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16 何なら期待した!
「お疲れ」
俺を抱いたまま、慧がパソコンを落とした。途端にシンとした空間に、衣擦れ以外の音が無くなる。
「うん、お疲れ……」
「疲れた? 元気無いね?」
肩越しに覗き込むようにされて、されるがままに慧に身を委ねてしまう。
「……ん、お前があったかいから」
「……眠くなっちゃった?」
胸に頭を預けてしまったため、視線を上げれば覗き込む慧の顔が見える。けれどそうすることが出来ずに、首を横に向けた。
今、慧がどんな表情をしているのか、見るのが怖い。
「……ゲーム怖かった、から疲れた。……それに、まだ怖いし」
もう配信が終わったから、離れなければいけないのに、そんな嘘まで吐いてしまう。正直、慧に抱かれてから、怖いとかの騒ぎじゃない。
「そっか。じゃあもう少し、こうしてようか」
腹に回された腕に力がこもり、突き放されなかったことにほっとする。
今どんな表情をしているか見たくないし、見せたくない。迷惑がられていたら、嫌がられていたらどうしよう。
「……も、大丈夫」
「そ。でも俺が寒いから、こうしてたい」
心臓か大きく鳴り続けていて、じわっと首筋まで熱くなってくる。
「慧ってさ、……スキンシップ激しめ?」
「んー、どうだろ。比較対象無いし。まあ、ベタベタしたい人は居ないかな」
「この状況で、説得力無くね」
さっきから頭がふわふわして、要らないことばっかり口走っている。頭の上で、慧が柔らかく笑った。
「カズイは特別」
「へ、へ~、そ~」
一瞬で喜びが爆発して、声が上擦る。どんな意味合いでも、例え本人の意図と違っても、単純に慧からそう言われると、心底嬉しい。
「ねー、カズイ」
「うん?」
ちょっとゆらゆらしてから、慧はそっと呟いた。
「明日も、一緒に過ごしたいって言ったら、駄目?」
「……俺は、そのつもりだったけど」
「本当!? あ、でも俺が言ってるのは、一日って意味だよ?」
焦ったような、喜んでるような半々の声音は、必死さを覗かせている。だから、腹の上に置かれた手に手を重ねてみると、慧の体がピクリと揺れた。
「うん。午後から二人で、出かけたいなって思ってた」
「あ~、うん、うん……。出かけよ。カズイの好きなとこ、どこでも行こう」
慧はいつも俺を気遣って優先してくれる。悪いなって思う心と、嬉しいって思う心が半々。
すごく大事にされているって感じる。
「二人で相談しよ。俺は慧と、クリスマスマーケット行きたい」
「じゃあ、どっか大きくやってるとこ探そう。都内になきゃ、他県でも良いよ」
早速スマホを取り出した慧は、こっちにも検索画面を見せながら調べ出した。
「他県って。近場で良いよ。朝は二人でゆっくりしたいじゃん。ね、慧の行きたいとこは?」
「明日一緒に過ごせんなら、どこでも良い。次は考えとくから」
画面に前のめりになった分、また近づいた声はぶっきらぼうにも聞こえたけど、飾りのない本音だと分かった。
次があるのか。嬉しくて少し笑う。
「なに、何で笑って―……」
「……っ」
そうこっちを向いた慧と、鼻先が触れそうな距離で顔を合わせてしまう。
時が止まったみたいに、二人そのまま動けなかった。
見開かれた色素の薄い瞳と長い睫毛が揺れている。その中にある温度や色を、どう理解して良いのか自信が無い。
触れていた指先が絡んだ。その感触に息が詰まる。
もし、都合良く理解して良いなら、あと数センチだけ近づきたい。
ひたと定まった視線が俺を貫いて、慧が少しだけ近づいて止まる。鼻先が微かに触れた。
「……明日、話したいことがある」
吐息が唇に触れて、微かに身じろぐ。目元は赤く染まっているのに、やけに真剣な眼差しに心臓が高鳴る。
繋いでいない方の手が顎を優しく持ち上げて、頬を柔らかく撫でる。
何も言葉に出来なくて、息を止めるしか出来ない。何か言ったり、動いたりすれば、壊れてしまう気がした。
いつも飄々として、他人に対して興味が無さそうで、パーソナルスペースが無限大みたいな慧が、こんなに切羽詰まった切実な瞳で、ただ俺だけを見ている。
その感情って、本当に推しへの愛なのか。
「け、い……」
「っ、ごめん、調子乗った……」
さっと顔を離し顔を俯けて、慧は優しく俺の身を解放した。
「風呂、入って来る。から、先に寝てていいから」
「ぁ、……うん」
離れた途端に堪らなくなって、手を伸ばしかけて止める。慧は一度だけ呆然と俺を見て、足早に部屋を出て行った。
扉が閉まった瞬間、ずるりと背もたれに寝そべる。今まで忘れていた胸の鼓動が、全身に響き出した。
「……、~~っ」
キスされるかと思ったし、何なら期待した!
顔を両手で押さえて、じたじたと転がる。いや本当期待した! 馬鹿じゃない!?
どんな綺麗事言ったって、やっぱり勘違いしたくなるし、都合良く取りたくなるよ、そりゃあ。
だって慧は本当に格好良くて、何なら出来ないのってくらい、何でも出来るスパダリ属性で。
そんな人が自分を一番に大切にしてくれて、思わせぶりな言葉や触れ方をしてきたら、夢くらいみたくなるじゃないか。
俺だって人並みに欲求はあるし、愛されたいって欲なら人一倍ある。
慧は学生から卒業仕立てで、どっか少し幼いところがあるんだから、雰囲気に盛り上がって、推しへの信仰を愛欲に取り違えたって別に変な話じゃない。
若さ故の持て余し、身を持って知ってるじゃないか。俺の見た目が、同性に刺さることがあるのは実証済みだし。
別に女顔ってことでも無いし、身体も若干細いくらいで筋肉もあるし、身長は平均。髪も服も流行りに合わせた量産型。顔の造りも取り立てて悪くもないし、飛び抜けて良くもない。
だけど尻の線とか、顔や体の雰囲気がエロいんだそうだ。実際そう言われて酷い目にあった。
だから代替品に使われたし、これからもそう見られる可能性だってある。そんなこと分かりきってる。
だから、そう、慧もそう。分かんなくなっちゃってるだけ。
だけど、そう思おうとすればするほど、ぐちゃぐちゃなのは自分の方だった。
怖い。踏み出すのが怖い。慧もそうだったら、どうしよう。
何年経っても追いかけて来る悪夢に、吐き気が込み上げる。
このまま流れるまま流されて、甘受してしまえば楽だろう。慧がくれる厚意を都合良く解釈して、自分の中では疑似恋愛にしてしまえば、誰も傷つかない。俺も慧も仲良くなりたいのは本当で、ただベクトルが違うだけ。
いや、誰もなんて、自分が、の間違いだ。ぐるぐると回る思考を抱えて、寝室へと向かい、俺用に用意された布団へ倒れ込んだ。
俺を抱いたまま、慧がパソコンを落とした。途端にシンとした空間に、衣擦れ以外の音が無くなる。
「うん、お疲れ……」
「疲れた? 元気無いね?」
肩越しに覗き込むようにされて、されるがままに慧に身を委ねてしまう。
「……ん、お前があったかいから」
「……眠くなっちゃった?」
胸に頭を預けてしまったため、視線を上げれば覗き込む慧の顔が見える。けれどそうすることが出来ずに、首を横に向けた。
今、慧がどんな表情をしているのか、見るのが怖い。
「……ゲーム怖かった、から疲れた。……それに、まだ怖いし」
もう配信が終わったから、離れなければいけないのに、そんな嘘まで吐いてしまう。正直、慧に抱かれてから、怖いとかの騒ぎじゃない。
「そっか。じゃあもう少し、こうしてようか」
腹に回された腕に力がこもり、突き放されなかったことにほっとする。
今どんな表情をしているか見たくないし、見せたくない。迷惑がられていたら、嫌がられていたらどうしよう。
「……も、大丈夫」
「そ。でも俺が寒いから、こうしてたい」
心臓か大きく鳴り続けていて、じわっと首筋まで熱くなってくる。
「慧ってさ、……スキンシップ激しめ?」
「んー、どうだろ。比較対象無いし。まあ、ベタベタしたい人は居ないかな」
「この状況で、説得力無くね」
さっきから頭がふわふわして、要らないことばっかり口走っている。頭の上で、慧が柔らかく笑った。
「カズイは特別」
「へ、へ~、そ~」
一瞬で喜びが爆発して、声が上擦る。どんな意味合いでも、例え本人の意図と違っても、単純に慧からそう言われると、心底嬉しい。
「ねー、カズイ」
「うん?」
ちょっとゆらゆらしてから、慧はそっと呟いた。
「明日も、一緒に過ごしたいって言ったら、駄目?」
「……俺は、そのつもりだったけど」
「本当!? あ、でも俺が言ってるのは、一日って意味だよ?」
焦ったような、喜んでるような半々の声音は、必死さを覗かせている。だから、腹の上に置かれた手に手を重ねてみると、慧の体がピクリと揺れた。
「うん。午後から二人で、出かけたいなって思ってた」
「あ~、うん、うん……。出かけよ。カズイの好きなとこ、どこでも行こう」
慧はいつも俺を気遣って優先してくれる。悪いなって思う心と、嬉しいって思う心が半々。
すごく大事にされているって感じる。
「二人で相談しよ。俺は慧と、クリスマスマーケット行きたい」
「じゃあ、どっか大きくやってるとこ探そう。都内になきゃ、他県でも良いよ」
早速スマホを取り出した慧は、こっちにも検索画面を見せながら調べ出した。
「他県って。近場で良いよ。朝は二人でゆっくりしたいじゃん。ね、慧の行きたいとこは?」
「明日一緒に過ごせんなら、どこでも良い。次は考えとくから」
画面に前のめりになった分、また近づいた声はぶっきらぼうにも聞こえたけど、飾りのない本音だと分かった。
次があるのか。嬉しくて少し笑う。
「なに、何で笑って―……」
「……っ」
そうこっちを向いた慧と、鼻先が触れそうな距離で顔を合わせてしまう。
時が止まったみたいに、二人そのまま動けなかった。
見開かれた色素の薄い瞳と長い睫毛が揺れている。その中にある温度や色を、どう理解して良いのか自信が無い。
触れていた指先が絡んだ。その感触に息が詰まる。
もし、都合良く理解して良いなら、あと数センチだけ近づきたい。
ひたと定まった視線が俺を貫いて、慧が少しだけ近づいて止まる。鼻先が微かに触れた。
「……明日、話したいことがある」
吐息が唇に触れて、微かに身じろぐ。目元は赤く染まっているのに、やけに真剣な眼差しに心臓が高鳴る。
繋いでいない方の手が顎を優しく持ち上げて、頬を柔らかく撫でる。
何も言葉に出来なくて、息を止めるしか出来ない。何か言ったり、動いたりすれば、壊れてしまう気がした。
いつも飄々として、他人に対して興味が無さそうで、パーソナルスペースが無限大みたいな慧が、こんなに切羽詰まった切実な瞳で、ただ俺だけを見ている。
その感情って、本当に推しへの愛なのか。
「け、い……」
「っ、ごめん、調子乗った……」
さっと顔を離し顔を俯けて、慧は優しく俺の身を解放した。
「風呂、入って来る。から、先に寝てていいから」
「ぁ、……うん」
離れた途端に堪らなくなって、手を伸ばしかけて止める。慧は一度だけ呆然と俺を見て、足早に部屋を出て行った。
扉が閉まった瞬間、ずるりと背もたれに寝そべる。今まで忘れていた胸の鼓動が、全身に響き出した。
「……、~~っ」
キスされるかと思ったし、何なら期待した!
顔を両手で押さえて、じたじたと転がる。いや本当期待した! 馬鹿じゃない!?
どんな綺麗事言ったって、やっぱり勘違いしたくなるし、都合良く取りたくなるよ、そりゃあ。
だって慧は本当に格好良くて、何なら出来ないのってくらい、何でも出来るスパダリ属性で。
そんな人が自分を一番に大切にしてくれて、思わせぶりな言葉や触れ方をしてきたら、夢くらいみたくなるじゃないか。
俺だって人並みに欲求はあるし、愛されたいって欲なら人一倍ある。
慧は学生から卒業仕立てで、どっか少し幼いところがあるんだから、雰囲気に盛り上がって、推しへの信仰を愛欲に取り違えたって別に変な話じゃない。
若さ故の持て余し、身を持って知ってるじゃないか。俺の見た目が、同性に刺さることがあるのは実証済みだし。
別に女顔ってことでも無いし、身体も若干細いくらいで筋肉もあるし、身長は平均。髪も服も流行りに合わせた量産型。顔の造りも取り立てて悪くもないし、飛び抜けて良くもない。
だけど尻の線とか、顔や体の雰囲気がエロいんだそうだ。実際そう言われて酷い目にあった。
だから代替品に使われたし、これからもそう見られる可能性だってある。そんなこと分かりきってる。
だから、そう、慧もそう。分かんなくなっちゃってるだけ。
だけど、そう思おうとすればするほど、ぐちゃぐちゃなのは自分の方だった。
怖い。踏み出すのが怖い。慧もそうだったら、どうしよう。
何年経っても追いかけて来る悪夢に、吐き気が込み上げる。
このまま流れるまま流されて、甘受してしまえば楽だろう。慧がくれる厚意を都合良く解釈して、自分の中では疑似恋愛にしてしまえば、誰も傷つかない。俺も慧も仲良くなりたいのは本当で、ただベクトルが違うだけ。
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