち込まれ、クララも負けじと応戦する気になった。
「なら私は鼻をくっつけるわ!どう?」
鼻を攻撃するのは確かに効果的だった。スカーレットも思わず笑いながら「やめてやめて」と嫌がった。
でも、その後はどうなるか考えていなかった。ほぼ0距離で瞳と瞳を合わせながらスカーレットの囁きを聞いた。
「ねえ、唇と唇もくっつけてみる?」
「え・・・」
クララが反射的に背中を反らした瞬間。狙いすましたスカーレットの手が、クララの両肩を後ろに押した。
当然、成す術も無いままに背中から水の中に落ちる。クララはまたもや『シテヤラレタ』と悟るのだ。
「もーびしょ濡れだわ。風邪ひいちゃう」
「大丈夫だって。本を閉じれば、服も髪も乾いているから」
「そうよね。理屈ではそう・・・でも本の中で引いた風邪はどうなるのかしら?」
「さあ?引いた事ないから分かんない」
そうしていつも通りに笑う。いつも通りにクルリと回って、悪戯っぽい顔を覗かせる。それがいつも通りのスカーレットだ。いつも通りのハズ・・・が予想だにしない事態が生じた。
優雅な脚運びが一瞬止まった。と思ったら、全身が硬直し、無防備な状態で湖へと崩れ落ちてしまった。
「スカーレット!」
自分が転ぶのとは訳が違う。スカーレットの緊急事態を目の当たりにし、クララは水飛沫を飛ばした。
スカーレットは・・・湖底に沈みながら瞳を開いた。狼狽も藻掻く事もせず、ただ静かに水の中を見つめた。
(ああ、こんな感じなのかな?こんな感じに、泡みたいになって何もかもが消えるのかな・・・)
永い時の流れを水の中で感じていた。しかし実際には、溺れる心配も無い程の短い時間でしかない。
身体は浮かび上がり、水面から顔が出て空が見えた。心配そうに見つめるクララの顔も見えた。
思わず噴いてしまった。「何でもないよ」と笑った。
水面にぷかりと浮かんで、クララも誘った。二人で並んで、手を繋いで、突き抜ける様な青空を見上げた。永い永い間、二人は浮かんだままでいた。しかし実際には、風邪を引かないで済む程度の時間に過ぎなかった。
オオカミ騒ぎも収まり、本の中は夕暮れを迎えていた。
湖の畔で焚火を始め、何気に冷えた身体を暖めながら、しっとりと二人きりの時を過ごした。
「ねえスカーレット、脚を見せて」
スカーレットが目をまん丸くしたので、クララは慌てて弁明をしなければならなかった。
「変な意味じゃない!さっき転んだ時、どっか痛めたんじゃないかって。一瞬だけど眉もしかめたでしょ?」
「分かったわよ」脚を放り投げて、クララの膝枕に乗せた。
一見した処では怪我はしていない。擦ったり撫でたりしても、ただくすぐったがるだけだ。
「怪我を見つけたらどうするつもりだったの?まさか舐めてくれるとか?」
「バカ言わないの!」脚を投げて返した。
戻ってきた脚を、今度はスカーレット自身が擦った。冗談めかしてクララに尋ねるのだった。
「もしこの脚が怪我で動かなくなってたら?もう私歩けないって、駄々をこねるわよ」
「その時は・・・」クララは咄嗟のコメントが苦手で、詰められると泣いてしまう時すらある。
でもこの時ばかりは、自分でも驚くほどはっきりと自信を持って答えられた。
「その時は、私がスカーレットを抱き上げて、世界中どこへでも連れて行くわ」
週が明けると、授業もそうそうにクララは図書館へと向かった。返却の本を抱えてはいない。
脳内を駆け巡る疑問を解消するには、他に方法がない。頼れるのはユリちゃん唯一人なのだから。
「へぇ~すご~い。本に入ったばかりでなく、観客同士の出会いまで経験しちゃうなんて」
これだけの大事件に対する反応としては、ちょっとばかり軽く感じるが、ユリちゃんはこうゆう娘だと分かっている。
「あること、あることよ。実は私も本の中で知り合った英国の貴婦人に、お茶の淹れ方を教わったの」
「でもルールがあるでしょ?きっと。それを訊いて来てって言われたの」
「同じ本を手にして、同じページを捲った場合に起き得るの。何月何日の何時まで同じタイミングでね」
「・・・でも同じ本って言うなら、二人並んで開いてなきゃいけないんじゃない?」
ふふっとユリちゃんは微笑んで、とっておきの秘密を話してくれた。
「英国の貴婦人とお茶しながら、お互いの話をしたわ。彼女は18世紀の人で、100年前の本を倉庫で見つけたって。
そこで気付いたの。本の中で時間が止まっている・・・50年前に同じ本を読んでいる彼女を、私は訪ねていたんだなって」
「同じ月、同じ日、同じ時刻・・・西暦だけが異なっている?」
「そう。え~とクララが借りたのはポムのお話よね?チャールズ・チルトン作、120年前に書かれた本だから。クララとその人との間には、最大で20年の開きがあるわ。年上っぽかったのなら、更にその分上乗せって感じだね」
「今現在の姿じゃない・・・本を読んでいる時点のスカーレットと出会った」
「そう。私達は出会える筈のない『出逢い』を経験してる。本の中だけの『奇蹟』なの」
「奇蹟・・・この出逢いには、何か意味があるのかしら?」
「あるのだとすれば、それは『運命』って事になるね」
「それは大袈裟じゃない?」って言うのがスカーレットの意見だ。
その夜、早速クララは秘密の話をした。幻想的な秘境を辿る場面で、不思議を語るのにお似合いだった。
「へぇそうゆうルールなんだ・・・うわっ時空超えちゃってんじゃん」
「うん、私もそんな事あるのかな?って思ったけど。そもそも本に入っちゃってる訳だし・・・『あり』みたいだね」
「って事は、あんた未来人なの?ノストラダムスの大予言は的中したか教えて」
「20年だってば。そこまで経ってないよ。だいたい実現してたら、私も存在してないし」
「まあ私達、寝間着もスリッパも、あんまり変わり映えがしないものね」
「だから時間のずれは小さいと思うの・・・あの、自己紹介とかする?」
慎ましやかに尋ねるクララに、スカーレットはクルリと背中を向けた。ぐっと伸びをして、笑顔で振り返る。
「別にいいんじゃない?お互いの素性なんて知らなくったって。ここでこうしている時間が大事なんだからさ。
それとも私の生年月日を知って『おばさん』扱いしたいとか?」
「そんな訳ないわ!」
むきになって否定するクララに、スカーレットは「冗談だって」と悪戯っぽく笑う。
本心を言えば、クララはスカーレットの事を知りたかった。現実世界でも会える希望を、少しだけ抱いていた。
「ほらっいいシーンよ。ここで何が起こると思う?」
スカーレットはポムのお話へと話題をすり替えた。ある意味、誤魔化されたのかも知れないと感じた。
エルフのユナに連れられたのは、澄んだ輝きを永遠に保つ泉でした。
水面は星々の輝きを映し、辺りには光を発する夜光中が飛び交い、とても美しい景色でした。
「エルフだけの特別な場所なんだからね。コロボックルで入ったのはポムが初めてよ」
幻想的な美しさにポカンとするポムをよそに、ユナは泉に浸かって水遊びをしようと誘います。
「無理だよ。そんなに脚が長くないもの」
「仕様がないなぁ~」
ユナはポムを抱き上げて、泉の中心まで歩きます。不思議な泉は水を掻き分ける音を立てません。
「さぁ二人きりよポム。ここで何をすると思う?」
「何って何さ?」
きょとんとするポムをよそに、ユナはぎゅっと頬っぺたと頬っぺたをくっつけ合います。
「なにするんだよっ!?」ポムはびっくりして尋ねます。
「くっつけっこよ!エルフの世界では、大事な相手に必ずこれをするのよ!」
「・・・なんかデジャヴ」
「あははっネタばれしちゃった。ここ好きでさ。一回やってみたかったんだよね」
「ふ~ん」呆れたフリで溜息をついて見せたが、実は胸にときめきを覚えていた。
(『大事』な相手にする行為だった。さっきも『大事』って言ってくれた!それだけで十分ね)
その訳は、午後一番にコロボックルのポムが村中を走り回って教えてくれたからです。
「向こうの草原からオオカミの群れが来るよ」って。
みんな怖がって家に閉じこもりました。そして勇気ある少年に感謝をしたのです。
(ふぅ~ん狼ね。童話では定番の悪役ってトコね)
昨日とはまるで雰囲気の違う寂しい村をとぼとぼと抜けて、クララは一本道の草原へ辿り着いた。
(スカーレットも着ているのかしら?いつも0時に本を開くって言ってたけど)
ポムを探すのを差し置いて、クララはスカーレットと出会った森へと向かった。
昨日はウサギが跳ねて楽し気なイメージだったけど、今入ってみると薄暗くて気味の悪い感じがした。
(本物の自然とは違うんだものね。場面に応じて印象が変わるんだなぁ)
ようは気の持ちようだと信じてとぼとぼと進む。暗闇の中で何かが光ったのも、気のせいにしようとした。
幾つもの光る点が、クララの前を塞いだ。それがオオカミの眼光と悟っても、それ程慌てはしなかったのだが。点々が広がって、クララを囲み始めた。唸り声は明らかに自分に向けられている。
「あれ?ひょっとして・・・登場人物と違って、動物は私を無視してくれないのかな?」
可愛いウサギ達はクララの周りを跳ねていた。それは無害と判断して気に留めなかっただけ。
オオカミの鼻はクララを見つけて、そして獲物としてヨダレを垂らしているのだった。
「き・・・」顔面が真っ青になった「きぃやあー!!」人生初と言える絶叫と共に逃げ出した。
オオカミはとっても利口です。後を追う者の他に、森に潜んで先回りをして逃げ道を塞ぐのです。
森の中ではオオカミの思うツボと教えられ、何とか平原に飛び出した。
平原でも強じんな四つ足はとても速いのです。明るい場所で見ると、オオカミは十頭以上もいます。
(そんなにいるの!?やだやだ!私の身体無くなっちゃうよ~!!)
捕らえた獲物は巣に持ち帰ります。巣の中では子供のオオカミがお腹を空かせて待っているのです。
(それでも嫌だぁ~!!助けて、助けてぇ~!!)
平原の先は小高い丘になって行く手を阻んでいる。地面に手を着きながら、上り坂で息を切らした。
突然、大地から大きな丸い物体がせり上がってきた。色も黄色で、昼間だとゆうのに満月が登ったのかと錯覚した。
けれど、実はゴム製で月よりももっと近くに存在していた。丸い下には木を編んだ籠がぶら下がっている。
気球にはスカーレットが乗っていた。籠の縁から、しなやかな白い腕が差し出される。
「さあ、この手を取るのよ。イェンドゥーサ・クララ!」
クララは必死になって走った。走りながら空に向かって、腕を振り上げた。
「待って、スカーレット待って!・・・シャイントゥーア・スカーレット!!」
追い縋った彼女の身体は瞳の中で、翼をはためかす美しい鳥の様に、青く青く煌めく大空へと舞い上がって行った。
(ああ行ってしまう・・・)絶望がクララの心を覆いかけた時。
スカーレットが気球を操作して、くるりと旋回した。高度を下げて、籠の一片に体重をかける。籠はほぼ横倒しになり、丘の斜面を薙ぐ形になった。そして、ひしゃくの様にしてクララの身体をすくい取ると、真っ直ぐに空に向かったのである。
胸の好く様な青空に抱かれる空中散歩。けれどクララは、オオカミに追いかけ回された恨みを引きづっていた。
「ひどい!オオカミが出るって教えてくれなかった!」
「『気をつけて』とは言ったわよ」
「だからって、そんな・・・もっとちゃんと言ってくれてもいいのに」
言葉に詰まり声が小さくなってしまう。小刻みに震える身体を、ぎゅっと抱いてくれる優しさがあった。
「もう大丈夫。いい子いい子」
涙を拭いて頭を撫でてくれた。また感情的になった。また子供扱いされた。
・・・けれどそれは、とても心地が良かった。
何だか嬉しくてにやけてしまう。頬が火照って耳まで赤くなってしまう。
「(こんなのバレたら、またからかわれるわ!)と、ところでこの気球はどうしたの?」
話を逸らして誤魔化すには絶好の話題だと思った。スカーレットはどう受け取っただろう?
「あんたがヤバいって思ったから、5ページ先から借りてきたわ。今から返しに行くところ」
いつも通りの笑顔に安心した。籠の中でも優雅な足取りで縁に至り、遥かに広がる大地を指さした。
「見て。例の一本道は岩山の先もずっと続いてる。この先ポムが辿る道しるべよ」
「そっかポムは冒険に出るのね。苦難の旅になるの?」
「そりゃあもう大変。熊や猪に襲われ鷹に連れ去られ、崖に落ちて泥沼に引きずりこまれて」
「えー可哀そう。大丈夫なの?」
「うん、でも仲間が出来るのよ。可愛いエルフの女の子やドワーフ、貪欲だけど頭の良い人間の王子とか」
「んふっ楽しそうなお話」
「でしょ?いいお話書くのよ、チャールズ・チルトン。このお話の作者ね。でも売れたと言えるのはこれ一本きりかな」
そうこうする内に、一人手に気球が下降し始めた。どうやら本来の居場所に到着したらしい。
一本道は森に入り、湖に突き当たる。水の下を道は続くのだが、その畔でポムを待つのが気球の役割であった。
「そっかこの湖ですら、身体の小さいポムにとっては海みたいな物なのね」
感心する間に、スカーレットがそうそうにスリッパを脱いで、部屋着の裾を腿まで捲った。白いしなやかな太腿までが露出して、クララは「きゃっ」と小さく口にして、両手で目を覆った。
「そんな反応されると、なんだか恥ずかしいんだけど」
「だって急にだから・・・スカーレットはいつも急だわ」
「もう~恥ずかしがるの禁止。あんたも同じ事するんだからね」
反論を許さずに、スカーレットは湖に入ってしまう。ためらいながらも、一緒になって水浴びするしかなくなった。
湖の水は澄んでいて、冷たくてさらさらと肌に触れる。思い切って入って良かったと思える程の気持ち良さだった。
「ね?私のする事に間違いはないでしょ?」
「ええ、とっても気持ちいい!」
浮かれた拍子に、水底で足を滑らせてしまった。バランスを崩したクララをスカーレットが受け止める。抱き合って顔を見合わせる。また頬が赤く染まって気まずい瞬間。
ドギマギするクララに対し、スカーレットは頬っぺたと頬っぺたをくっつけ、しかも摺りつけてきた。
「なにするの!?」
「んーくっつけっこよ。次はおでこをくっつけるわ」
額をぐりぐりと押し付けられた。ふざけ合いに持ち込まれ、クララも負けじと応戦する気になった。
「なら私は鼻をくっつけるわ!どう?」
鼻を攻撃するのは確かに効果的だった。スカーレットも思わず笑いながら「やめてやめて」と嫌がった。
でも、その後はどうなるか考えていなかった。ほぼ0距離で瞳と瞳を合わせながらスカーレットの囁きを聞いた。
「ねえ、唇と唇もくっつけてみる?」
「え・・・」
クララが反射的に背中を反らした瞬間。狙いすましたスカーレットの手が、クララの両肩を後ろに押した。
当然、成す術も無いままに背中から水の中に落ちる。クララはまたもや『シテヤラレタ』と悟るのだ。
「もーびしょ濡れだわ。風邪ひいちゃう」
「大丈夫だって。本を閉じれば、服も髪も乾いているから」
「そうよね。理屈ではそう・・・でも本の中で引いた風邪はどうなるのかしら?」
「さあ?引いた事ないから分かんない」
そうしていつも通りに笑う。いつも通りにクルリと回って、悪戯っぽい顔を覗かせる。それがいつも通りのスカーレットだ。いつも通りのハズ・・・が予想だにしない事態が生じた。
優雅な脚運びが一瞬止まった。と思ったら、全身が硬直し、無防備な状態で湖へと崩れ落ちてしまった。
「スカーレット!」
自分が転ぶのとは訳が違う。スカーレットの緊急事態を目の当たりにし、クララは水飛沫を飛ばした。
スカーレットは・・・湖底に沈みながら瞳を開いた。狼狽も藻掻く事もせず、ただ静かに水の中を見つめた。
(ああ、こんな感じなのかな?こんな感じに、泡みたいになって何もかもが消えるのかな・・・)
永い時の流れを水の中で感じていた。しかし実際には、溺れる心配も無い程の短い時間でしかない。
身体は浮かび上がり、水面から顔が出て空が見えた。心配そうに見つめるクララの顔も見えた。
思わず噴いてしまった。「何でもないよ」と笑った。
水面にぷかりと浮かんで、クララも誘った。二人で並んで、手を繋いで、突き抜ける様な青空を見上げた。永い永い間、二人は浮かんだままでいた。しかし実際には、風邪を引かないで済む程度の時間に過ぎなかった。
オオカミ騒ぎも収まり、本の中は夕暮れを迎えていた。
湖の畔で焚火を始め、何気に冷えた身体を暖めながら、しっとりと二人きりの時を過ごした。
「ねえスカーレット、脚を見せて」
スカーレットが目をまん丸くしたので、クララは慌てて弁明をしなければならなかった。
「変な意味じゃない!さっき転んだ時、どっか痛めたんじゃないかって。一瞬だけど眉もしかめたでしょ?」
「分かったわよ」脚を放り投げて、クララの膝枕に乗せた。
一見した処では怪我はしていない。擦ったり撫でたりしても、ただくすぐったがるだけだ。
「怪我を見つけたらどうするつもりだったの?まさか舐めてくれるとか?」
「バカ言わないの!」脚を投げて返した。
戻ってきた脚を、今度はスカーレット自身が擦った。冗談めかしてクララに尋ねるのだった。
「もしこの脚が怪我で動かなくなってたら?もう私歩けないって、駄々をこねるわよ」
「その時は・・・」クララは咄嗟のコメントが苦手で、詰められると泣いてしまう時すらある。
でもこの時ばかりは、自分でも驚くほどはっきりと自信を持って答えられた。
「その時は、私がスカーレットを抱き上げて、世界中どこへでも連れて行くわ」
週が明けると、授業もそうそうにクララは図書館へと向かった。返却の本を抱えてはいない。
脳内を駆け巡る疑問を解消するには、他に方法がない。頼れるのはユリちゃん唯一人なのだから。
「へぇ~すご~い。本に入ったばかりでなく、観客同士の出会いまで経験しちゃうなんて」
これだけの大事件に対する反応としては、ちょっとばかり軽く感じるが、ユリちゃんはこうゆう娘だと分かっている。
「あること、あることよ。実は私も本の中で知り合った英国の貴婦人に、お茶の淹れ方を教わったの」
「でもルールがあるでしょ?きっと。それを訊いて来てって言われたの」
「同じ本を手にして、同じページを捲った場合に起き得るの。何月何日の何時まで同じタイミングでね」
「・・・でも同じ本って言うなら、二人並んで開いてなきゃいけないんじゃない?」
ふふっとユリちゃんは微笑んで、とっておきの秘密を話してくれた。
「英国の貴婦人とお茶しながら、お互いの話をしたわ。彼女は18世紀の人で、100年前の本を倉庫で見つけたって。
そこで気付いたの。本の中で時間が止まっている・・・50年前に同じ本を読んでいる彼女を、私は訪ねていたんだなって」
「同じ月、同じ日、同じ時刻・・・西暦だけが異なっている?」
「そう。え~とクララが借りたのはポムのお話よね?チャールズ・チルトン作、120年前に書かれた本だから。クララとその人との間には、最大で20年の開きがあるわ。年上っぽかったのなら、更にその分上乗せって感じだね」
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「奇蹟・・・この出逢いには、何か意味があるのかしら?」
「あるのだとすれば、それは『運命』って事になるね」
「それは大袈裟じゃない?」って言うのがスカーレットの意見だ。
その夜、早速クララは秘密の話をした。幻想的な秘境を辿る場面で、不思議を語るのにお似合いだった。
「へぇそうゆうルールなんだ・・・うわっ時空超えちゃってんじゃん」
「うん、私もそんな事あるのかな?って思ったけど。そもそも本に入っちゃってる訳だし・・・『あり』みたいだね」
「って事は、あんた未来人なの?ノストラダムスの大予言は的中したか教えて」
「20年だってば。そこまで経ってないよ。だいたい実現してたら、私も存在してないし」
「まあ私達、寝間着もスリッパも、あんまり変わり映えがしないものね」
「だから時間のずれは小さいと思うの・・・あの、自己紹介とかする?」
慎ましやかに尋ねるクララに、スカーレットはクルリと背中を向けた。ぐっと伸びをして、笑顔で振り返る。
「別にいいんじゃない?お互いの素性なんて知らなくったって。ここでこうしている時間が大事なんだからさ。
それとも私の生年月日を知って『おばさん』扱いしたいとか?」
「そんな訳ないわ!」
むきになって否定するクララに、スカーレットは「冗談だって」と悪戯っぽく笑う。
本心を言えば、クララはスカーレットの事を知りたかった。現実世界でも会える希望を、少しだけ抱いていた。
「ほらっいいシーンよ。ここで何が起こると思う?」
スカーレットはポムのお話へと話題をすり替えた。ある意味、誤魔化されたのかも知れないと感じた。
エルフのユナに連れられたのは、澄んだ輝きを永遠に保つ泉でした。
水面は星々の輝きを映し、辺りには光を発する夜光中が飛び交い、とても美しい景色でした。
「エルフだけの特別な場所なんだからね。コロボックルで入ったのはポムが初めてよ」
幻想的な美しさにポカンとするポムをよそに、ユナは泉に浸かって水遊びをしようと誘います。
「無理だよ。そんなに脚が長くないもの」
「仕様がないなぁ~」
ユナはポムを抱き上げて、泉の中心まで歩きます。不思議な泉は水を掻き分ける音を立てません。
「さぁ二人きりよポム。ここで何をすると思う?」
「何って何さ?」
きょとんとするポムをよそに、ユナはぎゅっと頬っぺたと頬っぺたをくっつけ合います。
「なにするんだよっ!?」ポムはびっくりして尋ねます。
「くっつけっこよ!エルフの世界では、大事な相手に必ずこれをするのよ!」
「・・・なんかデジャヴ」
「あははっネタばれしちゃった。ここ好きでさ。一回やってみたかったんだよね」
「ふ~ん」呆れたフリで溜息をついて見せたが、実は胸にときめきを覚えていた。
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そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
二本のヤツデの求める物
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夫の父の病が重篤と聞き、領地から王都の伯爵邸にやって来たナタリーと夫と娘のクリスティナ。クリスティナは屋敷の玄関の両脇に植えられた二本の大きなヤツデが気に入ったようだ。
新たな生活を始めようとするナタリーたちだが、次々と不幸が襲いかかり……。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
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主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
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