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 あれから二週間が経ち、新田はあの日以来学校を休んでる。

 それもあってか私は平穏な学校生活を送れていた。

「律、ただいま~」

 学校帰り、スーパーに寄って食材を買って来た私が律の部屋に入った瞬間、一瞬目眩がした。

「何で?  昨日掃除したばっかりだよね?」

 昨日綺麗に掃除をして帰ったはずの部屋が、目を疑う程に散らかっていたので、一瞬声も出なかった。

「んー?  探しモンしてたんだが、見つからなくてなぁ……」

 そう言って探し物が見つからないと諦めたのか、律は窓際に座り込んで煙草をふかしている。

(ってか、探すのやめてんじゃん……)

「何探してるの?」
「この前、井岡がくれた紙」
「それって――」

 言われて思い当たる私はすぐ横にある棚の引き出しを開け、

「これの事?」

 一枚の紙を律に差し出す。

「お!  それだ。何だよ、そんなトコに入ってたのか」

 私から紙を取った律は納得すると、新しい煙草に火を点けようとした。

「律!  煙草吸う前に片付け!」

 そんな彼からすかさず煙草を奪い取った私は片付けをするよう促す。

「何だよ、いいだろ?  一本くらい」
「駄目!  ってか今さっきまで吸ってたでしょ?  いい加減吸いすぎ!!」
「ちっ」

 怒る私に怪訝そうな顔を向けて舌打ちをする律。

 納得のいかなさそうな律を再度促し、私たちは部屋を片付ける事にした。

「…………」

 ――と、片付けを始めたはいいものの、

「何だよ、俺だって一生懸命やってんだぞ?」

 相変わらず片付けの苦手な律に、思わず呆れてしまう。

(何で片付けてるのに散らかってるんだろう?)

 ビールの空き缶を片付けるよう言ったら少し残ったビールを床に溢すし、古い新聞と雑誌を纏めてって頼んだら束にした物崩すし、一向に片付く気配が無いのだ。

「もう、私やるからいいよ」

 そんな惨状に呆れ果てた私は一人で黙々と片付けに取り掛かる。

 そんな私を眺めながら煙草をふかし始めた律。

(あ、また煙草!  全く、油断も隙もない)

 煙草は正直好きじゃない。匂いつくし、煙臭いし、ヘビースモーカーな律の健康も心配だから。

(けど、もう慣れちゃったんだよね、匂いとかも)

 健康の為には辞めさせたいけど、多分それは無理だろうからせめて本数くらいは減らして欲しいとは思う。

(それに、キスした時に煙草の匂いがするのって、何だか大人な感じがして、ちょっと好きだったり……)

 そんな事を考えながら、ひたすら片付けていたら、結局一時間近く掛かってしまっていた。



「終わった!  それじゃあ私、ご飯作るね」

 ようやく部屋の片付けを終えた私は次に台所に立って夕飯の準備に取り掛かる。

「お前、本当によく動くなぁ。帰って来てから動きっぱなしじゃん。少しは休めよ?」

(そう思うなら部屋を散らかさないでよね)

とは言わず、

「やることはさっさと終わらせてから休みたいからいいの」
「そんなもんか?」
「そうだよ」

 そんなことを話しながら手を動かしていると、ピンポーン――とインターホンが鳴り響いた。

「何だ?  面倒だなぁ……」

 煙草を灰皿に押し付けた律は文句を言いながらも玄関へ向かった。

 すると、

「何の用だ?」

 玄関から聞こえてきた律の声は明らかに不機嫌で、誰が来たのか気になった私はこっそり覗き見ると、玄関に立っていたのは知らない男の人で、心なしか律に似ているような気がした。

 その人は私に気付くとニコリと笑って、

「もしかして、律の彼女?  意外だなぁ、彼女が女子高生だなんて」

 そう茶化すように笑いながら律に問いかけた。

 そんな彼の問いに更に不機嫌さを増した律は、

「アンタには関係ねぇだろ?  さっさと用件を言え」

 より一層低い声で言い放った。

「……はいはい。律がきちんとやってるのか父さんも母さんもすずも心配してるからね、様子を見に来たんだよ」
「心配されることなんざねぇよ。俺は忙しいんだ。帰ってくれ」

 それだけ言うと、律は強引にドアを閉めて鍵を掛けてしまった。

「……律……?」

 無言で部屋に戻って来た律は窓際に座り煙草に火を付け始めた。

「……大丈夫?」

 怒りとは裏腹に律の表情は少し悲しげに見えた私の口からは自然とそんな言葉が出てきていた。

「……今のな、一つ上の、兄貴」
「……え?  お兄さん!?」

 似ているのは当たり前だ、兄弟なのだから。

「追い帰しちゃって、良かったの?」
「ああ。関わりたくねぇからな」

 律は煙草を咥えながら冷蔵庫に向かいビールを取り出すと、再び窓際に座りながらプルタブを開けて勢いよくビールを飲んだ。

 話しかけづらい雰囲気の律をよそに私は再び夕飯の準備を始めたのだけど、どうしてこんなにも不機嫌なのか理由がサッパリ分からなかった。



 律のお兄さんが来てから数日が経ったある日曜の昼下がり、井岡さんとの打ち合わせに出ていて律が不在のアパートで、私は一人留守番をしていた。

 家事もひと通り終わったこともあってソファーに座ってまったり過ごしていると、陽当たりがよく、ついウトウトしかけてしまった私が眠り掛けた時、来客を知らせるインターホンが鳴って一気に目が覚める。

 けれど、出がけに誰か来ても出なくていいと律が言っていたこともあって居留守を使っていたのだけど、

 コンコンッとドアをノックする音に加えて、

「律?」

 と彼を呼ぶ女の人の声が聞こえた瞬間、私は迷わず玄関に駆け寄ってドアを開けた。

 ドアを開けると、立っていたのは小柄で可愛らしい女の人だった。

 私を見て驚いた様子の彼女。

「あの、ここ、古屋  律のお部屋、ですよね?」

 部屋を間違えたと思ったのか、律の部屋かと確認する彼女。

「そうですけど、あなたは?」

 そんな彼女に私が怪訝な表情を浮かべて問い掛けると、

「わたし、古屋  鈴と言います。あの、律は居ますか?」
「律は出掛けてますけど……」
「そうですか。ではまた日を改めて来ると伝えてください」

 ぺこりとお辞儀をした彼女はそれだけ言うと、足早に去って行った。

 古屋  鈴。律と同じ苗字の彼女。

(御家族の、誰か?  それとも、親戚?)

 気になって仕方がなかった私は夕飯の買い出しに行くのも忘れ、ボーっとしたまま律が帰って来るのを待っていた。


「ただいま」

 そして陽が暮れた頃に律が帰ってきて、

「どーした?  元気ねぇな?」

 私を見るなりそう口を開く。

「…………」

 黙ったまま律を見つめ、

「今日ね、古屋  鈴さんって人が来たよ」

 昼間訪ねて来た女の人の話した。

「鈴が?」

 それを聞いて心底驚いた表情の律。

「……誰……なの?」

 不安で仕方が無かった私は一番知りたかった質問を投げ掛けると、

「鈴は――義理の姉貴だ」

 一瞬の沈黙の後、そんな答えが返ってきた。

「義理の、お姉さん?」
「ああ。兄貴の、嫁さん」

 そう素っ気なく言った律は煙草に火を点ける。

「鈴は、俺らの幼なじみでな。子供ガキの頃からの付き合いだ。兄貴と結婚してからは、俺はもう何年も会ってねぇけど……」

 ふーっと煙を吐き出し、話を続けていく。

「アイツ、何か言ってたか?」
「……また、日を改めて来るって」
「……そうか」

 律はそれ以上、何も答えなかった。

 悲しげな表情の律に、私の心には底知れぬ不安が押し寄せ、ザワついていた。
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