【完結】BLゲーにモブ転生した俺が最上級モブ民の開発中止ルートに入っちゃった件

漠田ロー

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夏の章 プリトー村編

20 夏季休暇の始まり

 逃げても逃げても、追ってくる。
 ずっと。逃げ切れない。

「……っ!」

 悲鳴一歩前の大きな呼吸に、アルカの意識は急浮上した。

 痛いほど静かな部屋に、キッチンの冷蔵庫の音が微かに響いている。

 心臓の音がうるさい。アルカは茫然と天井を見ながら、浅い息を繰り返した。

 騒がしい王都が1番静かになる時間、太陽が昇る少し前の薄闇の中。
 アルカは途方に暮れたまま、ベッドに横たわり天井を見つめる。

 カタカタと窓が鳴った。のそりと身を起こすと、ベッド脇の窓に見覚えのある影が映る。
 窓を開けると、するりとナンが入り込んで来た。

 開けた窓から未だ日も昇らぬというのに、熱い空気が流れて来る。
 しばらくその空気を吸って、窓を閉める。部屋の空調が強くなった。

 再び枕に戻ると、アルカの頭を抱くようにナンが丸くなった。ふさふさの毛が目元まで覆う。

 ずっしりした重みと、特有の高い体温に目蓋が下りる。
 アルカはナンと共に、再び眠りの世界へ落ちていった。


「ナン!!」

 べちんと額を叩かれて、アルカはハッと目を覚ました。垂れていた涎を拭きながら、痛さに悶える。

 大型の犬猫のパンチは、かなりの威力がある。まあ、爪を出されなかった分マシだが。

「うん、ごめん。起こしてくれて、ありがと……」

 まだ少し寝ぼけたまま、欠伸をして大きく伸びる。ナンは呆れたように息を吐いた。

「ナンナン」
「うん?時間?……うわ、ヤバい。用意しないと!」

 ベッドから降りると、ナンもびょんと飛び降りた。

「一緒にご飯、食べるだろ?」

 ナンは片足を上げたまま立ち止まり、お座りをして可愛い子ぶった高い声で鳴いた。

 普段渋い声しか出さない癖に。分かってはいるが、まんまと籠絡される。
 イザベラから預かっている餌と、特別に鳥ササミを用意する。

 アルカも簡単な食事を用意して、2人で食卓に着いた。

「いただきます」
「ナン」

 簡単に焼いた目玉焼きに、昨日イザベラから貰ったラタトゥイユの残り、近くのベーカリーの買い置きのチーズパンをカリカリに焼いたもの。
 手間は掛からなかったが中々豪華だ。

「ナン、朝ご飯ここで食ったの、イザベラさんに報告しておくからな。もう虚偽申告するなよ?」
「ナン!?」

「朝から2回もご飯食べてる上、あちこちからおやつもらってるの、イザベラさんにバレてるからな」
「ナ、ナァ~ン……」

 向かいの椅子に座って皿に顔を突っ込んでいたナンが、焦ったような顔をしている。
 ナンは子供程に大きいので、食卓についても遜色無い。

「皆、お前に健康で居てほしいんだよ、な?」

 ナンがしょんぼりと、いじけたように下を向く。

 ナンは食いしん坊の美食家だ。
 いつもお眼鏡にかかった、美味しいおやつをくれるご近所さんを巡回するのが日課で、何よりの楽しみらしい。

「お前が居ないと、俺も生きる楽しみが無くなるし、いつも助けられてるからさ、ずっと元気でいてほしいんだ」

 捲し立てて続けると、ナンはチラっとアルカを見る。うん、あと一押し。

「この間もナンのお陰で、封印指定魔物から生き延びたし、本当ナンってすごい!ナンは世界一の猫様!」
「ナァン!」

 ビンと尻尾を立てて、ナンは満面の笑みで鳴いた。
 浮上したナンに、めんどくせーカノジョかな、と頭の中で呟く。

 なんだかんだと、2人で楽しく穏やかな朝食を終えた。

「おはようございます、イザベラさん」
「おはよう、アルカちゃん。ねえ、このジョウロ、本当に助かるわ~」

 ナンと連れ立って階下に降りると、イザベラが花壇に水を撒いていた。
 先日のお礼に、ティティテスタで買ってきたジョウロを、手に持っている。

 イザベラがくれた薬は宝石相当の礼が妥当だが、絶対に受け取ってもらえない確信があった。

 それで悩みに悩んで、最新の魔石ジョウロ、テスタの珍しい花の種を幾つかと、体に良い健康茶をセットにして贈った。

 ナンには同じく特産の、テスタ鳥の蒸しササミとジャーキーのセット、カーヴィングの美しい餌皿を贈っている。

 2人とも滅茶苦茶喜んで使ってくれているので、ホッとしている。

「今の魔道具ってすごいのねぇ、水は自動湧きだし、羽みたいに軽いのよ。私の若い頃はこんなの無かったわ。時代に取り残された気がしてくるさねぇ」

「テスタは園芸が盛んですから、その方面はかなり斬新な道具もたくさんありましたよ」

 苦笑して、幾つか見かけた面白い道具を教えると、イザベラは目を丸くしたり笑ったり、コロコロ表情を変える。
 イザベラは聞き上手というか、話していて楽しい。

「ナン」
「あっ、もう時間か」

「あら、長々引き留めてすまなかったね。今日も暑くなるから、気を付けて行くんだよ。あと、水分補給は小まめにね」

 まるで母親のような言葉に、擽ったく頷く。

「そう言えば、アルカちゃん、今夜から出立ね?」
「はい、そうです。イザベラさんも、良い送魂祭を」
「アルカちゃんも1週間楽しんでらっしゃいな。良い送魂祭を」

 見送るイザベラとナンに手を振り、アルカは職場へと向かった。

 明日から送魂祭期間となり、ギルドは1週間夏季休暇となる。

 送魂祭はお盆と同じで、夏の暑い盛りの時期に行われ、死者と生者の別離の哀しみを慰めるための祭り事だ。

 観光地や避暑地を除けば、殆どの仕事は一斉に休みを取り、家族と過ごすのが一般的な風習だ。

 警邏隊や医療関係など、緊急を要す職業は流石に当番制などで回すが、規模は通常より縮小される。
 小売店も休みか時間短縮で営業になるため、その点も注意が必要だ。

 とにかく国民がのんびり楽しくする期間なので、各地で関連した祭事も多い。

 そして5日目の夜には、全ての町で魂送りが行われる。
 水辺で灯籠船と紙天燈を空に送るのだが、幻想的で美しく、祭りのハイライトとなっている。

 通りを歩く人々もギルド職員も押並べて、皆一様にソワソワしている。

 今年はアルカもソワソワしていた。そして、アルカ以上に上の空で、ソワソワしているのがもう1人。

「え~、明日から休暇ですが、皆さん、怪我に気を付けて!」

 情報室朝礼で挨拶したレグルスに、皆が怪訝な顔をした。

 殆どが帰省など、家族と休暇を楽しむというだけなので、怪我なんてするシチュエーションが無い。

「楽しく過ごして下さい!以上終わりです」

 一言で終わった挨拶に、更に皆ずっこける。急にレグルスのIQが下がって、皆困惑している。

「なんだ?局長おかしくないか?」
「いつもなら仕事の申し送りするのに」
「なんか浮かれてないか……?」

 ヒソヒソした後、チラっとアルカを見る室員もいて、アルカは咳払いをしてから、申し送りを引き取った。

 朝礼を終えると、レグルスはふわふわと局長室に戻っていった。こんなんで1日持つのか、甚だ不安である。

 今日、仕事を定時で終わらせたら、アルカとレグルスは約束していた旅に出る。

 デスクに入れてある何枚かの、身分詐称用の冒険者登録カードを取り出した。
 情報室員は身分を隠して調査に当たるため、全員必ず偽名登録したカードを支給されている。

 普段から身分を隠していた方が、任務時が楽なこともあり、個人的に使用する許可も下りている。今回も1枚を抜き取って、懐に入れた。
 

「アルカ、ちょっといいか」

 終業時間近く、巨体がふらっと情報室へ入って来た。

 統括代表ハンクの登場に、一瞬で室内に緊張が走る。ハンクは慣れた風に、片手を上げて楽にするよう命じた。

「先々週の件だが、処分が決まった」

 アルカを始め、全員が固唾を呑んで続きを待つ。

「あの坊っちゃん魔術師は、王宮魔術団から解雇、魔術師資格は中級に降格。まあ大密林で火魔法を使った時点で、魔術師資格剥奪の上、禁固刑が相当なんだが、王子の横槍でこうなっちまった」

「そうですか……。彼の今後は?」
「う~ん、王子付き護衛魔術師だと」

 辺りから失笑が漏れた。刑罰がそれだけかとなるかも知れないが、魔術師というのは存外プライドが高い。
 何ならバークレー山より高い。特に王宮勤めなら尚のことだ。

 王宮魔術師は国のエリート集団で、多くの魔術師の憧れである。
 その待遇も良く、王宮魔術師と名乗れば、魔術関係ではかなりの権力を持てる。

 それが自主退団でなく解雇となれば、もう魔術師としての信頼は地の底まで堕ちる。

 そういう噂は、すぐ魔術師協会を通じて界隈に広がるので、何処に行ってもこの先一生、後ろ指を指され嘲弄されるのだ。

 エリートからただの雇われ護衛へ。あのプライドの高そうなクソガキには、耐え難い罰になるだろう。
 少し溜飲が下がって、アルカは頷いた。

「それからアルカ、お前たちの件だが」

 まさかとは思うが、王家から責任を擦り付けられたのか。嫌にもったいぶるハンクに、皆がざわついた。

「当然お咎めは無し。それからアルカは、魔術師資格特級への昇格が決まった」

「……え?」

 情報室が一瞬静まり返って、どっと歓声が上がった。

「驚け、なんと王家の影たちからの推薦だ。俺も詳細を聞いたが、お前のやったことはかなりの偉業だぞ」

「いや……、だって、勝つ必要の無い戦いで、凌ぐだけでしたし、そんなの他の人だって出来ますし」

 アルカは困惑しながら、気まずく視線を彷徨わせた。まさか王家の影たちが、それ程一部始終を見ていたとは。
 何回か吊るされたことや、連れ去られたことも知っている筈なのに。

「アルカ、誰でも出来ることじゃないぞ、ゴーレムを単独で凌いで、誰も負傷者を出さないなんて」

 黙っていられなくなったのか、ジークが口を開いた。それを皮切りに、情報室員が口々に話し出す。

「アルカさん、すごいです!昇格のお祝いしなくちゃですね!」
「三重結界の無限精製したんですよね!?」
「アルカさん、おめでとうございまっす!記念に何か奢って下さぁい!」

 1人、事態にかこつけたタカリが居た気もするが、詰め寄って来た室員たちの矢継ぎ早の声がけで、それどころじゃない。

「ハッハッハ!お前たちのボーナス弾んでおいたから、休暇明けにでも、皆で呑みに行って来い!」

 集まっている全員の背を順番にバシバシ叩いてから、ハンクは善き哉善き哉と、機嫌良くふらっと出て行った。

 ボーナスも貰ったし、あと少しで休暇になる。皆、浮足立って残りの業務をこなしたのだった。
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