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「良かったの?  切っちゃって」
「……いいんです」
「そう……」

 切ってすぐ、再び律から電話がかかったけど私はそれに出ることをせず、これ以上掛けてきて欲しくなくて、強制的に電源を切ってしまう。

「君、結構大胆なことするね?  でも、君が電源切ったら今度は俺にかかってくるんだよ?」

 そう言ってお兄さんは自身のスマホを取り出すと、【律】と表示された画面を見せてきた。

「どうする?  出た方がいいと思うよ?  律、心配してたよ?」
「そう思うのならご自由にどうぞ」
「……いいや、俺も出ないでおくよ」

 結局お兄さんは律からの電話には出ず、暫くすると諦めたのか着信が来ることは無くなった。


「――あの、先程の電話で、お兄さんは鈴さんと別れたくないって仰ってましたけど、それならどうして他の女の人と一緒に居るんですか?  鈴さんのことが好きなら、彼女の傍に居ればいいのに」

 電話があって以降お兄さんが何も話さなくなって無言の状態が三十分程続いていたので、それに耐えられなくなった私は疑問に思っていたことをさり気なく聞いてみた。

「……まあ、普通はそう思うよね。けど、それは無理なんだよね」
「無理……とは?」
「鈴はね、俺のこと嫌ってるから。嫌われてるって分かってるのに、一緒に居るのは辛いでしょ?」
「それは、そうですけど、でも、鈴さんとお兄さんは好き合っていたから、結婚したんですよね?  それなのに、どうして……」
「……まあ、これは全て俺が悪いんだよ。当然の報いなんだ」
「…………?」

 一体お兄さんは何が言いたいのか分からず、私が首を傾げていると、

「……俺さ、昔からずっと、律のことが嫌いだったんだ」

 突然、律を嫌いだったというカミングアウトを始めたので、それに聞き返したりせずに、黙って彼の話を聞くことにした。

「俺が小学校へ上がるのと同時にうちは引っ越して、近くに住む鈴と関わるようになってから、俺たち兄弟の関係は少しずつ変わっていったんだ」

 お兄さんの話によると、引っ越した当時は三人仲良く行動していたという。それは前に律からも聞いていたから知っていたけど、律から聞いた話では中学へ上がった頃からお兄さんは変わってしまい、女遊びが激しくなったと言っていた。

 けれど、それには理由があったのだ。

「俺は、出会った当時から鈴に好意があったんだ。鈴も俺のことを好いててくれてるのが何となく分かってたから、両想いなのかなって思ったりもした。けど、ほぼ同時期に、律も鈴のことを特別に見てるって知ったんだ。まあ律はそういうことに疎い奴だったから気付いてなかったかもしれないけど、俺は分かってた。その時、俺ら兄弟は同じ女の子に好意を寄せてるんだって知った」

 二人は同時期に鈴さんに好意を寄せていて、そのことにお兄さんだけが気づいていた。

 確かに、律はその当時から鈴さんを好きだという認識こそ持ってはいないようだったけど、特別だとは言っていた。

「俺は鈴が好きだったけど、二人とは学年が違うから二人にしか分からない話が出てくることもあって、たびたび疎外感を感じることもあった。小さなことだけど、それが積もりに積もって、日に日に面白くなくなってきたんだ。まあ、完全に嫉妬なんだけどね、当時は当たり前のようにいつも鈴の横に居る律にイラついて、律を嫌いになっていったんだ」

 恐らく、中学の頃から女遊びが激しくなったのは、二人への当てつけだったのだろう。

「俺が女を取っかえ引っ変えしてることで、鈴が気に病んでることは分かってた。そうしてでも、俺の方を見て欲しかったんだ。そんな状態が続いたまま、俺は高校に上がった時、一人の女の子に出会った。その子は今まで遊んで来た女とは違う、初心で純粋で、俺にとって、特別な子になって、いつしか……彼女と付き合うことになった」

 そして、律に聞いていた通り、お兄さんは高校へ上がってから出逢った一人の女の子に一目惚れして、その子を彼女にしたという。


「だけど、その子とは駄目になっちゃったんだ。その子は良いところのお嬢様でさ、今どき信じられないけど、政略結婚で許嫁がいたんだ。彼女はそんな気なくて俺と別れたがらなかったんだけど、彼女の父親が怒って……俺たちは半ば強制的に別れさせられた。それが、ちょうど高校卒業の頃だった。律と鈴は俺が別れた頃に付き合い始めたみたいで、俺としては心底面白くなかったよ。別に二人が悪いわけでもなかったけど、八つ当たりだって分かってたけど、許せなかった。二人が幸せそうにしてることが……」

 それも律から話を聞いた通りで、お兄さんは律と鈴さんの仲を壊したくて、鈴さんに迫ったと。

「だから俺は、どうしても律から鈴を奪ってやりたくて――」

 お兄さんがそう言葉を続けようとした、その時、

 ドンッと外から窓を叩く音が聞こえてきたことに驚いて外へ視線を移すと、

「律……!?」

 殺気に満ち溢れた表情を浮かべた律の姿がそこにはあった。

 そして鍵のかかっていないドアは外から開けられ、

「琴里!!」

 律のその声と共に、私の身体は抱き締められた。

「律……」
「馬鹿野郎!  何で電話の電源切るんだよ!  心配したんだぞ!?」
「……ご、ごめん、なさい。けど、どうして?」
「探したに決まってんだろ?  街で会ったって兄貴が言ってたから、まだ近くに居るかと思って探してたんだ。そしたら兄貴の車見つけて、二人の姿が見えたんだ」
「そ、そうだったんだ……」

 これには流石に驚いたけど、息を切らしてまで探してくれたことは、凄く嬉しかった。

「兄貴、電話に出ろよな!」
「うーん、出ようとはしたけど、琴里ちゃんの意志を尊重したんだよ」
「クソが!」
「はは、酷い言われよう」

 律は息を整えると真剣な眼差しでお兄さんを見つめ、

「……兄貴、これから俺のアパートに来てくれ。鈴を待たせてる。このままじゃ駄目だと思う。一度話をしよう。琴里も、来てくれるか?」
「……うん」
「……はあ。分かったよ」

 律の言葉に渋々と言った感じでお兄さんは了承し、私たちは律のアパートへ向かうことになった。


 アパートに着くと中で待っていた鈴さんに出迎えられた。そして、重苦しい空気の中、私と律が横並びに座り、その向かい側に鈴さんとお兄さんが並んで座って話し合いが始まったのだけど、いざ話そうとなると何を切り出したらいいのか分からないようで、誰が話を始めるか探りあっている状態だった。

 暫くして、その沈黙を破り初めに口を開いたのは――お兄さんだった。

「さっき、琴里ちゃんとは話が途中だったよね。鈴、律、俺、さっきまで俺たちの過去について彼女に話をした。ちょうど、俺が二人の仲を壊してやろうと思ってた時の話をしている途中だったんだ。彼女、途中まで聞いてて気になってるだろうし、二人もそのまま聞いてくれるかな?」
「蓮!  その話は……」
「鈴、黙って聞いてろ。兄貴が話すって言ってんだから俺は聞きたい。過去の話だ、今更何を聞いても……俺は平気だから」

 お兄さんの言葉に何故か慌てる鈴さんと、それを制して冷静な態度で対応する律。

 一体お兄さんが話そうとしたことの続きには何があるのか、私は気になって仕方がないのと同時に不安な気持ちが溢れてきて、ザワつく心を必死に鎮めていた。
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