【完結】BLゲーにモブ転生した俺が最上級モブ民の開発中止ルートに入っちゃった件

漠田ロー

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おまけ

アハトとイド

 それはまるで流星のように、ある日突然騒々しく飛び込んで来た。


「あんたの下で働く……」
「そうだ。少なくとも今よりは、良い暮らしが出来るぞ」

 深夜、寝込みを襲った刺客の少年は首を傾げた。さらりと少し長めの銀の髪が流れて光を弾き、明け方の闇のような瞳が瞬く。

 国に数人居るかどうかの影使い。膂力さえ無いが、王太子暗殺に使われる程の実力。是非手に入れたい人材だ。
 
「良い暮らしって何?」
「今のお前なら、金があって飯が食えて、誰かに何かを奪われない暮らし、だろう」

 少年は真っ直ぐアハトの瞳を見つめて考え込んだ。銀の長い睫毛が彩る闇を宿した瞳が、やけに印象深い。

「ま、いっかー。いーよ、何処でもおんなじだし。あんたの下につくわ」
「よし。仮契約完了だ」

「殿下、何かありましたか?」

 控え目に扉がノックされる。少し騒ぎ過ぎたらしい。異変に気付いたジャファルの声がする。

「何も無い。猫が迷い込んだ故、戯れていただけだ。下がれ」
「は……」

 ここでジャファルにバレると、上に下にの面倒な騒ぎになる。夜明けと共に禊に行かねばならないため、これ以上の揉め事は面倒だ。

 適当にあしらったジャファルとヤーシャの気配が十分に遠ざかると、アハトは少年の首根っこを掴み、続きの浴室へと向かった。

 宮殿にはアハト専用の大浴場もあるが、いつでも使えるように私室にも設えている。どちらの浴場も綺麗好きのアハトのため、1日中ずっと湯が用意されている。

「小汚くて敵わん」
「わ、ちょ、何すんだよ!」
「貴様の最初の仕事だ。黙って従え」

 仕事と言うと戸惑いながらも大人しくなった少年を、あっと言う間に裸に剥くと、痩せて貧相な体を風呂に放り込んだ。

 それから石鹸で犬猫のように丸洗いにする。禄に風呂に入ったことのない体から、綺麗に汚れを落として行く。

「いひっ、ちょ、擽ってえ!」
「骨ばかりだな。筋肉が足らん。それで本当に人を殺せるのか?」

「うひ、影使えばな、楽勝よ。うひゃ」
「ふん、まずは飯だな。これでは山猫どころか、鶏ガラだ」

 うひゃうひゃ騒ぐ少年の手入れを済ませ、ぶつくさ言いながらバスタオルで包む。
 風呂から出た少年はこざっぱりして、温まって心地良いのか目を擦った。

「寝るとこ、どこ?」
「その辺で適当に寝ろ」

 アハトがベッドに横になると、少年も頷いて裸のままベッドに上がり丸くなった。直ぐにすうすうと寝息を立てたため、アハトも明け方まで仮眠を取った。


「イド、何度言ったら分かる!殿下のベッドに潜り込むな!」
「えー、だって護衛してんだし、傍に居るなら何処でも同じだろ。アハトのベッド、寝心地良いし」

 それから1ヶ月。初日には顛末に激怒していたジャファルたちも、何だかんだイドを受け入れていたが、中々どうして山猫の常識の無さには手を焼いているようだった。

「朝から怒鳴るな。喧しい」

 アハトは神官服に身支度を整えると部屋を出た。王宮の最奥にある本殿に向かう。
 中心にある祭祀宮殿は政と神事を行う場所ではあるが、本当のご神体は王と王太子しか入れぬ聖域に秘されている。

 厳重に幾つもの塀で囲われたそこは、禊場までしか伴は入れず、イドのような血に塗れた者は最初の入口で神威に弾かれる。
 禊場まで付いて来られるのはジャファルのみで、長い回廊を2人で歩いて行く。

「殿下。アレを妾にでもするおつもりですか?」

 珍しくジャファルが溢した失言だが、アハトは片眉を上げただけで済ませた。

「猫が主の布団に潜り込むくらいで、そう目くじらを立てるな」

 そう言うと、ジャファルは目を眇めて尚も言い募った。

「私は示しが付かぬと申しているのですよ。妾なら妾で正式にしてしまえば、問題は無いのです」

 こうなるとジャファルはしつこくて面倒臭い。アハトはしれっと矛先を変えた。

「そう言えば、情報は集まったか」
「は、やはり第1王子派筆頭のダスハーの子飼いの組織でした。それから、例の遺骨らしきものも見つけました」

「ご苦労。ふ、さぞかし顔を真っ赤にしているだろうな。全て潰してやったのだ。暫くは鳴りを潜めよう」
「真っ赤どころじゃありませんよ。完全に敵に回しましたよ」

「端から敵よ。何処かで決着を付けねばならぬ。それに稀なる戦力を手に入れた」
「今回の件で、完全に討てなかったのが悔やまれます。今後、より恨みを深めて狙って来ますよ」

 不満そうなジャファルに肩を竦めた。懸念は最もだが、何れ戦う敵であることには違いない。

「せいぜい山猫に守ってもらうとしよう。お前は引き続き、例の件を進めろ」
「承知しました。が、それ程に御心を砕くのなら、やはり妾になさいませ。周りから見ればどう映るか、判らぬ貴方様では無いでしょうに」

「ふむ。まるで小姑のようだな」
「んなっ」

 そこまでで禊場に着いたため、アハトはさっさと入口を潜った。ジャファルは乳兄弟で幼い頃から共に育ったため、時折遠慮が無い。

 しかし言うことは正論のため、アハトが怒ることは無い。ジャファルの苦言は服と共に脱ぎ落とし、アハトは禊場に湧く冷たい清水に身を浸した。

 
「なあ、アハト、それちょうだいってばぁ。すげー美味いんだろ?ちょっとくらい飲ませてくれてもいいじゃんかー」

 文字の練習に飽いたのか、イドがいつものお強請りを始めた。
 手習いの際には葡萄酒片手に行っていたのだが、先日問われてつい饒舌に葡萄酒の素晴らしさを語ってしまった。

 それから毎晩の如く飲ませろと煩いことこの上無いため、アハトはとうとう根負けしてイドのために、とある物を用意した。
 ジャファルを呼ぶと持って来たので、受け取り下がらせる。

「いいか。酒にはランクがあり、貴様にはこれがふさわしい」
「えーっ、アハトとおんなじのが良い!ケチ!」

「ふん、1人前になってから言え。文句があるなら、飲まなくて良い」
「飲む飲む、ちょーだい!」

 目を輝かせてズイッと身を乗り出したイドに、不意に朝のジャファルの言葉が蘇る。
 無言で手招くとイドは直ぐにやって来て、アハトの隣に座った。

 少し伸びた前髪の間から、明け方の闇に似た瞳が真っ直ぐに貫いてくる。
 顎を掴んで上向かせると、イドはきょとんとしてから口を尖らせた。

「やっぱくれないとか、ケチなのナシな!」
「……ふ、ガキめ」

 喧しい口を塞ぐべく用意した杯を手渡すと、イドは躊躇せずに一息に呷った。未だ細い首の未発達な喉仏が、紅い液体を嚥下して動く様を見つめる。

 瞬間、イドの顔がパァァっと輝いていく。目を真ん丸くして、頬を紅潮させ、大き目の口が綺麗な弧を描いていく。

「甘くて美味しい!こんな美味いもの初めて飲んだ……!生きてきた中で1番美味い……!」
 
 噛み締めるような興奮と歓喜が滲み出た声と表情に、堪え切れず可笑しくなって、ついに声を出して笑う。
 
「くく……、そうか。美味いか」
「うん!アハトの言ってた通りだった!葡萄酒って世界で1番美味い!」

 満面の笑みと冷めぬ興奮に、膝に乗り上げそうな勢いで、ずっと繰り返されるイドの『葡萄酒』の感想を肴に、アハトもまた杯を呷る。

「な、美味しいね、アハト!」
「……そうだな」

 その夜の光景はこの世で最も美しいものとして、この道を往く消えぬ灯となった。あの葡萄酒の味をも、きっと忘れることは無い。

 イドは物を知らない。常識も知らない。恐れも嘘も欲も知らない。

 だからこそ暗闇で目を奪うほど瞬くのだ。

 この世でただ1人、真っ直ぐに自分を見る少年。地位も肩書などもなく、ただひたすらに対等な命として、自分を見つめ名を呼ぶ、ただ1人の少年。
 
 ずっとこのまま瞬いていればいい。何も知らず、そのままで。自由に、まるでこの世に煩わしいことなど無いように。



「……行かせてしまって良かったので?」

 ジャファルが、引き留めろとでも言いたげな声で問う。

「ふん、猫は気紛れなものだからな。……それに、彼奴が酒の味を覚えたら、自由にさせると決めていた」

 アハトはイドの去った先を見つめて呟いた。

 あの日突然騒々しく胸に飛び込んで来て、今、飛び去った美しい銀の流星の描いた軌跡を、いつまでもなぞりながら。
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