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春の章 始まり編
2 一ノ瀬歩
「お兄ちゃぁ~ん、聞いてよぉ~!」
この声は間違いなくおねだりだ。一ノ瀬歩は小さく溜息を吐いた。
5歳下の妹が可愛くて甘やかし過ぎたのは歩だが、少々兄を便利ロボット扱いするきらいがある。
「なに?今度はどうした」
妹が進学に伴い上京したことにより、歩は保護者を兼ねて卒業までは面倒を見ると決めた。
どうにも甘ったれで、生活能力が低い妹である。
放って置くと大学生活が危うくなりそうなので、同居して何くれと面倒を見、生活を指導している。
「これ、見て!」
ずいっと、ラップトップを差し出されて受け取る。
ウィンドウを占めているのはノベルゲームらしく、男キャラ3人の立ち絵が表示されていた。
「イケメンじゃない?この人~」
「うん、まあそうね」
ごてっと飾られた長いネイルが指したキャラは、隣のキャラよりなんだか気合いが入っていた。絵師が違うのだろうか。
「これが何よ?」
「これキミアカっていうゲームなんだけどさ、なんかこのキャラ攻略出来そうで出来ないの!」
「え、モブなんじゃないの?」
「いや、見てよ!この立ち絵!モブに見える?他のキャラより気合い入ってんじゃん!」
顔に押し付けるように差し出されたパッケージには、5人の攻略キャラが描かれていた。
見比べると、なるほど確かにこのキャラは、攻略対象と遜色無くしっかりと描かれている。
「隠しキャラなんじゃない?」
「ウチもそう思って、全キャラ攻略してみたんだけど、なんかフラグ立ちそうで立たないんよ」
見る間にしゅんとした妹に、歩は喉を詰まらせた。歩は妹のこの表情に弱い。
「……で、何したらいいの?」
「検証班出動お願いします!」
パッと顔を上げ、満面の笑みで敬礼した現金な妹を小突いて、歩はソフトを受け取ったのだった。
「BLゲームだったんかい……!アイツどこでこんなん覚えてきたんだ」
ボヤきながらも歩はソフトを起動した。
社会人になって2年目。ブラック寄りの会社に入ってしまった歩には、貴重な休日だ。
元々ゲーマーで検証班にも参加していたし、ゲーム自体は好きだから苦にはならない。
だが、これは18禁BLということもあり、免疫の無い歩には中々にハードな作業だった。
『君と見る暁の花』。略してキミアカ。
嗜みのある女性陣にバズっているらしいが、しかし妹よ。兄に18禁ゲーム攻略を頼むんじゃない。
アイツの倫理観はどうなっているんだ、後で説教だな。そんなことを考えながら、歩は淡々と作業を進めた。
まずは一通り全ルートを攻略してから、歩はネットや攻略サイトの巡回を始めた。
所感で言うと、やはりフラグがありそうに感じたのだ。
妹の推しの名前はレグルス。赤毛のすごい美形で、レーヴァステイン王国の王都にある、冒険者ギルド総本部の副代表兼、情報局長だ。
主人公達御一行は魔物の暴走を鎮めるため、冒険者として各地を回って戦う設定なのだが、序盤から旅に出るまでの間にちょくちょくギルドで進行イベントがある。
そこで主人公たちに情報を与えるために対応するのが、レグルスの役目だ。
女子向けということもあり戦闘パートは無いが、所謂剣と魔法の世界のため、その辺りは序盤にギルドで説明される。
ちなみに説明するのはレグルスで、しっかり柔らかな低音イケボのCVが付いていた。
そもそもジャンル的に攻略サイトが少ないため、サイトはあまり参考にならなかった。
だが、感想サイトではやはりレグルスの人気が高く、色々な呟きがあった。
歩も含めて大体共通したのが、序盤の終盤のフリー行動選択肢が怪しいという意見だった。
5人のキャラに対して、ゲーム内6日間を使って6回選択肢がある。
これは旅に出る直前のイベントで、ルートが確定するための好感度調整と見られる。
フリー行動選択は6日間とも、各キャラが居そうな場所に行くためのものだが、何故かキャラに会わないのにギルドに通い詰めることも出来る。
それで6日間ギルドに通い続けると、最終日の帰り道でギルド裏にレグルスを見かけるのだ。
そこで表示されるのが、『何となく気になった。追いかけようとして、路地裏は危険だという王子の話を思い出して止めた』である。
匂わせが過ぎる。全ルート解放すれば、気になるから追いかけよう、という選択肢が出そうである。
そういう意見はたくさんあった。だが歩を含め、誰も攻略方法を見つけられないまま時は過ぎ、いつしか皆、ある結論を受け入れた。
これは開発途中にボツになった、幻のルートだと。
レグルス様は永遠に我々とはフラグが立たない、皆で愛でる最上級モブ民様なのだと。
その頃にはすっかりレグルス様に愛着が湧いていた歩も涙を堪え、モブ推し界隈の皆とファンディスクを天に祈ったのだった。
しかし開発会社は数年後に倒産した。しかもファンディスク製作決定、レグルスルート実装検討中と情報を出しておいて。
一度希望をチラつかせられていた界隈は、荒れに荒れた。
当然歩も荒れた。というより心がポキっと折れた。
入社時より完全なるブラックとなった会社で社畜と化し、心も体も疲弊しきって、気を抜くとあ~死にて~と呟く毎日で、ファンディスクは心の支えだったのだ。
やる気が湧かなくなった歩は、覚束なくなった足で死にて~と呟きながら、終電で帰宅最中に最寄駅の階段を一番上から踏み外して死んだ。
発見が遅くて、巡回の駅員が見つけた時には手遅れだった。
その日は人が疎らで、目撃した人が居なかった可能性が高いが、放置された可能性も捨てきれない。
だって確かに最後の1人ではあったが、離れた先に人影があった気がする。
助けて、と声にならない声を出して、動かぬ指を伸ばそうともがいて、拍動する激痛に薄れていく意識。
駆け付ける足音も救いの手も、何1つ与えられぬまま、たった1人で一ノ瀬歩は最期を迎えた。
本当に世の中クソである。
この声は間違いなくおねだりだ。一ノ瀬歩は小さく溜息を吐いた。
5歳下の妹が可愛くて甘やかし過ぎたのは歩だが、少々兄を便利ロボット扱いするきらいがある。
「なに?今度はどうした」
妹が進学に伴い上京したことにより、歩は保護者を兼ねて卒業までは面倒を見ると決めた。
どうにも甘ったれで、生活能力が低い妹である。
放って置くと大学生活が危うくなりそうなので、同居して何くれと面倒を見、生活を指導している。
「これ、見て!」
ずいっと、ラップトップを差し出されて受け取る。
ウィンドウを占めているのはノベルゲームらしく、男キャラ3人の立ち絵が表示されていた。
「イケメンじゃない?この人~」
「うん、まあそうね」
ごてっと飾られた長いネイルが指したキャラは、隣のキャラよりなんだか気合いが入っていた。絵師が違うのだろうか。
「これが何よ?」
「これキミアカっていうゲームなんだけどさ、なんかこのキャラ攻略出来そうで出来ないの!」
「え、モブなんじゃないの?」
「いや、見てよ!この立ち絵!モブに見える?他のキャラより気合い入ってんじゃん!」
顔に押し付けるように差し出されたパッケージには、5人の攻略キャラが描かれていた。
見比べると、なるほど確かにこのキャラは、攻略対象と遜色無くしっかりと描かれている。
「隠しキャラなんじゃない?」
「ウチもそう思って、全キャラ攻略してみたんだけど、なんかフラグ立ちそうで立たないんよ」
見る間にしゅんとした妹に、歩は喉を詰まらせた。歩は妹のこの表情に弱い。
「……で、何したらいいの?」
「検証班出動お願いします!」
パッと顔を上げ、満面の笑みで敬礼した現金な妹を小突いて、歩はソフトを受け取ったのだった。
「BLゲームだったんかい……!アイツどこでこんなん覚えてきたんだ」
ボヤきながらも歩はソフトを起動した。
社会人になって2年目。ブラック寄りの会社に入ってしまった歩には、貴重な休日だ。
元々ゲーマーで検証班にも参加していたし、ゲーム自体は好きだから苦にはならない。
だが、これは18禁BLということもあり、免疫の無い歩には中々にハードな作業だった。
『君と見る暁の花』。略してキミアカ。
嗜みのある女性陣にバズっているらしいが、しかし妹よ。兄に18禁ゲーム攻略を頼むんじゃない。
アイツの倫理観はどうなっているんだ、後で説教だな。そんなことを考えながら、歩は淡々と作業を進めた。
まずは一通り全ルートを攻略してから、歩はネットや攻略サイトの巡回を始めた。
所感で言うと、やはりフラグがありそうに感じたのだ。
妹の推しの名前はレグルス。赤毛のすごい美形で、レーヴァステイン王国の王都にある、冒険者ギルド総本部の副代表兼、情報局長だ。
主人公達御一行は魔物の暴走を鎮めるため、冒険者として各地を回って戦う設定なのだが、序盤から旅に出るまでの間にちょくちょくギルドで進行イベントがある。
そこで主人公たちに情報を与えるために対応するのが、レグルスの役目だ。
女子向けということもあり戦闘パートは無いが、所謂剣と魔法の世界のため、その辺りは序盤にギルドで説明される。
ちなみに説明するのはレグルスで、しっかり柔らかな低音イケボのCVが付いていた。
そもそもジャンル的に攻略サイトが少ないため、サイトはあまり参考にならなかった。
だが、感想サイトではやはりレグルスの人気が高く、色々な呟きがあった。
歩も含めて大体共通したのが、序盤の終盤のフリー行動選択肢が怪しいという意見だった。
5人のキャラに対して、ゲーム内6日間を使って6回選択肢がある。
これは旅に出る直前のイベントで、ルートが確定するための好感度調整と見られる。
フリー行動選択は6日間とも、各キャラが居そうな場所に行くためのものだが、何故かキャラに会わないのにギルドに通い詰めることも出来る。
それで6日間ギルドに通い続けると、最終日の帰り道でギルド裏にレグルスを見かけるのだ。
そこで表示されるのが、『何となく気になった。追いかけようとして、路地裏は危険だという王子の話を思い出して止めた』である。
匂わせが過ぎる。全ルート解放すれば、気になるから追いかけよう、という選択肢が出そうである。
そういう意見はたくさんあった。だが歩を含め、誰も攻略方法を見つけられないまま時は過ぎ、いつしか皆、ある結論を受け入れた。
これは開発途中にボツになった、幻のルートだと。
レグルス様は永遠に我々とはフラグが立たない、皆で愛でる最上級モブ民様なのだと。
その頃にはすっかりレグルス様に愛着が湧いていた歩も涙を堪え、モブ推し界隈の皆とファンディスクを天に祈ったのだった。
しかし開発会社は数年後に倒産した。しかもファンディスク製作決定、レグルスルート実装検討中と情報を出しておいて。
一度希望をチラつかせられていた界隈は、荒れに荒れた。
当然歩も荒れた。というより心がポキっと折れた。
入社時より完全なるブラックとなった会社で社畜と化し、心も体も疲弊しきって、気を抜くとあ~死にて~と呟く毎日で、ファンディスクは心の支えだったのだ。
やる気が湧かなくなった歩は、覚束なくなった足で死にて~と呟きながら、終電で帰宅最中に最寄駅の階段を一番上から踏み外して死んだ。
発見が遅くて、巡回の駅員が見つけた時には手遅れだった。
その日は人が疎らで、目撃した人が居なかった可能性が高いが、放置された可能性も捨てきれない。
だって確かに最後の1人ではあったが、離れた先に人影があった気がする。
助けて、と声にならない声を出して、動かぬ指を伸ばそうともがいて、拍動する激痛に薄れていく意識。
駆け付ける足音も救いの手も、何1つ与えられぬまま、たった1人で一ノ瀬歩は最期を迎えた。
本当に世の中クソである。
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